切れちゃった
私とクロエさんが並んで皇帝陛下の間に入る。皇帝陛下は階段の一番上にある皇帝の椅子に座り男女と会話を楽しんでいた。
「賢者エドリック様とアルカニア第一王女クロエ・レイノルズが入ります!」伝令係が叫ぶ。
衛兵に促されるようにゆっくりと皇帝閣下へと歩んでいく。階段の一番下に来ると、執事から挨拶をするように求められた。
「皇帝閣下は今日も太陽のように輝いてます」
クロエは綺麗に挨拶をした。私は立ったままだったが。挨拶をしたままクロエは面を下げる。
「おい、田舎の王女が来たぞ。みんなも一緒に聞こうじゃないか」
「うふ、その割には礼はちゃんと出来ていたけれど」
「あっちのデカいのはただの大木か? お辞儀すらまともに出来ないんだな」
えーと、今の皇帝は確かドルアン・ソルィ・なんとか・かんとか・アガトー皇帝だったな。ドルアン閣下と呼べばいいか。
「ドルアン閣下、その田舎者が助けを求めにやってまいりました。是非ともお慈悲を」
「それはお前が言う台詞では無い。なんだったか、クロノス王女だったか? 面を上げろ」
ゆっくりと顔を上げるクロエ。顔を見た瞬間、ドルアン閣下は固まった。
「ドルアン閣下、クロエ・レイノルズです。ぶしつけではございますが、わたくしをこの国へ亡命させては頂けないでしょうか。亡命さえさせて頂ければ貴族ではなく市井の民として生活してまいります。お手数はおかけさせません」
これが決まればもう保護下に入れることも無いな。もうすぐ終わるのか。やはりさみしい気持ちが最初に来てしまう。賢者失格だ。
「ねえ閣下、私とどっちが綺麗かしら」
「そりゃあお前の方だろ、顔は良いが所作が田舎くさい」
「お前ら黙ってろ」
ドルアン閣下の鋭い声が走る。
「お前、俺と結婚しろ。亡命じゃ無く結婚だ。それでいいだろう」
は?
「え、それは……」
すぐに計算する。ブルンツからの追っ手は来なくなるが、アルカニア国の安全が担保されるのか? 敵対国への嫌がらせとして攻め落とす可能性はある。戦争の火種になるからそのままにしておくこともある。
ブルンツの性格だと……攻め落とすな。
属国の兵を使えばあっさりと終わる。
そもそもアガトー帝国との戦争もしたいだろう。逃げ隠れしないといけないくらい兵士の数がいたんだ。合わせればかなりの数になる。兵数というのは戦争する瞬間以外は最大にする物では無い。
クロエと俺は顔を見合わせると、軽く首を振った。
「申し訳ありませんがドルアン閣下、私には荷が重すぎることでして」
「それにアルカニア王国が確実に保証される物では無く、意趣返しのために攻められる可能性が高いです。ドルアン閣下はアルカニア王国などどうでも良いのでしょう?」
こっそりと自白スキル『コンフェッション』を掛ける。効果は薄いが誘導くらいなら出来るスキルだ。
スキルは、通常は周りの人にどんなスキルを掛けるか周知するために声に出しているが、別に喋らなくても良い。スキルパワーは動きエーテルが消費されるので隠密にやるには少々難しいものがあるくらいだ。
一応六千年生きている賢者なので人間くらいならバレずに行えるが。
動物の方がよほど難しい。きつね人やたぬき人みたいな特異魔法アヤカシを使う獣人も難しいな。アホウドリ人は、うん。
「ああ、この娘の国なんかどうでもいい。早くこの娘とヤりたいのだ。なんなんだこの綺麗な体、素晴らしい顔立ちは。胸のペンダントもいっそう彼女を引き立たせている。面会用のダイアモンドなんてくだらない」
「やはりどうでもいいですか。では他国へまいります。通行許可証を発行して下さい」
「誰が発行するか。おい、その娘を拘束しろ」
「させるかのーたりん」
軽い戦闘が始まった。といっても、取られていた賢者の棒を召喚し、衛兵を軽く叩いただけだが。賢者のローブを着ていない状態の俺だとこれでも失神する力が出る。コントロールがききにくいので、『エーテル・ショット』でもスキルパワー込めすぎて当たった兵士が破裂しちゃう。
「か、飼い慣らした魔物を出せ! こいつはバケモノだ! 慈悲を感じる必要は無い!」
