6話 会合での出会い


 さいわいなことに困惑は周囲に聞き咎められなかったようだ。


 なんとか平静を取り戻そうとする間にも、バラッドという名の副音声は続く。


《亡きヴァイス殿下についての噂話同調時の好感度増減が一番複雑となっているのがブラン=フォルトゥナ・ヨダ=グレイシウス皇帝陛下です。

 彼の好感度が低い状態での噂話同調は好感度の上昇につながりますが、一定以上の好感度を得ている際に同調をすると、好感度が一気に下がります。


 これは表面上は兄に対する競争心と敵愾心が強い一方で、内面的には親愛からなる虚栄心と幼心の執心がないまぜになっているため、自らのことを理解してくれそうな主人公に兄のことを悪く言われたくないと……》


「(待て待て待て)」



 情報量が多い。

 あと、これはそもそも本人ではなく他の、それも鳥から聞いていい話なのだろうか?

 いかに来るかどうかも分からない未来の話だとして。




 とっさに止めれば、無機質な音声は止まり、代わりに愛らしい鳥のさえずりが聞こえてくる。


 ……今の言葉が本当だったらと、まったく願わないといえば嘘になる。

 最近はとみに笑顔を見せてくれなくなったあの子が、まだこちらを愛してくれていると。



 気がつけば説法も終わり聖句賛唱の時間だ。

 ……終盤を聞く余裕がなかったことについては司祭に申し訳なく思う。


 自らが当てられるであろう聖句を脳内でなぞりながら、隣の空席を一瞬だけ視界にいれた。



 ◇



「おっ……お帰りになるところでしょうか、ヴァイス皇太子殿下!」


 変声期に至る前の高い声が背中へとかかる。


 振り返れば司祭見習いの服をきている、弟とさほど変わらない年頃の少年の姿。

 共に護衛役として来ていた騎士が代わりに返答をする。


「ああ。そちらは何用だ。どなたからの遣いか?」

「はっ、はい。失礼いたしました。神殿長副司祭長を務めておりますマレイア=イーラ・ドゥラの名代となります。皇太子殿下への拝謁はいえつと会合の依頼にまかりこしました!」



 マレイア副司祭長。名乗られた名を反駁はんばくする。


《マレイア司祭長は十二年前の事件での数少ない生き残りです。当時副司祭長だった彼女は事件で亡くなった大司祭長の後を継いでいます。

 当時即位まもなかったブラン皇帝を儀礼面で支えており、彼が法学権威派へと進むにあたり多大な影響を与えた人物でもあります》



 ……。



「そうか……。悪いが、皇太子殿下にはこの後にも政務がつまっている。また日を改めて拝謁はいえつの機会を」


「いや、構わない。この後は書類仕事の予定だったからね。副司祭長と顔をあわせるめったにない機会だ。喜んで受けよう。」

「は……っ!」



 敬礼をして、今の言葉をあらためて見習いの少年に伝える姿を見つめながら考える。

 元々今日の礼拝に訪れる時点で、あわよくば教会の関係者と言葉を交わす機会を得られればと予定の調整を済ませていた。


 とはいえ、初日に向こうからその旨を申し入れてくれるとはさいわいというべきか。


 案内をすると申し出た少年のあとを、護衛とともに歩き出した。



 ◇




 人払いを済ませた小さな一室は、教会にふさわしい簡素な造りをしている。


 けれども調度品の一つ一つは職人が作った高級なもので、代々の皇帝一族や皇位の貴族が教会に短時間の滞在を行うときにはこの部屋を使うのがならわしだった。



「お忙しい中このような場所に足を運んでくださりありがとうございます。本来ならばあらかじめこちらから申し入れるべきでしたが……。」


 老齢と呼ぶにはいまだ生気あふれる様子の女性が、ゆっくりと最敬礼をする。

 こちらはそれを受け、首を横にふった。


「いえ、こちらこそ今朝方の決定だったというのにこのように礼拝の席を用意してくださりありがとうございます。

 ……あいにく急な決定だったため弟にも伝えておけず、そのためか行き違いもありましたが……」



 空になっていた席を思い出せば、自然と気持ちはいくばくか沈む。



 信心薄い自分とは違い、毎日のように礼拝に来ていたあの子が今日ばかりは欠席したのは、間違いなく今朝のことがあったからだろう。


 バラッドは自分に対する弟の感情をさえずっていたが、あれも本当のことかはわからない。

 全てをそのまま受けとるには、あまりに情報が足りなさすぎた。



「ふふ。きっとお兄さまに自分の特訓の成果を見せたくなかったのでしょう。まだ内緒にしておきたいのね」

「特訓?」



 ほがらかな調子の言葉に視線をあげれば、見守るような視線だ。母がよく自分たちに向けるような。



「礼拝の時に聖歌斉唱の時間もあるでしょう?ブランさまはそちらの練習をされているようなの。

 前にお話を伺わせていただいたところ、法術の……とりわけ守護法術をお兄さまに褒められたとおっしゃっていたから。その強化のために特訓をなさってるのだとおっしゃっていたわ。」



 思わず言葉を失い、瞳をしばたかせる。


 心あたりは……あるには、ある。

 今の暦から数えておよそ二月ほど前のことか。



 弟が法術の訓練をしている光景を、応接間の窓から観る機会があった。


 その時に行っていたのがちょうど守護術の授業で、鍛錬の成果だろう。手を伸ばしてから発動までの術式がとてもていねいに紡がれていたことは遠目で見てもわかったから、翌日の食事の席で話題にだしたのだった。



「……あの子はその話を、私が取り上げたときに、珍しく食事の席の途中で立ち上がったから……。てっきり、よほど触れてほしくない話題なのかと思いましたが。」


「殿下にこのような物言いをするのは不敬かと思いますが、今だけお目こぼしください。

 あの年ごろの子がお兄さまから褒められて、素直に嬉しさを目の前で表わせるものじゃないんですよ。」



 司祭ではなく、一人の子どもを見守る人としての言葉はとてもあたたかく。じんわりと胸に広がる。今を生きる人の熱のある言葉。



《ブラン皇帝は教会に師事し数多くの術式を身につけましたが、その中でもっとも優れていたのが守護の法術となります。聖歌と共に織りなす術式は作中屈指の美しさをほこります》


 それに重なる無機質な空想遊戯の裏の設定すらも、今なら素直に受け入れられると思った。



 腕元へと羽ばたいておりてきた青い鳥を撫でながら、皇帝陛下以外への叩頭礼を許されていない身分である自分が、できる最大限の礼としての目礼を返す。



「……ありがとうございます。もしかして、こちらのお話をお聞かせいただくためにお時間を?」


 だとしたらこの借りはどこかで個人的に返したい。



「いえ、今のは副司祭長ではなく、一人のおばちゃんからのよけいなお節介ですよ。あ、先のブラン殿下には内緒になさってくださると幸いです。」


「無論です。私とて、弟の陰の努力を表に無理やり引き出すことを望んではいません」


 だから今は、あの子がそれを表にするまですべてを秘めておこう。



 だが、本題がこれではないというのならば。

 わざわざ人払いをしてまで副司祭長が話したい内容とはいったい何か。



 あらためて彼女を見れば、そこに先ほどまでの柔和な笑みは浮かんでいなかった。


「改めまして、本題に入らせていただきます。皇太子殿下。

 ……伏して願います。どうか、この教会の内部にすくいはじめた膿の一端をとり除くべく、貴方さまの御力を借りたいのです……!」

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