2話 朝食の席と裏話

「お前はいったい……っ、」


 突如現れた鳥に問いかけようとした言葉を途中で止める。


 妹が……ビアンが部屋を出てからしばらく経っている。

 女中たちがそろそろ部屋の様子を伺いにきてもおかしくない。


 そう考えると同時に、扉がノックされる音が聞こえてきた。



 ◇



「あのね、ヴァイス兄さま。今日はこの後作法のおけいこと法学のおべんきょうがあるの。それが終わったらおやつをいっしょにたべましょ!」

「こら、ビアン。兄上はお忙しいんだ。お前の小鳥のような囀りに付き合うようなお時間は本来存在しないのだからな。」

「ブラン兄さまにはいってないもの!そんなこと言うんだったら誘ってあげないから。」

「誰も誘ってほしいなんて言ってない!こっちからお断りだ!」


「こらこら、二人とも。喧嘩してないでお行儀よく食べなさい。」



 5歳と12歳になる弟妹のやり取りと、彼らをたしなめる母の声。


 本来全員が公務や学業で忙しい身の上ではあるが、母上たっての希望もあり朝食の席だけはともに席に着く習わしだった。


 とはいえもっともお忙しい父上はいないことも多く、今日もそのようだが。



「そうだな。午後は執務室で各地の報告書の確認と面談が二件入っているから、八ツ時は難しいかもしれないがその後なら時間をとれるだろう」

「ほんとう!?」


「兄上!あまりビアンを甘やかさないでください!!」

「無理ならそういうさ。ブランも、ここ最近は話す時間を取れていなかっただろう。よければおいで。」

「……!!行きません!」


 ふい、とそっぽを向く弟も昔はビアンのように懐いてきてくれていたものだけれど。

 反抗期というものは難しいなと眉をさげる。



「じゃあわたしがお兄さま一人占めにする!」

「なっ……! お前が一人占めしていい兄さまじゃないんだからな!」

「だってブランお兄さまはこないんでしょ?」

「〜〜!! ああもう!勝手にするといいさ!」

「うん、勝手にする〜!」


「二人とも。今は食事中だということを忘れてはいけないよ。」


 このままだとヒートアップしそうだ。

 口調はやわらかくたしなめたつもりだが、二人とも肩を小さくふるわせて頷く。



 素直な子たちだとほほえましくなる。

 それと同時に、すこしだけ安堵する。



「(……どうやら、この鳥は他の者たちには見えていないようだな)」


《はい、私は高次元把握用NPCであり、本ゲーム通常キャラクターたちに私の存在が認識されることはございません》



 聴こえてきた声に頭を抱えそうになるのをぐっとこらえた。

 先ほどからずっと自分の皿からパンやサラダを啄んでいる青い鳥──名前はバラッドだったか。



 どうやらこの鳥の鳴き声も姿も無機質な音声すらも、自分にしか認知できていないようだ。



 ふだんの公務で身につけていた二重思考と表面上は動じない仕草を出すことが、ここまで朝食の席で役立つ日が来るとは。


 会話の上では穏やかに、食事の席では作法を崩さぬまま、脳裏ではその謎の青い鳥への問いかけを続ける。


「(どうして俺に着いてくる?)」

《当NPCは解説用副音声であり、プレイヤーへのサポートが求められます。そのためプレイヤーの一定距離内で稼働するシステムとなっております》



「(プレイヤーとはなんだ。俺がそのプレイヤーなのか?)」

《プレイヤーとは女性向け乙女ゲーム『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』を操作される方のことを称します。あなたはゲーム中で名称が出てくるキャラクター、ヴァイス=フォルトゥナ・イラ=グレイシウスであり、プレイヤーではありません》



