テンプレ勇者になりたくて
昼神誠
プロローグ
第0-1話
その男には子供の頃から諦めきれない夢がある。
勇者……誰もが恐れる魔王を相手に人々を救うため困難に立ち向かう者であり英雄だ。
だが、それは物語の中での出来事である。
現実には魔王や勇者など存在しない。
そもそも魔族という異種族も空想上の存在でしか無い。
その男は大学を卒業し、すでに会社勤めをし20年以上の年月が経っていた。
40代後半、すでに現実を見て生きていてもおかしくない年齢である。
しかし、男は夢を諦めきれない。
(くそぅ、こんなところでサラリーマンをしていては駄目だ。普通の勇者で良い。余計な設定など一切必要ない誰もが知るテンプレな勇者……なんとかなれないだろうか)
「今日も帰りに本屋へ寄るか……」
西暦2000年代から流行した異世界転生モノ。
男は小説の世界で冒険に浸ることが日課となっていた。
ふと立ち寄った本屋で運命の出会いを果たしたのが約20年前。
男は数々の冒険譚にのめり込んでいった。
自分の夢を数々の小説や漫画で満たして行く毎日。
だが、夢を諦めきれない気持ちが膨らむばかり。
(この主人公もまた異世界転生か。最近、この手のものばかりだな。もはやテンプレ化していると言っても過言では……ああっ、そうか!)
その日、男が仕事の帰りに手に取った小説で1つの答えを得る。
普通のサラリーマンが勇者になるための絶対条件。
それは異世界転生を果たし魔族が蔓延る世界で新たな人生を歩むことである。
(なんてことだ……俺は……俺はこの結論を得るのに20年もの時間を無駄にしてしまった……)
男にはそれが間違った解答などとは思いもしなかった。
男は帰宅後、今までに購入した異世界転生小説の冒頭を読み新た得たことがある。
「異世界転生するのにトラックは必要……トラックに轢かれ異世界に転生することこそテンプレだったのか! くそぉぉぉ、俺はどうして何十年もトラックに轢かれないのだ!?」
異世界転生を果たす絶対条件にトラックに轢かれ事故死。
男はその日を境に電車通勤を止め徒歩で通勤することにした。
それから2年の歳月が経った。
男はトラックに轢かれることなどなく毎日、普通に出社している。
「今日も徒歩で来たのか? 交通費が支給されるのによくやるぜ」
「横浜の家からこの会社まで徒歩で4時間でしたっけ? 往復8時間って睡眠時間無くないですか?」
同僚が男に疑問を投げかける。
だが男はその理由を話し理解してもらえるとは思っていない。
その理由とは少しでも事故に遭う確率を上げるため交通量の多い道路を歩くこと。
(電車に乗ってトラックに轢かれる確率を下げる訳にはいかないからな)
普通自動車に跳ねられたのではいけない。
異世界転生のテンプレであるトラックに轢かれなければならない。
プリ◯スやエル◯ランドに轢かれ異世界転生をしたという物語は存在しない。
もしかしたら、トラックに似た言葉であるトラクターでも良いのかもしれない。
(だが、例外は危険だ。事故死したのに転生を果たさなければ意味がない。やはり、最も安全性が高いのはトラックが多く走る国道を歩き轢かれることだ)
毎日、多くのトラックが走る国道沿いを二宮金次郎のように読書しながら徒歩で通勤する毎日、未だに事故が起きる気配はない。
自殺に近い行為のようにトラックに自分から突っ込むなど言語道断。
神様や女神様は不運な者に寄り添ってくるのがテンプレである。
多くの異世界転生モノを読み漁り例外に近い小説もあるにはあるが、やはり確率としては多くの小説で採用され転生者を出しているテンプレ通りに乗っ取るのが良い、それが男の考えだった。
ザーザーザー
「ふふっ、今日は大雨か。運転手も視界が悪くなりそうだし運良く轢いてもらえそうだな」
朝3時には起床し4時に自宅を出る。
徒歩で4時間、並の人間なら1日で音を上げ電車通勤に切り替えているだろう。
だが、この男はそれを10年近く続けていた。
男はすでに50代後半。
「ふぅ、雨の日は駅から少し歩くだけでも靴がびしょ濡れになっちゃってやだわ」
「駅チカのここでもハイヒールじゃ濡れて当然だろ?」
(……くそぅ、何故だ! 何故、今日もトラックが俺に突っ込んでこない!?)
