第10話 白銀竜


「ようこそ、侵入者よ。この迷宮の主として、貴殿らを歓迎しよう」


 俺たちの目の前に現れたのは、銀に輝く鱗を持った西洋竜だった。


 すぐさま【鑑定】のスキルを使い、白銀竜のステータスを見る。



白銀竜シルバードラゴン

クラス:竜王

レベル:9999

体力:――

精神力:――

持久力:――

筋力:――

技量:――

知力:――

信仰:――

運気:――



――何だ、コイツは?


 俺は白銀竜を鑑定して見えた結果に目を見張った。


 竜の名は【白銀竜】。


 そのレベルは――【9999】。


 クラスは【竜王】。


 アースドラゴンのレベル【350】や、ノーライフキングのレベル【450】とは比較にならない。


 格上の相手であろうとステータスが見えた【鑑定】が白銀竜には通用しない。


 レベルが違い過ぎるからなのか、それとも表示できない程のステータスなのかは不明だが、白銀竜が放つ神々しいオーラから、並みの魔物でないことは分かる。


 無理だ。


 勝てるわけがない。


 種としての格が……いや、生物としての次元が違った。


 だが、ノアは諦めていなかった。


 ノアは白銀竜から俺を庇うように前へと出る。


「無理だ、ノア! 逃げろ!」

『……‼』

「お前なら扉の隙間から外に出られるだろ! 逃げるんだ‼」


 必死の説得をするもノアの意志は固い。


 震えてることから、ノアも白銀竜が怖いはずなのに。


 それでも、俺のことを護ろうとしてくれる。


 護られる?


