第186話

時は少し戻る。


グネッキ・ソルディ・オルガンティノは熱心に天使ガブリエル像に祈りを捧げる。

熊の背に翼を生やした天使様が立っている。

その像を見た時、蔵人さんは「クマモンに乗っている・・・」と囁いたのを聞き、この聖獣の名だろうと思い私も皆もこの熊の聖獣を「クマモン」と呼ぶようになった。

この国に来て数年の年月が過ぎた。

語学習得も法華経の研究も順調で、後1~2年ほど後には京に宣教に向う予定にしているが、ここを離れがたく感じる。

この教会での祈りの一時ですら手放すのが惜しいと我欲が沸き立つ。

それ程までにここの空気は神聖にて清浄な空気が漂う。

1年程前の話となるが、蔵人さんの所に1人の奴隷を連れて行った。

元ワイン職人の奴隷で、蔵人さんに頼まれていたので貢物として連れて行った積りであったが、金品を払われてしまった。

その奴隷はワイン作りもしていたが建築も生業としていた様でその事についても喜ばれた。

ある日、蔵人さんに招待されて、丸目御殿に向う。

蔵人さんは謙遜され、「御殿などでは無いと思うんですけど・・・」と言われるが、近隣の者たちからは丸目御殿と呼ばれる大豪邸である。

さて、そんな御殿に御呼ばれしたのであるが、何でも昼食と夕食をご馳走頂けることとなった。


「本日はお世話になります」

「相変らず上手な日ノ本語ですね」

「ははははは~そう言って頂けると嬉しいです」


本日は、トーレスと私が御呼ばれしているが非常に楽しみである。

この地の食事は非常に美味しい。

贅沢・・・とも思えるが、味付けなど色々な工夫が施されている物であって、贅沢品がふんだんに使われた品々と言う訳ではない。

しかし、美味い。

今日は何が食べられるか楽しみである。


「先日頂きましたチーズを使った料理をお出しします」

「それは楽しみです」


蔵人さんは何故か庭へと私たちを案内する。

向かった先にはガーデニングされた庭の東屋である。

今回の趣旨は庭での昼食の様だ。

以前も誘われて炭焼きの食材を食したが、肉も野菜も香ばしく、非常に美味しい食事であった。

トーレスが蔵人さんに尋ねた。


「今日はバーベキューですか?」

「それもありますが、今回のメインは別の物です」


あのバーベキューよりメインになる物があるのに驚く。

何が出て来るのか非常に楽しみである。


「オルガさん(オルガンティノ)、以前お約束しておりました物が完成しましたので、ご賞味ください」

「はて、約束の物ですか?」


何か約束をしたであろうか?・・・考えていてふと思い出す。

ピッザの話をしたことを思い出す。


「お!来た、来たーー!!」


料理人が庭に作られた石窯より何かを取り出し切り分けてから持って来た。

熱々のようで、窯から出したそれはまだチーズがプスプスと音を立て、湯気を立ち上げておる。

パンを引き延ばして薄くした皿の様な形に形成し、その上に赤いソース・・・あ!これは蔵人さんがトマトと呼ぶ毒リンゴがペースト状に加工された物のようだ。

そして、その上に色取り取りの食材が乗せられ、その上にチーズがふんだんに乗せられたいた。

見るからに美味しそうだ。


「温かい内が食べ頃なので早速頂きましょう!!」


蔵人さんのその掛け声と共に蔵人さんの家人たちは「いただきます」と言いそれを頬張り、「熱つ!熱つ!」と言いながら口に運ぶ。

チーズが蕩けており確かに熱そうであるが、口に運んだ者たちが一瞬固まる。

この蔵人さんの家ではよくある光景だ。

人は美味しい物を口に入れると口福こうふくで言葉を失い、幸福こうふくで思考停止して固まってしまうようだ。

次の瞬間、「うま~い!!」と皆が口々に語る。

トーレスは皆と同じく「いただきます」と言って真っ先にそれにかぶり付いている。

おっと、私も急がねば。


「神に感謝を!!」


祈りを簡略し、即座にそのピッザを口に運ぶ。

