第12話 異能の双子と神の宝 4

 真夏だというのに、うすら寒い日が続いていた。

 もうずっと長雨が続いているせいだ。

 国のさかいでは小さな川が氾濫して田や畑を水浸しにし、民のあばら家を押流している。

 家を失い、物乞いをするしかない者、飢えて倒れる者も多く、そのうえ質の悪い病まで流行り始めたと聞く。


 宰相は苦い顔をして家路へと馬を進めていた。


 ここのところ、村々では妙な唄が流行っているらしい。

 磐王いわおうは心が砕けそうだった。

 磐王いわおう様の治世で天災があいつぎ、流行り病で民が苦しむのは王に人徳がないためと、童たちが戯れ唄にして囃したてているのだ。

 磐王いわおうは占い、呪いをするものたちを呼び寄せ、雨を晴らし、流行り病を収める策を探らせてはその効果のなさに絶望していた。

 

 祈祷も呪いも天に逆らえはしないものを。

 宰相は神にすがるより人として出来る限り民を救うことが先だと考えていた。


 「急ぎ、仮小屋を建て粥を施し、病人は家族と離すのだ。」

 今は死人が増えることを防がねば。

 宰相は多忙を極めた。

 この災いへの手立てを間違えば、本当に王の徳を疑われるぞ。磐王いわおうよ。

 

 その夜、宰相の部屋に黒い訪問者があった。


 「志麻児しまじ殿、そろそろお呼びがあると思いまして、こちらから出向きました」


 「黒烏くろからす、里で妙な唄が流行っているらしい。おぬし等の仕業ではないだろうな」


 黒烏くろからすと呼ばれた男はふふふ、と不敵に笑い、言った。

 「志麻児しまじ殿の眼はごまかせませんな。雀等をつかい、吹聴させました。長雨で家が流れるのも、病で人が死ぬのも王の徳がないからと」


 「まさか、ヤマト帝国を倒すつもりではなかろうな?この帝国のために我らが払った犠牲を忘れたのか」宰相と黒烏くろからすは古い馴染みではあった。


 「英雄、長曾根ながそねを殺し、偉大なる速玉はやたま王を追放した、そして裏切り者の烙印を背負いながら敵国の宰相を務める。まことに大きな犠牲ですな。忘れてはおりません。わたしがお薦めしたことですから。

 しかし、あのとき日の神の国の勢いは出雲までも手に入れて東を求めて進み、いくら長曾根ながそねが強くとも、いずれ孔舎衙くさか国を吞み込んだことでしょう。戦が長引けば地も荒れる、民も苦しむ。

 長い目でみれば、この道しかなかったと、志麻児しまじ殿ならわかっているはず」


 「では、なぜだ」


 「あの和睦のときに、志麻児しまじ殿は物部もののべの宝、『十種神宝とくさのかんたから』まで差し出した。

磐王いわおうはそれを神に選ばれし王の印として今も宮中に祀っております」


 「それで?」男の腹はなかなか読めない。宰相はこの男が何の土産もなくここを訪れるはずがないことを知っていた。交渉には長けた男だ。


 「あれはたいそう霊力の強い神具です。誰もが持っておられるものではありません。それこそ選ばれし以外の者が持っていると災いが起こります」

 黒烏くろからすの眼が怪しく光った。「この天の災い、流行り病は霊力の強い神を宮中に置いているからではないですかな?神がもっと他のところに祀られたい、と思っているのでは?」


 「と、いう話に持っていき、神宝を取り戻せというのだな。たしかに十種神宝とくさのかんたからは我らにとっても先祖の宝、父と叔父のことをこれ以上探られぬようにと耐えがたきを忍んで差し出したものだ。取り戻せるなら我が命に代えてもよい。して、どうやって?」


 「はい、三輪山の神に降りていただきます」


 「なんだと?」


 「三輪山の神を降ろせる巫女がおります」


 「その巫女が三輪山の神にかわり神託を申すのだな。

 わかった。急ぎ、磐王いわおうに申し出よう。すがる藁を血眼で求めているからすぐにでも飛びつくだろう」


 「志麻児しまじ殿、ここからが我らのお願いです」


 「うむ。十種神宝とくさのかんたからが我らの手に戻るのなら何ものにも代え難い。何が望みだ?」


 「十種神宝とくさのかんたから速玉はやたま」王のお血筋の者しか扱えぬと聞きます。剣は先ごろ石上石上に行かれた巴矢彦はやひこ様にお渡しいただきたいのです。」


 「なに、巴矢彦はやひこに?」


 「はい、人並み外れて武芸に長けたご子息、そして速玉はやたま王のお孫。これ以上相応しい持ち主はないと存じます」


 「うまだあれは成人したばかりだが、、、まぁいい。言いたいことはわかった。それだけか?」


 「もうひとつ」黒烏くろからすは一瞬のためらいのあと続けた。

 「残りの宝のなかに珠水彦すみひこ様にふさわしい宝が必ずありましょう。それを珠水彦すみひこ様にお渡しいただきたい」


 「なに、珠水彦すみひこに?武に才のある巴矢彦はやひこに八握の剣というのはわかるが、珠水彦すみひこには何を渡せと?」


 「それはわたしにもわかりませぬ。ただ、神宝は持ち主を知っているとも申します。隠さず申しましょう。我らは珠水彦すみひこ様に人にはない力があると思っております。ただ、それがどのようなものか我らでは測りきれぬ。それが知りたいのです」


 「そうか、お前たちは珠水彦すみひこに何かを感じるというのだな。耳敏いところはあるがやさしすぎるのではないかと危うんでいたが、珠水彦すみひこの才か、、、。いいだろう。一族の長として、父親として、わたしも知りたい」


 「お聞き届けいただけるか」


 「うむ。珠水彦すみひこにふさわしい宝があれば託そう。だが、からすがなぜ、わが息子たちにこだわる?」


 「我らと、志麻児しまじ殿、いや物部もののべの一族と、これからも強く結びついていたいのです。速玉はやたま彦様の尊いお血筋と子孫末裔までともに」


 「いまはもう、磐王いわおうの帝国だ。父上の治世も人々の記憶から消えていくのみ。」そして、父上を裏切った息子のことも時代とともに消えるのだ。と志麻児しまじは男から目をそらした。


 「そうでしょうか。滅びた国の記録は表の歴史から消し去られても、形を変えて残り続け、時代の綻びからいつか芽吹くもの。我らはそうやって影となってこの国に足跡を刻みたいのです」そう言って男は闇の中に消えていった。

 

 黒い男が去った後も、宰相はひとり夜のなか、音もなく降り続ける雨の先を眺めていた。

 

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