 違う。


 確かに、俺はノアをテイムした。


 立場としては俺が主であり、ノアが従。


 だけど、俺はノアの事を、勝手ながら相棒だと思っている。


 一方が助けられる存在じゃない。


 お互いが助け合う、対等な存在だと思っている。


 俺は怖気付きそうになる心を奮い立たせ、ノアの隣に立った。


 それを見た白銀龍が嗜虐的な笑みを浮かべる。


「素晴らしい友情だ。人と魔物、相容れぬはずの者同士が手を取り合う様は、美しささえ感じさせる。だが――」

「なっ⁉」

『……⁉』


 ガラスの割れるような音が響く。


 そこはダンジョン200階層とは全く別の、白く塗りつぶされた空間だった。


「ッ‼ ノア!」


 隣にいたはずのノアの姿が無い。


 俺の呼びかけにも、ノアが反応することはなかった。


「あのスライムならば、心配は不要だ」

「何をした!」

「それに答える義理は無い」


 白銀龍の余裕に満ちた振る舞いが憎らしい。


 だが、こいつにとっての俺は他愛も無い存在なんだろう。


 例えるならば、地べたを這う虫。


 事実、白銀龍がその気になれば、俺なんて一息で捻り殺せる。


 俺が生きていられるのは、白銀竜の気紛れに過ぎない。


「さて、侵入者よ。ここまでのダンジョン攻略、見事であった」


 思っても無いことを……。


「……労う気があるなら、俺たちをダンジョンから出せよ」

「その願いを叶えるつもりはない。なぜなら、貴殿はこのダンジョンを踏破していないのだから」


 大仰な仕草で語る白銀龍。


 その口調は、まるで――


「最後の試練だ」

「試練だと?」

「そうだ。第200階層の番人にしてダンジョンの支配者である我を超えてみせよ」


 超高難度ダンジョン【絶望の虚】。


 その支配者は絶対的な力を持った竜種――【竜王】白銀竜。


 ダンジョン第200階層攻略の方法は、


 これ程まで理不尽な試練はないだろう。


 カンストしたレベルを前に、戦闘を挑むのは無謀でしかない。


「勝負の内容は決めさせてやろう。武力、知力、魔法、戦略……己が全てを以て立ち向かってくるが良い」

「……もし、俺が試練を超えられなかったら?」


 俺の問い掛けに、白銀竜の目がスッと細められる。


「我を倒せぬ者に、ダンジョンの踏破者たる資格はない」


 その言葉の冷たさと重さから、勝負に負けた先に待つ未来は想像に難くない。


 どう足掻いても、白銀竜に勝つことは不可能。


 だが、1つだけ。


 1つだけ、俺が白銀竜に勝るかもしれないものがある。


「勝負は何でもいいんだな?」

「二言は無い」

「なら、これで勝負だ」


 俺が勝負に選んだのは“運”。


 【フォーチュンダイス】で作り出したサイコロを白銀竜に掲げて見せた。


「ほう……」

「ルールは3つ。勝利条件は相手よりも大きな目を出すこと。直接・間接問わず妨害は禁止。それ以外ならば、スキルの使用は自由」

「いいだろう」


 白銀竜が手を持ち上げる。


 その中には、俺の【フォーチュンダイス】と同じようなサイコロがあった。


 俺とノアの運命をかけた勝負が幕を開ける――



***



 面白い人族も居たものだ。


 我との勝負に賽を持ち出すなど、考えもしなかった。


――300年


 この地に迷宮を構えたのは、単なる気紛れだ。


 竜王の名を冠し、この世界の頂点に限りなく近づいた私。


 飽くなき闘争の日々を経て、私に並ぶものは皆無となった。


 故に、刺激を求めた。


 我をくだし得る存在を。


 考え抜いた末の答えが迷宮だった。


 未だ見ぬ好敵手に、己を磨き、鍛えさせ、私の許に立つ資格を与える。


 その願いが、この日、ようやく叶うのやもしれない。



「ルールは3つ。勝利条件は相手よりも大きな目を出すこと。直接・間接問わず妨害は禁止。それ以外ならば、スキルの使用は自由」

「いいだろう」


 己の力を凝縮し、ひとつの賽を創造する。


 私と同じ、銀に輝く賽。


 無論、賽の出目自体を変えるような小細工などしない。


 壊れ難いだけの、何の変哲もない賽だ。


 目の前の人族が持つ賽と同じだ。


「始めようではないか」


 私の合図で賽を投げる。



 一投目


【6】

【6】


 ふむ。


 賽の落ちる高さや転がる距離を加味して投げる私と違い、この人族は単に賽を投げただけ。


 偶然か?


 それとも無意識か……。


「二投目だ」

「……ああ」


【6】

【6】


 ほう……。


 面白い。


「三投目だ」


【6】

【6】


 216分の1。


 成程。


 勝負に賽を選ぶのも分かる。


 此奴、スキルを持っているな?


 神が全ての生命に与えられた祝福。


 それは個の持つ限界を超えた奇跡さえも引き起こす。


 おそらく、人族は運命改変系のスキルを持つのだろう。


 本来あるべき筈の現実を、己の都合の良い理想に書き替える能力。


――面白い


 その力、いつまで持つ?


「四投目だ」


【6】

【6】



「十二投目」


【6】

【6】



「五十七投目」


【6】

【6】



「百七十九投目」


【6】

【6】


 長時間のスキルの行使に、さしもの人族も疲れが見え始めてきたようだ。


「千七百三十一投目」


【6】

【6】


 肩で息をする人間。


 限界か?


 長時間に及ぶスキル行使は疲労を伴う。


 そろそろ終わりか……。



「千七百三十二投目」


【5】

【―】


 代り映えのしない出目に変化が現れる。


 先に動きを止めた人間の賽が【5】を示した。


 終わりか。


 最期は随分と呆気ないものだ。


 私は、己の賽が【6】を示すのを眺め――



「――何だと?」


 私の賽が【5】を示した。


 ……有り得ない。


 これまでの千七百三十一投と同様、私は【6】が出るようこの賽を投げた。


 通常なら、私の出目は【6】であるはず。


 何故【5】を示す?


 【竜眼】を使い、賽の細部までを調べる。


 何もない。


 外部から力を加えられた形跡も、スキルが使用された痕跡も見られない。



「……千七百三十三投目」


【4】

【4】


 まただ。


 何故だ?


 何故、結果が振れる?



「千七百三十四投目」


【3】

【3】



 ……ああ、そうか。



「ふふふ……」

「……どうした?」

「気にするな。――次だ、千七百三十五投目」


【2】

【2】


 成程。


 お前の仕業か。


――世界の祝福


 本来あるべき未来が、別の未来に書き替えられている。


 此奴の能力の神髄は、此奴に都合の良い未来に世界が書き換わる、世界の寵愛とも呼べる代物。


 いや、祝福か?


 世界は此奴を愛す。


 故に、世界は自ら、此奴にとって都合の良いものへと変化する。


 だがそれは、【祝福】であると同時に【呪い】でもある。


 世界は此奴を愛して止まず、此奴の幸福のためならば、どの様に凄惨な事象が生じるのも良しとする。


 その結果に、此奴の意志が介入されないもの質が悪い。


 望むべくもない幸福の裏に、此奴の笑顔のみがあるとは限らないのだから。



「千七百三十六投目――」


 ならば、私が友になろう。


 この世の無慈悲なる幸福不幸が、此奴を潰してしまわぬよう。


 私が護ろうじゃないか。



「貴殿、名は?」

「薄井 幸助」

「見事だ、幸助――」


【2】

【1】


 この日、私は初めての敗北を知る。


 そして同時に、掛け替えのない友を得た。

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