第24話 呵呵大笑6

 目の前の男を見る。血走った目で私を指さしずっと叫んでいる。俺は選ばれた存在だの、最強だの、と何か幻聴でも聞こえているんだろうか。いや多分これが何の説明もなくいきなりこんな力を渡された人間の結果なのかもしれない。


 案外私もあの時、検診をサボって知らず知らずに魔法の力を手に入れていたらこうやって暴走していたのだろうか。



「1つ聞きたいんですが、なんでここへ? やはり怨恨ですか」

「うるせぇんだよ! さっさと死ね!」


 近くの椅子が放り投げられる。放物線を描くわけでもなく、直線距離でこちらへ接近する椅子を片手で受け止め、勢いを殺し床へ置く。そのまま姿勢を低くし、足に力を籠め、一気に接近する。出来ればヘイトをこちらに集めようかなと思ったけど、あの様子だと多分無理そうだ。下手すれば近くにいるあの男性を人質にしかねない。



 

 だから一気に近づく。



 

「く、くるなぁぁああ!!!」



 男が暴れるように手を振り回す。こちらを叩こうとする手を躱しながら左手で外側へ弾く。手首の力を抜き、掌を男の腹に向けて放つ。勢いよく突くように繰り出した掌底を打ち抜くのではなく、当たった瞬間に後ろへ引く。



「ぐぁああ!?」




 やっぱりだ。今の私の力でこのくらいの魔法使い相手に打ち抜くと重傷を負わしかねない。腹を抑え頭が下がった瞬間を狙って、男の二の腕を掴み、そのまま外へ向かって放り投げた。

 男は回転しながら店の壁にぶつかり、バウンドする。さらに接近し、男の身体に触れ、無理やり壁へ押し込んだ。壁が破壊され、外へ押し出すことに成功する。私は破壊された壁を通りながら破壊した壁の時間を戻す。



「おかしい……おかしい……こんなはずじゃない、夢? 夢なのか? は、はは、はははは」



 地面に顔を押し付けながら何か言っている。頭を打った? もう少し加減するべきだったかもしれない。でもあの男がレストランの従業員に悪意を持っているのは明らかだ。出来れば強引にでも引き離したがった。




「メ、メンマさん。彼はもう?」



 現場責任者と思われる警察の方が私に話しかけてきた。メンマって……そのコードネーム伝わってるんだ。なんか泣けてくるんだけど。




「いえ、まだ離れて下さい。距離を――」



 そう言いかけた時、男の身体が震え始めた。



「ふひ、ひひひ、か、かかかかかか」



 笑い声だ。それが聞こえた瞬間、周囲の警官たちが一斉に笑い始めた。私の口角も一瞬上がり、元に戻る。どうやら私の能力との相性は悪いようでこの根源魔法はやはり効かないようだ。とはいえ結構凶悪な魔法だ。相手を強制的に笑わせ行動を封じる。しかもただ笑うというより、息を忘れるレベルの大笑いを強制している。



「ふひひはははああああああ」



 男の魔力が跳ね上がる。そして狂気染みた笑みを浮かべこちらへ突っ込んでくる。拳を握ってすらいない。まるで獣が引っ掻くような形で私へ攻撃をしかけてくる。足を一歩前に出す。接近する男の顎を下から叩く。そして右肘を曲げ、そのまま男の顔を殴打した。

 

 口と鼻から血が飛ぶがそれでも笑みは消えていない。周囲の笑いも収まっていない。いや徐々に私の口角もまた上がっている。なんだ根源魔法が強くなっている? このままじゃ危険だ。覚悟を決めるしかない!




「ふへへへ、あはははは! 笑え、笑えよぉおぉ! いつもみたいに、俺を笑って、笑って、笑った奴はみんなしねぇぇえええ!!!」


 


 打ち込んだ肘を引き、そのまま腰を捻り左の拳を腰に構え、そのまま胸へ打ち込んだ。出来るだけ加減をし、胸へ打ち込んだ。男の口から大量の血が吐き出され、膝から落ちていく。そして男は最後まで笑いながら倒れた。








 あれから私は被害にあったレストランへ戻り、破壊された店を直し始めた。突然壊れたものが巻き戻るように直っていく様は不思議だっただろう。とはいえすぐに記憶から消える。恐らく残るのは、あの男が店で暴れ、怪我をした人が出たというくらいだと思う。




「メンマさん。お疲れ様です。容疑者の男は確保しました。重傷のようですが一旦天国ヘヴンへ連行するとの事です」

「え、あの状態で、ですか?」

「はい。目が覚めたら危険ですから」



 怪我を負わせた私が言うのもなんだが本当に大丈夫なのだろうか。っていうか立つのか?



