23話 カキンの実


 応接間から離れ、広い通路を歩いていく。

 こちらとすれ違うたびにお辞儀をしてくる女中の数を脳内で数える。


 ……この状況で民に課せられるであろう税収と、国に納めている税収と、働いている人の人数や調度品の変化を脳内で組み合わせるのはもはや職業病の一種だろう。



「(うん、やはり計算が合わないな)」


 皇国に払うべき税を着服している可能性が高くなってきた。

 あとで数字の概算を父上付きの税務官に送るとしよう。



 そんなことを考えていれば、通路の最奥に辿り着く。


「お任せいたしました、皇太子殿下。こちらがかのマナの実と思わしき発掘物を保管している宝物庫になります」


 慇懃いんぎんな調子で叩頭礼をしてくる男に、目礼で返す。

 ……睨みつけるくらいなら、無礼講だのなんだの理由をつけて、そもそも向こうも頭を下げねば良いというのに。難儀な男だ。


 執事に扉を開けさせる後ろ姿を見て嘆息する。




 扉の際にあったのは、実と形容するには異質の物質だった。


 八面体の形の、一見鉱物にも見える滑らかな表面は光を自ら放つようにきらきらと輝いている。だが熱はもたぬようで、近寄っていけば逆にひんやりとする心地すら覚えた。

 大きさは……自分の握りこぶしと同じか、それよりも僅かに小さいくらいだ。



「こちらは領土の司祭に測定を任せたところ、水属性のエーテルを含んでいるんだそうだ」

「なるほど。でしたらうまく活用すれば治水などにも役立ちそうですね。……悪意ある使い方をすれば、その逆も」



 属性エーテルの過多とバランスは土地の環境にも大きく作用される。

 法術と組み合わせて使用するならば環境に大きく変化を与えることだろう。


「ああ。だからこそこの地の領主である私が管理をせねばなるまい。」


 鷹揚おうようにうなずく叔父は横目でこちらの様子をうかがっているのがわかる。

 わざわざ確認をしようとしているこちらの意図を測ろうとしているのだろう。



「(バラッド、あれがカキンの実であっているか?)」


 一方の私といえば、会話の傍らで肩に乗る青い小鳥に語りかける。

 この部屋を訪れた目的が果たせるかは、このものにしか分からない。


《はい、アレはカキンの実です。

 水のカキンは主に私の他者視認及び対話によるキャラクターたちのリアクション追加の効果があります》


「(……すまない。もう少し砕いて説明してくれるか?)」


《あれを当NPCが手に入れることで、あなた以外の人も副音声解説NPCバラッドを見たり話ができるようになります》


 ……。


「なるほど。ありがとうございます。以前司祭の方とお話をしている時にマナの実の話があったもので。

 あの時同様に悪魔のカイナが教会に潜り込んでいては狙われるおそれもあるかと思いましたが、これだけ厳重な警備が敷かれていれば安心そうですね。さすがは叔父上です」


「あ、ああ……は、ははっ。分かればいいんだよ。うん」


 笑みを浮かべればたじろいだ顔を返される。

 この場で私に悪態をつかれるか、あるいは不可思議な物質を手元に置かせろと執心されるかと思っていたのだろう。


 それも選択肢としてないわけではなかったが、あの青い実が持つ効果がバラッドの視認だけだというのなら、急ぐ必要はない。


 これが“追加ダウンロードコンテンツ”?や“裏情報ロック解除”?という未来の道筋を広げるものだったならあるいは少しでも早く手に入れるために、手段を選ばなくともよかったかもしれない。



 皇国税の着服疑惑、マナの実に酷似したこの物品を教会から押収する際にどんなことをしたのか。

 揺さぶるための材料はいくつも手元にあることはある。



「(が、こうなれば優先は悪魔のカイナの件だ)」


 後回しにして実が消えてしまうわけでもなし。


 ……そうだとしても、視認だけならばともかくバラッドの声まで他者に聞こえるとあらば、余計な問題が広がりかねない。



「では、改めて魔月闇管理地区ルーメン・オーエン・ルナへと行ってまいります。捜査の進展がありましたら叔父上にも、」


 ガシャン!!!!!!