 ……たしかに自分の名前だ。

 ゲーム中で名称が出てくるという表現はさっぱり分からないが。



「(だが、プレイヤーではない俺にお前は着いてきている。それは何故だ?)」

《当NPCは解説用副音声であり、プレイヤーへのサポートが求められます。そのためプレイヤーの一定距離内で稼働するシステムとなっております》

「……。」



 堂々巡りだ。


 ここにくる前にもいく度かやり取りをしていたが、どうやらこの鳥の無機質な音声はある程度決められた返答しかできないらしい。



「(……ならば質問を変えよう。俺の名がゲーム中の名称でしか出てこないということは、俺はゲームには登場しないという認識で合っているのか?)」



 ゲームというものに対しての理解はまだ及ばないが……。

 どうやらこの鳥の話をまとめると、カードやボードを用いた遊戯とは少々異なり、いくつかのキャラクターと呼ばれる存在が存在している中で選択を繰り返す、ある種の空想技巧を仕組み化して誰でも楽しめるものらしい。



《はい、あっています。ヴァイス=フォルトゥナ・イラ=グレイシウスはゲーム内時間軸よりおよそ十二年前、召喚時の爆発事故で亡くなっています。》

「は」



《それを機にグレイシウス皇国は皇家、教会、民衆の三つに割れ、派閥としての争いが頻発します。

 それらの問題が激化しようとした時に召喚された聖女こそが、当ゲームの主人公です》



「……兄さま?先ほどから食事が進んでいないようですが、調子でも悪いのですか?」

「ん、ああ。すまないね。すこし考え事をしていたんだ。」


「なら良いのですが……いえ、よくありません!長兄として、皇太子として相応しい振る舞いというものがあるでしょう!」

「そうだな、ブランのいう通りだ。重々気をつけるとしよう。」


 荒れ狂う胸中をおさえ、兄としての表情でほほえむ。

 弟もその顔をみて納得したのか「分かればいいんですよ!」とふいとそっぽを向いた。



「(俺が未来の軸では死んでいる?だとしたらあの……召喚の儀で爆発事故がおきる夢は…)」

《夢見のメカニズムは不明ですが、未来の光景を実際に見たか、死亡時の魂が時間軸を遡り、過去のあなたの中に入りこんできたと考えるのが適切かと思われます》



 未来の光景。

 過去に戻ってきた。


 そう言われて自らの記憶を辿る。

 ……改めてこうして思い起こせば、暦を確認した今日の日付よりも先、繰り返し行われる皇室業務の中でたしかにあった日々のささやかな出来事を思い出す。



 まだ幼い妹が、あたらしい授業がむずかしいと泣きついてきて、ともに勉強を見てやる光景。


 すこし距離を置くようになってきた弟が、それでも自分の誕生日のときにプレゼントを机にこっそり置いてくれたときのこと。


 ふだんは中々時間を取れない両親が、わずかな時間だが都合がつけられたと言ってお茶を飲む光景を遠くから見たこと。



 今はまだ起きていない、けれども確かにあった愛おしい日々。


「(……覚えている。覚えているよ)」

《ならば、今いるあなたは未来の軸より魂だけが移った、いわば逆行の状態と呼ぶべきでしょう》



 またあの日々を享受できるのか。

 それはあの時死んだ自分にとって、何よりの福音な気がして。


 ただ、気にかかることがあるならば。



「(……バラッド。グレイシウス皇国が二つに割れると言ったな)」

《はい。当ゲームの舞台は当時の皇太子であるブラン=フォルトゥナ・ヨダ=グレイシウス率いる法学権威派と、騎士団が主導となって動く社会変革派が二大権威となっている状態です》



 女性向けのゲームという話だったが、状況が想像以上に泥沼ではないか?


 ……いや、母上が時折読まれる小説にも似たような舞台があったか。

 そういった趣向を好まれるもの向けの空想遊戯なのかもしれない。


 問題は、それが未来に実際に起こることだとこの鳥が言っていること。



「(……その未来を変えることは?)」



 だが、国を割るような未来をはいそうですかと受け入れることもしたくない。

 知ってしまった以上、戻ってしまった以上。自分にできることはないだろうか。


『……ぴぃ!』


 帰ってきたのは小鳥の鳴き声。


 ……つまりは分からない。

 あるいは話すことが出来ないということだろう。


 とはいえ、明確な否定がないのならあがく余地もある。

 本日午前の公務は視察と法術の学び、過去の出納の確認だったか。


 合間合間にはなるが、この鳥もそれについてくるというのならばその時に話をきいてみるべきか。

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