第二章 スローライフ開始

精霊樹の森


「……幸助……幸助」

「……ああ。おはよう、白銀竜」


 耳障りの良い白銀竜の声に起こされる。


 まだ残っていたダンジョン探索の疲れや毒を盛られたことによる疲労なのか、しっかりと眠ってしまった。


 まだ少し暗いが、地平線の向こうには朝日が見え始めている。


 と、そこで俺の周りに、魔法の結界らしきものが張られていることに気付いた。


 考えてみれば、これだけの高高度を竜のスピードで飛行しているにもかかわらず、息苦しさや風圧を感じない。


 白銀竜のさり気ない気遣いに胸が温かくなった。


「それより、どうした?」

「なに、直に目的の場に着くので起こそうと思ってな。下を見るといい」

「下?」


 目を凝らして地上を見る。


 暗くてよく見えなかったが、段々と空が明らむにつれて、その全貌が明らかになる。


 眼下には大地を埋め尽くす森が広がっていた。


 中でも一際目が惹かれたのは、高さ数百メートルは下らない大樹だった。


 まさに『天を衝く』といった様子の大樹は、かなり離れた場所にあるにもかかわらず、圧倒的な存在感を放っている。


 もしかすると、世界樹的なものなのだろうか?


「よく眠れたか?」

「お陰様でな、ありがとう。……それにしても、凄い森だ」

「私の知人の住処だ。良い場所だろう」


 この一週間、鬱屈とした洞窟タイプのダンジョンの中に居たこともあって、目の前の雄大な自然が一層素晴らしく見えた。


 しばらくその光景に目を奪われているとノアも起きたようで、傍らのマジックバッグの中から顔を覗かせた。


「おはよう、ノア。凄い森だな」

『……!』


 ノアも新天地に興味があるのか、少し興奮している様子だ。


 俺の肩から身を乗り出すようにして、森の景色を眺めている。


 秘境、原生林、前人未到の地……。


 心の躍る言葉だ。  


 年甲斐もなくワクワクしてしまう。


 この場所でしばらくスローライフをしてみるのもいいかもしれない。


 年寄り臭いかもしれないけれど、そういった生活を送ることは誰もが一度は夢見るんじゃないだろうか?


 素人に自給自足はハードルが高いけど、幸いにもここは異世界。


 魔法があれば、食事も住む場所も困ることなく生活できるだろう。


 そういえば、白銀竜はこの場所の名前を知らないって言っていた。


 どんな所なんだ?


 スマホを取り出し【マップ】で現在地を確認する。



 【精霊樹の森】


 大国の領土を遥かに上回る広大な森林。そこに自生する植物は希少価値の高いものが多い。しかし、生息する魔物は獰猛で、危険性の高い種が多く生息している。

別名【死魔の樹海】――

                   』



 説明文を読み進めるにつれて、自分でも顔が引き攣っていくのが分かった。


 その時、真下の森から、この世の生物が発したと思えない、甲高い笑い声のような咆哮が響き渡る。


「白銀竜、今のは……」

「さあな。この森に生息する魔物だろうが、その種までは断定できない」

「……」


 いや、気になって仕方ないんだけど?


 絶対この森、ヤバい魔物が住んでいるよね?


 世界最強生物みたいな白銀竜からしたら、どんな場所でも快適に過ごせるんだろうけど、俺からしたら普通に地獄なんだが?


 期待が一転、巨大な不安に押しつぶされそうになる。


「ここだ。降りるぞ」

「いや、ちょっと待――」


 俺が制止をするより早く、白銀竜は樹海の一角――湖のほとりの小さな草原へと降下していく。


「どうだ? 良い土地だろう」

「聞いていいか?」

「何だ?」

「ここの魔物って、俺たちだけで大丈夫なのか?」

「心配するな。この辺りに生息するのは、精々100~200レベルの魔物だ。幸助とノアが後れを取ることはない」

「そうか……よかった」

『……』

「それに、周囲に幻惑の結界を展開した。これで魔物が襲い掛かってくることもないだろう」


 そう言うと、白銀竜は「知人に挨拶をしてくる」と言い残してどこかへ飛んで行ってしまった。


 この場には、俺とノアの二人が残る。


 確かに、この場所は自然にあふれ、落ち着く雰囲気が漂っているだろう。


 地名についても、気にしなければそれほど問題は無い。


 白銀竜も俺たちだけで倒せるって言っていたし、案外見掛け倒しなのかもしれない。


 取り敢えず、その場に体を投げ出し、寝そべってみる。


 どこまでも続く蒼穹が視界いっぱいに広がる。


「いい所だな、ノア」

『……』


 ノアは特にリアクションを返すことはなく、風に合わせてふるふると揺れていた。

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