「では私は戻ります。後はすみませんが」

「はっ。お任せ下さい」






 また魔力を纏い、その場から逃げるように後にする。最近ようやくこの超人的な能力に慣れたためか、壁を利用すればビルの屋上までのぼるのは容易になってきた。とはいえ、単独での任務は成功した。必要以上に怪我をさせてしまったのは少々心苦しい。もっと手早くやれたんじゃないかと思ってしまう。




「それにしても最後のあれは……」

「なんだ。知らないのかい?」




 声が聞こえた。





 女性の声だ。そしてある意味聞きたくない声でもある。私は勢いよく後ろを振り向く。そこには。





 セーラー服を着た髪の長い女性が立っていた。





「――絶猫」

「いやだな。気軽に猫さんって呼んでくれよ」





 待て、待て。なぜここにいる? 郷田さんの話だとあんまり表に出てこないって話じゃないのか。




「ん? そのマスク。もしかしてミスター鈍龍のマスクかな?」

「知ってんのかよ」



 くそ思わず突っ込んでしまった。




「はは。知ってるとも。私もファンだしね。それより、うん。前より魔法は使えるようになってきたのかな」

「……お陰様で」

「お、私のお陰か。そりゃよかった」



 嫌味が通じない。とりあえず前みたいに襲ってくる気配はなさそうだが、マジで何でここにいるんだ。



「……それでさっきの話はどういう意味です?」

「うん? ああ。君は根源魔法って何か知ってるかい」



 なんだ。どういうことだ。根源魔法が何かなんて言われても。




「天然魔法使いだけが使える魔法じゃないんですか」

「うーん。70点!」



 

 そういうと指で7を作った。見た目は可愛いんだが、この人私より30以上年上なんだよなぁ。




「いいかい。根源魔法はね。その人の心の中にある願いの発露なんだ」

「――願い?」

「そ。願い。とはいえ普通の願いとはちょっと違う。なんていうのかな。考えた事っていうよりそれこそ魂レベルで刻まれた想いっていう奴が魔法になると私は考えている」



 願いだって? ならさっきの男はどうなんだ。最後に言っていた。俺を笑う奴は死ねと。それが願いだってのか。



「例えばそうだね。国は人造的に魔法使いを作ろうとしているだろう? でも天然の魔法使いには遠く及ばない。何故だと思う?」

「それは――」



 知らない。郷田さんも解明できないって言っていた。




「簡単さ。人造魔法使いは魔法使いになるという目的のために作られる。30歳まで女性関係を絶つというのは結構大変だ。自分の趣味趣向でそうなった人と比べ、普通の人はその道を選ぶのは苦痛だよ。でもその苦痛の果てに魔法という未知の力を得るために皆必死に我慢し、煩悩を絶ち、訓練に身を委ねる。分かるかい? 彼らは魔法使いになるという願いを叶えるために魔法使いになるんだ。だから魔法使いになった時点で既に願いを叶えてしまっている。だから根源魔法は宿らない。魔法使いになった時点で彼らは完成するから魔力も著しく低いんだ」




 なんだ、今の話。どこまで本当なんだ? いや、でもこの話が本当だと仮定すると色々と説明が付く部分も確かにある。


 


「逆に天然魔法使いは、それぞれ別の願いを持っている。メンマちゃん、君の戦いはずっと見てたよ。だから確信した。君の魔法は時間の逆行だね。もしかして頻繁に昔に戻りたいなんて思ってたんじゃない?」

「――その程度みんな思うでしょ」

「いや。そうじゃない。多分君はもっと強く願っていたんじゃない。過去に後悔があるタイプだ。とはいえ魔法にまで昇華されるのは本当に珍しいよ。君の言った通り多かれ少なかれ皆が考える事だから」



 過去の後悔か。両親の喧嘩、私の要らぬ一言。家庭の崩壊。自殺。



 

 様々な言葉が過る。いや、忘れろ。もうどうしようもない話だ。




 

 

「さっきの彼は、自分の未来が袋小路にあると悟った。そして自分の願いがもう叶わないと本能で悟ったんだろうね。だからより強く考えた。それがより魔法を強くしたんだろう。気を付けた方がいい。今後君がその立場で多くの魔法使いと対峙するというのなら、相手の願いを否定し、拒絶し、叩き折るという事だ。同じような事は起きるかもしれないよ」

「だからって」

「ふふ。まあいいや。久しぶりに顔を見たかっただけだからね。じゃメンマちゃん。また会おう」



 そういうと絶猫は消えた。



 

 

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