第7話

「さて、昨日、某を見てどう思うた?」

「へえ、・・・」

「遠慮など不要ぞ、言葉を飾らずにその時感じた有りの侭の思いを申せ」


男はそう言われても何も言わない。

不安そうな顔で俺を見た後に自分の主人である神屋さんを見る。

俺も神屋さんをを見ると溜息をして神屋さんが頷くと男話し始める。


「あの~本当に有りの侭に話しても宜しいので?」

「ああ、構わん、某も武士の端くれ、武士に二言はない。それに、それを聞いたからと言ってそなたの処遇は変わらん」

「そ、そうですか・・・」


落胆したような諦めたような顔で男は昨日の胸の内を話す。


「では、昨日はお武家様が旦那様を訪ねて来られたことで小間使いの小僧から聞いて見てみればまだ元服したばかりの若ざ」

「良い良い、言葉も気にするな」

「へえ・・・若侍が行き成り訪ねて来て旦那様に合わせろと言う、何処のどいつかは知らないが失礼極まりない奴だと思いまして・・・」


あ~やっぱりな、これだけの大店だ行き成り訪ねて来て主人を出せと言う輩もいるだろう。

それと同じと思われたのだ。


「それでお主、某は「神屋紹策殿を尋ねて参った丸目蔵人佐長恵と申す」と主人の名前と自身の名を名乗ったがそれでも不審か?」

「へえ、旦那様の名前は有名ですし、訪ねてきた方が名乗られても・・・」

「成る程の~それでは、お主は某の外見だけで追い帰したで間違いないか?」

「へえ・・・」


あ~これは少し前世で培った接客スキルも教えないと不味いな・・・

ドラマの水戸〇門なんて徳川御三家の家柄なのに越後のちりめん問屋とか言って身分を偽っていた。

遠〇の金さんも同じく町人に、暴〇ん坊将軍なんて将軍様が旗本の三男坊とか言ってたんだぞ、ドラマの中でも失礼した輩は大体が酷い目に合っている。

見掛けだけの判断だと大きな失敗をするのだ!!


「お主、良い経験をしたな」

「へぇ?」

「某であったから良かったな、これがお忍びのお殿様等だとどうなっておった?」

「そ、それは・・・」


言われたことも意外だったしお忍びのお殿様の事を想像したのか青い顔を更に青くする男。


「神屋殿」

「何でございましょうか?」

「良い奉公人を得ましたな」

「それはどういう意味でございますか?」

「はい、今回は失敗しましたがこいつも外見で判断する愚を知ったでしょう」

「そうでございますね」

「それならば次からは同じ失敗をよもや起こす事は無いのです。今まで以上に成長した奉公人が得られた、誠に目出度い事ですな~」


神屋さんは顎に手を当てて少し考えた後にニッコリと微笑ながら俺に言葉を返す。


「丸目様、本当に宜しいので?」

「何をです?こいつの処遇は某の一存でしたよね?」

「はいはい、勿論です」


更にニッコニコの神屋さんは理解できずにキョトンとしている男に声を掛ける。


「丸目様はこの失敗を糧にして精進しろと言っておられる」

「へえ・・・」

「許してやるからこれから同じ失敗はするなよとお言いだよ」

「へぇ?お許しいただけると?」


男は最初の内は理解出来なかった様であったが神屋さんが説明をすると理解した様でボロボロと涙を流しながら俺に向けて「ありがとうございます」を連呼していた。

いや~此れにて一件落着!!


★~~~~~~★


偶の息抜きとして近隣の諸国に買い付けに行く私は肥後国天草郡の本渡城の城主である天草様より面白い御仁を紹介頂いた。

何でも初陣で活躍して褒美として兵法修行を願い出て天草様が仕える相良のお殿様よりの紹介で預かったは良いが教えられそうにないので弟子に取るのは断りたいがお殿様の紹介で断ることも儘にならない。

