【英雄採用担当着任編】第3話 開門

芳賀が乗るバイクが風を切るように街中を抜けていく。

街は平和そのものだった。手を繋ぐ親子、肩を寄せ合うカップル、忙しそうに電話をするビジネスマン。いつもと変わらない日常において、彼らは芳賀が飛び込もうとしている脅威そのものに関心が無いのかも知れない。

———慣れというものは恐ろしいものだ。


モバイル端末からナビが語りかけてくる。

「この先30km先で魔紋の影響で交通規制が入ってるわ。迂回して」

「了解!」

魔の侵攻から市民の生活を守るため、魔紋出現後一定時間が経つと完全に立ち入り禁止区域となる。その区域内で生活を営んでいるものは、一時的に英雄庁えいゆうちちょう管轄の避難所での生活を余儀なくされる。魔紋が浮かんでから魔族が出現するまで1~2週間程度のラグがあるのは不幸中の幸だろう。


風景が徐々に変わり幾つもの街を抜けると人通りが減ってくるのを感じた。

大通りには車両侵入禁止と書かれた看板が立てられている。芳賀は看板に目もくれず、ひたすら目的地へと向かう。


「ナビ、出現予想魔族のレートは?」

「そうね、CからB帯ってところかしら。敵を選べば今の装備で問題なく対処できるはずよ。」

「OK、それならできそうだね。防衛担当企業は?」

「ノーザンブルー、STAND HERO、英雄譚株式会社の3社よ。」


防衛担当企業は対魔族組織として設立された国家機関英雄庁から委託を受けて活動している組織だ。魔紋出現エリアに英雄を派遣し、魔族の対処、即ち討伐を主たる目的とした民間企業である。異能を操る人類を超えた存在。格が高いものであれば、国家における防衛戦略に組み込まれるほどの力を持つ。そんな英雄達を集め、育成し、派遣し、対価として金銭を得る。国内はもちろん世界中に大小様々な企業が存在している。


「ノーザンブルーは有名だけど他の2社は知らないなぁ。中小企業?」

「うん、そこまで防衛実績がないみたいね。ただ、英雄譚は防衛評価が非常に高いわ」


ナビと情報交換をしている内に、空の色が紫がかり始めた。

先ほどまで小さかった魔紋の形がはっきりと見える。同時に警察と思わしき車両が一本道を封鎖するように停車していた。複数の警察官があたりを警戒している。


「検問ね、迂回ルートもあるわよ?」

「問題ないよ!このまま突き抜ける!」

ナビは「またか」とやや呆れ気味にため息をついた。


通行止めをしている道路脇に設置された簡易テントの下、即席の椅子に警察官の男が2人腰掛けていた。若い警察官が欠伸をしながら口を開く。


「先輩、毎回思うんすけど、僕ら要ります?避難区域内の住民は全員退避してますし、わざわざ死地に飛び込む馬鹿はいないでしょ。」


「そんな馬鹿がいるから俺たちがいるんだろうが。こないだも、酔狂な英雄サポーターが忍びこもうとしてたじゃねえか。あとは火事場泥棒もいる。全くどいつもこいつも人の心がねえっていうかよ。」


「あーそういうのはキリないんでほっとけばいいんすよ。いずれ痛い目に遭うんですから。因果応報ってやつですよ———って先輩あれ」


「またアイツか!!!拡声器かせ!」


「え?あ、はい!」

男は向かってくる大型バイクに向かって大声を張り上げる。


「そこのバイク乗り、この先は立入禁止区域だ!関係者を除きその侵入を一切禁じるものであり、違反した場合には執行猶予無しの禁錮3年が防衛法に基づいて・・・って聞いてねえぞあの馬鹿野郎!」


芳賀が乗車するバイクは刑事の呼びかけを無視するように速度を上げていく。


「どどど、どうするっすか?タイヤでもパンクさせますか!?」

「いや、あの速度でパンクしたら死ぬぞ」

「ええ、確かにそうですけど、じゃあどうするんすか?このまま見逃せっていうんすか?」

「ええい、今考えてる!!ちょっと待て。」


刑事はできれば無傷で捕捉し、目的、動機を引き摺り出したかった。

何度も見かけたバイク乗り。英雄のファンでもなく、火事場泥棒でもない様子の男。

およそまともな思考の人間が赴く場所ではないところに危険を省みず、明確な意思を持って向かっていく。刑事として純粋に何故?を確かめずにはいられない。


「も、もう間に合わないっすよ!先輩!う、撃ちます!」

「ば、バカおい!やめろ!」


静止を振り切り、刑事の一人が拳銃を携え芳賀のバイクに向かって発砲した。

そんな若手を責めることはできない。彼は職務を全うしただけなのだ。

弾丸はバイクの前輪を貫き、勢いを殺された芳賀は体勢を大きく崩す。

後輪が持ち上がると投石機のように騎乗者である芳賀は放り投げられた。


「うおおおおおおお死ぬ死ぬ死ぬうううう!!!」


バイクは地滑りし、火花を散らしながら道路脇へ激突すると大炎上。

投げ出された芳賀は刑事とバリケードの上空を飛び越えるように吹っ飛び、そのまま10階相当のビルに激突、窓を叩き割ると刑事の視界から姿を消した。


「おい!何やってんだお前!待てと言っただろうが!」

「す、すみません!つ、つい!」


若い刑事はぞくりとした。あれは死んだかもしれない。それぐらいのスピードだった。自分の弾丸で人を殺めてしまった?市民を守る立場の自分が?自責の念を抱くことを禁じ得なかった。


「い、今から行きますか?ほら、あのビルですよね!ま、まだ息あるかも知れないですよ!」


「———だめだ。俺らも撤退するぞ。ラインを下げないとならねえ。」


刑事が見つめる先、空に浮かぶ魔紋が眩い光を放つ。まるで眠りから醒めるように、閉じた瞳を開け、この世ならざる者達が現れる。

明確な敵意を持って、侵攻は始まった。

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