とのことで、コカトリスが出てきてエネルギーの塊を飛ばすスキル『エーテルストライク』で顔を吹き飛ばし、ミノタウロスが出てきたので、エーテルで剣を造り投射するスキル『ソード・スロー』で八つ裂きにしてやったり等、必要最小限の暴れ方で処分した。
「だんだん快感になってきたな」
「誰でもいい、こいつを止めろぉぉぉ!!」
「よっこいしょ。寝床から顔だけ失礼。クロエ、フィーを呼び出して!」
「ふぃ、フィーをですか? 呼んでもすぐに気絶しちゃう」
「今の親密度なら大丈夫! 訓練してエーテル量も増えてるから! フィーに賢者のローブを取ってこさせて! このままじゃ厄災神エルリック・アルカディアが復活しちゃう!」
「フィー! 来て!」
「呼ばれたぜ。状況は周辺の精霊達から理解している。すぐ行ってくる。道のりは精霊が教えてくれる」
フィーは宮廊下の大きさの三倍くらいになって建物を破壊しながら進む。一歩がデカいためすぐに見つけたようだ。
「エーテルストリーム撃って良いかな?」
「駄目よ!エーテルは使っちゃ駄目! お母様に言いつけるわよ! 四千年前のこと忘れたの!?」
「ああ、四千年前。そうか、そうだよな……」
しゃがみ込んでうなだれる俺。そんなところにフィーが戻ってきた。
「ほら、賢者のローブと道具一式だ。受け取れ。俺はこの付近に聖獣が捕まっている反応があるから解放してくる。小型犬になるからエーテルは持つはずだ。エーテル量を増やす訓練をしっかりしたおかげだな、クロエ。よくやったぞ」
「自分じゃ着ないから、クロエが着させて」
「は、はい!」
クロエが着させてくれたローブは、なんだかあたかかった。優しさってこういうものなのかもしれないな。クロエ。クロエ。
「……ああ、私です。だいぶ暴れちゃいましたね。申し訳ありません、皇帝陛下。ただ、賢者は軒並みこうです。ローブだけではありませんがなにかしらの物で破壊心を押さえつけているのです。普通賢者と会ったらどれだけ汚れた服装でもそのまま通すのはそういう常識があるからなんですよ。無知なのが災いしましたね」
「帰れ!交通許可証なら書いてやる! おい、執事!」
「瓦礫でここへ到達する道がないようですね。ああそうそう、これがソルナリ・アレイシア辺境伯から預かった文です。どうぞ」
といって、物を移動させるスキル『テレキネシス』で皇帝の元へと届ける。
中身を読むにつれて、顔面蒼白になっていく皇帝。
「怖くなかったですか? クロエさん」
「爆発スキルを撃つのではないかという怖さだけはありました。呼び捨てじゃないんですね」
「あれ、呼び捨てでした? それは申し訳ありません。ローブがないときはどうにも荒くなってしまって。賢者になって二千年ですからね。まだまだです」
「――呼び捨ての方が、嬉しいんですけどね」
ホッとしている我々に、皇帝がやってきた。
「なあ、お前達は丁寧に扱ったと言うことで良いか? いいよな」
「無理じゃないですか? ここまで宮殿がボロボロになってるんです、何かあったと思われるのが当然ですよ」
「宮殿はなんとかする! 賢者一行を丁寧に扱わなかったら反旗を翻すって書いてあるんだ。助けてくれぇ」
あちゃー。
帰り道。
「無能にほとほと呆れたんだな、あの禿げは。あの禿げも悪い匂いはしなかったぞ」
「忠義に厚い人ほど、前の皇帝の善政を懐かしみますからね。忠告は何度もしたのでしょうね。善政というと、私は農家の皆さんを思い出します。みんなで作ったジャガイモ、美味しかったんですよ」
「あー私クロエの農作物食べてみたーい。精霊に愛されている子が耕した土とか、バケモノ級の土になってるはずよ。水だってそう! 絶対美味しいわぁ」
「任せて下さい! 十八歳まで農家の娘やってましたから!」
「そっか、もうすぐ新年を迎えるから十九歳ね!」
皇帝から国境通過認定書は書いて貰えませんでしたが、宿場町の認定書で通れるように執事が取り計らったということなので、どこへでも行けるでしょう。
結婚が決まらずにホッとしている自分がいる。
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