聞けば最近噂に聞く上泉様に教えを請いたいと本人は言われており、行きたいが費えが無いので商売の種になる考えを買ってくれと言われていると言うお話。

面白い事を考えるお武家様だと思ったので興味を持ちお会いすることとした。

会ってみると言われた通り若いお武家様であるが元服したてとは思えない程体格もしっかりしており強そうであった。

眼光も鋭くあるが真っ直ぐとこちらを見て落ち着いた雰囲気。


「どうも初めまして神屋かみや紹策しょうさくと申します」


相手は若いがお武家様である、失礼無い様に深々と頭を下げる。


「初めまして丸目蔵人佐長恵と申します」

「これはこれはお武家さんがそんな腰を引くーして・・・」


すると、私と同じほどに深々とお辞儀する若者。

驚いてしまい感想をそのまま口に出してしまう。


「お武家さんなのに腰が低いですな~」

「ああ、何かを成した訳でもありませんし抑々の話これからお願いする立場ですから・・・」


苦笑いの様な何とも言えない笑いで至極当たり前ではあるが若いお武家様とは思えない様なことを言われる。

正直此れに驚いた。

初陣で武功を立てたほどの豪の者が・・・

若くして功を立てれば奢り高ぶる者が殆どだ。

この若いお武家様、丸目様は腰を低くしてあたり前のことをする。

若い者にとってあたり前のことなはずなのにそれをするのが難しい。

それをこの年で心得ているとは・・・侮るのは危険だ。


「天草様から少し聞いておりますが、何でも関東まで兵法修行に行きたいのでついえ如何にかしたいと」

「誠に恥ずかしいのですが先立つ物も無いと行動出来ませんからね~」

「あはははは~確かに」


態度は腰を低くしているが自然体で少し話しただけだが好感が持てる。

話し込んでいても仕方ないので世間話を終わらせて本題を切り出す。


「それで何か面白いお考えがお有とのことで」


待ってましたと言うように最近新しく薩摩の方で作られるようになったお酒の来歴からどういう物か、等々の色々な事を詳しく説明される丸目様。

確かに焼酎の製法を知れば作れるかもしれないが、私の商いはそとつ国から品物を仕入れて売るのが仕事である。

教えて貰ってもあまり意味を成さないのであるがその説明の際に使われた算術が目を見張る物であった。


「それにしても丸目様は算術に長けておられますね」

「算術・・・今説明したのは算術では無くて簿記ですよ」

「ぼき?聞きなれぬ言葉ですね」


「ぼき」聞き慣れぬ言葉だ。

聞けばこの「ぼき」と言うのは商いの状態を長期的に視通す技で、先ほど説明された将来の見通しもその一端に過ぎないとのことであった。

「算術と違うのか?」と聞けば、「算術を使った商いの状態を知る為のもの」と言われる。

実に興味深い。


「焼酎の製法よりそのぼき?をお教え願えるのならば私の方で援助いたしましょう」

「え?本当ですか!!」

「はい、これでも博多では中々の大店ですから1人の方の援助位訳もございません」


「ぼき」をお教えて頂ければ援助すると言えば大喜びされた。

二年ほどで私と家人に教えて頂けることとなった。


一カ月ほどすると丸目様が訪ねて来たことを小間使いより知らされた。

しかし、番頭の1人が失礼を働いたようだ。

働き者であったが人を見抜けぬようではな・・・

処分は丸目様に一存することとした。

すると、当の本人を呼べと言う。

呼び出すと焦燥しきっている。

さもありなんだが丸目様にお任せしよう。


「さて、昨日、某を見てどう思うた?」

「へえ、・・・」

「遠慮など不要ぞ、言葉を飾らずにその時感じた有りの侭の思いを申せ」


顔色が悪く聞かれた内容にどう答えて良いのか解らずにオロオロキョロキョロしている。

私の方を見て来たので仕方なく頷く。


「あの~本当に有りの侭に話しても宜しいので?」

「ああ、構わん、某も武士の端くれ、武士に二言はない。それに、それを聞いたからと言ってそなたの処遇は変わらん」

「そ、そうですか・・・」


諦めたような顔をして番頭は昨日の心持を話し始めた。


「では、昨日はお武家様が旦那様を訪ねて来られたことで小間使いの小僧から聞いて見てみればまだ元服したばかりの若ざ」

「良い良い、言葉も気にするな」

「へえ・・・若侍が行き成り訪ねて来て旦那様に合わせろと言う、何処のどいつかは知らないが失礼極まりない奴だと思いまして・・・」


小間使いより聞いた内容と同じだ。

丸目様も昨日のことと相違ないようでうんうんと頷いている。


「それでお主、某は「神屋紹策殿を尋ねて参った丸目蔵人佐長恵と申す」と主人の名前と自身の名を名乗ったがそれでも不審か?」

「へえ、旦那様の名前は有名ですし、訪ねてきた方が名乗られても・・・」

「成る程の~それでは、お主は某の外見だけで追い帰したで間違いないか?」

「へえ・・・」


普通であれば問題にもしないがこれから「ぼき」と言う未知の秘儀をお教え願う相手にで、ましてやただ者で無い者に対しては間違った対応だ。


「お主、良い経験をしたな」

「へぇ?」

「某であったから良かったな、これがお忍びのお殿様等だとどうなっておった?」

「そ、それは・・・」


確かにお忍びのお殿様に失礼を働けば番頭1人の問題では無くなる。

私もここで番頭のしたことが一歩間違えば店の進退に繋がることを感じて背中に怖気おぞけが走る。

そこで丸目様が私の方に話を振って来た。


「神屋殿」

「何でございましょうか?」

「良い奉公人を得ましたな」

「それはどういう意味でございますか?」

「はい、今回は失敗しましたがこいつも外見で判断する愚を知ったでしょう」

「そうでございますね」

「それならば次からは同じ失敗をよもや起こす事は無いのです。今まで以上に成長した奉公人が得られた、誠に目出度い事ですな~」


確かに!!丸目様はお許しになったのであれば失敗を糧にした番頭は大きく成長するのではないか?言われてみれば確かにである。


「丸目様、本当に宜しいので?」

「何をです?こいつの処遇は某の一存でしたよね?」

「はいはい、勿論です」


したり顔で私に言う丸目様。

若いお武家様とは思えないお考えで老齢な者の様に感じるが目の前には若いお武家様が居られる。

知れば知るほど面白い御仁だ。

それに、博多に来て早々に神にもてなされたと言う。

聞き慣れぬ「博多と言えば」を口にされたので聞けば恵比須様から歓迎されて「博多の銘菓」としてお菓子を頂いたと言う。

再現できるか聞けば「1つは再現できる・・・かも?・・・」と言われる。

実に面白い。

知り合った後に丸目様の噂を拾えば神より「天啓」をお受けになり奇妙奇天烈な色々な事を成されたと言う。

恵比須様か・・・出雲大社より分御霊頂こう。

ご一緒に大黒様もお願いしてみるか。

丸目様が天啓を受けれると言うのは本当やも知れぬ。

「ぼき」だけでなくこの御仁も含めいい買い物が出来た。

丸目様はまだまだ若いし息子の貞清さだきよの代も懇意にして頂ければ神屋の家も次代も安泰である。

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