「・・・」一瞬、熱いと思うのであるがやはり口福が押し寄せて来て言葉を失う。


「オルガさん(オルガンティノ)、如何ですか?」

「はい・・・大変美味しく、言葉を一瞬失いました・・・」

「ははははは~相変らず、大げさですね~」


いや、同じピッザと言う名前と言うだけで別物だと言いたい。

何と言っても仄かな酸味と甘味が素晴らしい。

蔵人さんに感想を述べると、それがトマトのソースだと言われる。

酸味が金属の器には合わないのでもしトマトを食すなら金属以外が良いと言われた。

そして、他にも驚いた。


「ピザをガブリ、ワインをキュ~とあおる・・・プハ~たまらん!!」


蔵人さんに言われるがままに試せば口の中の口福が更なるハーモニーを奏でる。

マリアージュがそこに生まれる。

他にも炭酸水で割った各種お酒も実に合う!!

夕食の席で出されたポテトサラダにフライドポテト、肉(猪)ジャガなる芋尽くしの食事は驚くばかりであった。

本国(ヨーロッパ)では観賞植物として見られる物が蔵人さんの手にかかれば食材だ。

毒があるから危険なのであるが、蔵人さん曰く、球根が可食部で芋であると言う。

芽の部分と緑色になった部分には毒があるがそれ以外には無いと言う。

これら全てガブリエル様の英知?・・・恐らくはそうなのであろう・・・

本国にその事を急ぎ知らせることとした。

私は炭酸水で割ったお酒とフライドポテトなる料理の相性に驚愕した。

これは間違いなくエールにも合う!!

輸送で持ち込むのは難しいことを嘆くと、蔵人さんが「エールか・・・ビールもありだな」と謎の言葉を言われた。

多分はガブリエル様の英知の一端なのであろう。

食す未来が楽しみで仕方ない。

帰りにトーレスと語り合いながら教会に隣接する宿坊へと千鳥足で向かう。


「は~美味しかったですね」

「はい、福音が聞こえました」

「ははははは~トーレスは福音が聞こえましたか。私は口福を感じました」

「あ~私もです」

「それにしても、食一つ取ってもガブリエル様の授けられた英知は素晴らしい」

「ガブリエル様だけではないのかもしれませんが・・・」

「あ~この国は多くの神が居るとのことですから・・・」

「そう、ですね・・・」


我らの神は天の主のみ。

しかし、蔵人さんと話していると本当に多くの神が居る気がする。


〇~~~~~~〇


ピザ・奴隷伏線回収!!

序に石窯をサクッと登場させました!!

オルガンティノは1577年から京都で宣教を開始します。

ルイス・フロイスたちと共に京都での困難な宣教活動に従事したと言われていますが、着任から3年間で畿内の信者数を1500から1万5,000に増やしたと言われますから有能ですね。

九州での布教責任者となったフランシスコ・カブラルが大名の大村純忠を入信させたと言われますが、カブラルが入信させるまでも無く大村純忠は時間の問題だったでしょうし、頑固で短気な性格から多くの日本人を教会から遠ざけたと言われるカブラルと比べると、持ち前の明るさと魅力的な人柄で日本人に大変人気だったと言われるオルガンティノは本当に対照的ですね。

さて、「口福こうふく」と言う言葉は、「美味しい物を食した時の満足感」と言われています。

幸福を感じる感覚としては「眼福」「耳福」など五感に幸福を感じる時に使う言葉がありますが、「嗅覚」「触覚」はあまり聞きませんね~

実は「触覚」には別の言い方があります。

「快感」と言う言葉ですがこれは全ての五感に根差す為、「触覚」単体となると無いようです。

「嗅覚」もあまり聞きません。

「鼻福」とか「嗅福」「馨福」と言う物があると言う人々も居ます。

でも、一般的ではないようです。

まぁ何か無いなりの理由があるんでしょうね~知らんけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る