第6話


 踵を返したが、気がついたら足は勝手に中庭へと向かっていた。そして濡れるのも気にせずに、中庭へと出て彼女に話し掛けていた。


「君はこんな所で、一体何をしているんだ」


 マンフレットが話し掛けると、地べたに蹲み込みながら彼女は驚いた表情を浮かべ見上げてくる。

 遠目では良く分からなかったが、エーファは髪から水が滴る程にずぶ濡れだった。着ている侍女服も色が変わる程に濡れピタッたりと身体にまとわりついている。


「いえ、その……」


 またこの顔だ。困った様な気不味そうにしている。レクスとはあんなに親し気に愉しそうにして話している癖に……無性に腹が立つ。


「君は曲がりなりにも今は私の妻なんだ。そんな見っともない姿を晒すな」

「はい……申し訳ありません」

「そもそもこんな雨の中一体何を……」


 にゃぁ〜あ。


「は?」

「⁉︎」

「何だ、猫の真似事か? ふざけているのか」


 にゃん、にゃ〜。

 

 腹立ち紛れと自覚しながらも、説教の一つでもしてやろうと口を開くが茶々を入れられた。大人しそうに見えて、まさかこんな場面でふざけるとはほとほと呆れる。


「いえ! その様な事は決して……」


 にゃ、にゃ、にゃぁ。


「はぁ……良い加減にしないか。私を愚弄して愉しいのか?」

「違います! そんなつもりは……あ、こら! 今はダメなの」


 慌てふためくエーファの背後から、小さな黒茶の塊が現れた。にゃーにゃーと煩く鳴いている。


「猫か……」

「はい……」


 予想外の展開に思わず莫迦みたいに訊いてしまったが、そんなの見れば分かるだろうと自分に呆れた。




 言い淀むエーファから、事と次第を聞き出した。

 少し前まで野良の母猫と兄弟が中庭に住み着いていたらしい。だがある日この猫だけを残して姿を現さなくなったそうだ。


「この子、怪我をしているんです……」

「成る程、それで見限られた訳か」


 野生の世界はそう甘くない。負傷した子供は足手纏いになる。それなら早々に見切りをつけるに越した事はない。母猫が得られる餌は限りがある。どうせなら元気な子供に与える方が有意義に決まっている。


「そんな言い方……」

「その母猫は当然の事をしただけで間違ってなどいない。君が知らないだけで、人間の世界も同じ様なものだ」


 まだ考えが甘いだろう彼女に現実を教えてやる。姉はあんなに確りとしていたのに、妹はとんだお気楽な甘ちゃんらしい。


「……します」

「ハッキリと言え。私は愚図は嫌いだ」


 口籠るエーファに冷たく言い捨てた。すると彼女は胸に子猫を抱き締め、俯き加減だった顔をゆっくりと上げるとこちらを見た。


「お願いします! 今見放されてしまったら、この子は生きて行けません。せめて怪我が治るまででも屋敷に置かせてくれませんか? 捨てないで、下さい……」


 雨水が彼女の頭上に降り注ぎ頭部を濡らし額を伝い琥珀色の大きな瞳から零れ落ちていく。まるで涙を流している様に錯覚を起こしてしまう。

 哀れみなどの表現は自分には似合わないし、そんな感情は持ち合わせていない。だから彼女が同情を誘う言葉をどんなに並べ嘆願しようが一ミリだって気持ちは動かない……筈だった。

 

「……私の視界に入らない様にしろ。もし見つけたら外に摘み出す」

「それは……」

「それより良い加減、中に入れ。何時迄野晒しになっているつもりだ? 見苦しい」


 地べたに座り込んでいるエーファの腕を掴み立たせると、マンフレットはそのまま引きずる様にして屋敷へと入って行った。


 

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