「ヴァイスさま!!」




 ガラスが砕ける音にいち早く反応したネグロがこちらを引き寄せ、入れ替わりで前に出る。


 視界の端に映るのは覆面の男たち。十は余裕で数えられるだろうそれが、原型すらなくなった窓ガラスを踏みにじる。


「何奴だ。……と問う必要もないようだな。全く、つくづく私は運がいい。天が采配したのではないか?」



 やや皮肉めいた物言いになったことは許してほしい。

 何せ耳元で、青い鳥が言葉を紡ぐのだ。


《彼らが身につけている逆さ五芒星に手の印は悪魔のカイナが信ずる魔王イゼルマを示す紋様です》


 無機質ながらも、彼らの正体を告げることのはを。


 盗賊のような彼らと応戦すべく、ネグロと傍らの騎士が剣を抜く。


「逃すなよ。それと一人二人は生かしておくように。事情を把握したい。」

「はっ!承知しました、ヴァイスさま!」






 最初の一振りで、三人がたおれた。

 どうやら荒事に慣れていないような者も混ざっているようだ。明らかに身のこなしと武器を構える腕の熟達度が違う。



 そして彼ら十余人を足したところで、ネグロ一人には敵わないだろう。それほどまでに彼の腕は優れていた。


 向こうも明らかにそれを理解したのだろう。

 膠着こうちゃく状態が生まれ、そして崩そうと先に動いたのもまたあちら側だった。



「動くな!この男がどうなってもいいのか!?」

「ひ、ひぃっ!」


 ガラスが砕けたその瞬間に半狂乱になってマナの実を抱きかかえに前に出た結果、分断された叔父上へと刃が突き立てられた。



「…………ヴァイスさま。」

「やめなさい。」


 明らかに「いっそこのまま応戦の結果亡き者になればいいのでは?」という意をこめられてかけられた言葉に嘆息と共に返答する。


 叔父上について悪し様に言うものがいることも知っている。

 彼自身はこちらに対して、鬱憤うっぷんめいた妬みを抱いていることも理解している。



 けれどもそれは彼を見捨てる理由になるだろうか?

 答えは否だ。


 叔父上が己の欲に弱いことも、ネグロが魔力を持つ子だからと僻地に押しやったのも事実だ。

 けれども同時に、アンジェロをはじめ他の兄弟たちに優しくしていたことも自分は知っていた。



 この地の人々からは普段のごうつくさには呆れられながらも、災害が起きたときに誰よりも早く動き、自らも混じって復興に邁進まいしんする姿が愛されていることも知っていた。



「はぁ……はぁ……物分かりが良くて助かるぜ。剣を置きな。そこの騎士さまよぉ!!」


 他の騎士たちが剣を置き、剣を突きつけられている中でもネグロの動きには逡巡しゅんじゅんがみえた。


 ……剣を置けば間違いなく奴らは狙いであろうマナの実を奪ってさっていくだろう。剣を突きつけている相手とは別の男が力づくで輝くそれを奪い取った。



 それで叔父上の命が助かるならば後に予想される罵倒など自分としては構わないが……その保証がないのも事実。



「お、お前!いいから剣を下ろせ!い、いやだ!!死にたくない!」

「うるせぇぞ!」

「ひぃっ!!」


 いずれにせよ、猶予ゆうよはない。

 銀のきらめきが首元すれすれに輝くのをみて、彼に声をかける。



「ネグロ。。」

「────ッ!!」



 表情をこわばらせて息をのむ首から上とは裏腹に、その腕は忠実にこちらの命令を聞く。


 手のひらからやや斜め前に力の抜けた動作で剣を放るのを見て、覆面の下で笑みを浮かべる気配がした。




 響くのは風切音。


「…………っ!!なっ……!」



 向こうは目の前のネグロにばかり気を取られていたのだろう。

 姿勢を低くした状態でその放られた剣を手に取り、そのまま水面を滑るような動作で振り抜き、振り上げる。


 反射的に突き出された相手の腕が期待どおり剣の勢いを殺すが、それでも痛みは十分に与えられたようだ。

 叔父上を捉えている腕をそのまま蹴りあげ、反対側の腕で彼を引き上げた。


「ご無事ですか。叔父上!」

「っ、ヴァ、い、ス。」



「皇太子殿下をつけろ。」



 不機嫌そうな声が聞こえてくるのに苦笑する。


 護られる側の人間が軽々と前に出てきたのだから悪いとはわかっているが、緊急事態だったのだから勘弁してもらいたい。



「お前たち!腑抜ふぬけた姿をこれ以上狼藉者ろうぜきものどもの前でさらすな!騎士団の誇りをみせよ!!」


 手近にいた盗賊もどきを一人徒手で倒したネグロが他の騎士へと激励をかける。



 元より一般人程度の力しか持たぬ狼藉者たち相手。最後の一人を地面に転がすまでに、それから凡そ三十分もかかることはなかった。

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