男は未だに気付いていない。
ガードレールがしっかりと張られている道路上でトラックが自分自身に突っ込んでくる確率などかなり低いことを。
(いや、諦めてはそこで終わりだ! 明日こそ必ず轢かれるはずだ)
「そういやさぁ、最近知ったんだけど自転車って歩道を走っちゃ駄目みたいね?」
「そんなの常識だろ? 自転車だって車だぞ。しっかりと車道を走らないと……」
「確か広い歩道は良いんじゃ無かったっけ?」
休憩中、同僚の何気ない会話。
男はそこで天啓を得る。
(な……ん……だとっ!? 車道を歩けば跳ねられる確率もグッと上がるが過去に警察から厳しく指導されて以来、歩けていない。だが自転車なら堂々と車道を進める! そうなればトラックに跳ねられる確率も高くなる!? これだ! トラックに轢かれるために自転車通勤で車道を走る! 見える! 俺にも見えるぞ! トラックが俺に向かって突っ込んでくる光景がよぉ!)
男はその日の帰り自転車屋へ寄り自転車を購入した。
そして自転車通勤を初めて数年……男は59歳。
未だに男に突っ込んでくるトラックはいない。
だが自転車通勤を初めて利点がいくつかあった。
体力が向上し以前より健康になったのだ。
「この前の健康診断でメタボって言われてさぁ……」
「お前は何年経っても細いよな?」
「細マッチョのオジサマって感じで若手社員からモテてるみたいだし」
男は今更恋愛をする気など更々無かった。
すでに60歳手前である以上、定年退職を迎えるまであと数ヶ月……。
男は焦っていた。
定年後は目的を持って何処かへ行く必要も無くなるためトラックに轢かれる可能性もグッと低くなる。
「定年したらさ俺、妻と一緒に世界一周する予定なんだ」
「へぇ、良いな。俺は家内に邪魔者扱いされるのが怖くてよぉ」
(世界一周か……そうだ、日本が安全すぎるから駄目なのだ! 交通ルール無法地帯の国へ行けば轢かれる可能性も高くなるのでは無いか?)
男の老後が同僚の何気ない会話から決定した瞬間であった。
テンプレ通り不慮の事故でトラックに轢かれることを男は決して忘れない。
だが、男は冷静に今まで読んだ異世界転生モノを思い出す。
(そうだった……異世界転生モノの多くは主人公が日本国内で事故を起こしている。くっ、なんて……ことだ! 俺は日本国内でトラックに轢かれるまで耐えなければならないのかっ!)
そして定年を迎える20◯◯年3月31日……。
「「今までお疲れさーん!」」
「「かんぱーい!」」
あまり同僚と親しくせず飲み会等は断っていたが、その日だけは送別会に参加した。
何十年も共に支え合った仕事仲間だが異世界転生をすれば二度と会うことはない。
少し参加したら帰るつもりだったが会が始まって数時間、男の気持ちは変わっていた。
男はその日になって初めて知ったのだ。
仲間と飲む酒がうまいこと、酔うことの素晴らしさ、仲間同士で語らうことの楽しさを……。
男は正気を取り戻したかのように泣き如何に馬鹿げたことを考えていたのか思い耽る。
(何だよぉ……くそぉ……下らないことに人生の大半を無駄にしちまったじゃねぇか……)
男は戻らない時間に後悔した。
子供の頃から持った夢を捨てないことこそ正しいことだと男は思い込んでいたのだ。
そして、送別会が終わり二次会、三次会と顔を出し男は酔い意識が朦朧としている中、帰路についた。
「ふぃぃぃ、ひっく……自転車でも飲酒運転になるし、ここにおいて徒歩で帰るか」
タクシーで帰るという手段が男の頭には無かった。
すでに何十年も公共交通機関を使わなかったが故に思い付きもしなかったのだ。
フラッ……
「おっとっと……目が回る……やべぇ眠い……」
遠くから車が向かってきていることに男は気付いていなかった。
すでに夜更け前朝3時、街頭もないその道は暗く男以外に人影は無い。
キィィィ!
ドゴッ!
男は空中に自分の身体が舞い踊っている感覚に酔いが覚める。
(何……だ? この衝……撃? まさか!? トラックに跳ねられたのか!? き……来た!? 車種は!? 日◯か? ◯すゞか? 出来れば4トントラック以上でお願いしまぁぁぁ……)
ドサッ!
吹き飛ばされ地面に頭を強くぶつける男。
頭から流れる血が事故の凄惨さを物語る。
「ひ、ひぃぃ! やっちまった!」
ブロロロロ……
車から降り男を見た運転手は気が狂ったかのように再び車に乗り込み逃走してしまう。
意識が朦朧とする中、男は車の背後に付いている車名を見て愕然とした。
(わ……ワゴ◯Rだとっ!? 軽自動車じゃねぇかぁぁぁぁ!)
男は毎日トラック以外には跳ねられまいと車を注意深く見ていたため車種に詳しくなっていた。
打ちどころが悪く男は後悔ばかりのその生涯を閉じた。
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