第16話 出会い

 目の前にある破壊された壁の穴を見て私は息を整えた。



 疲れはない。魔力も減っていない。それこそ最初にこのビルへ来たときと何も変わらないくらいだ。



「いや、変わったかな。初戦であれだけ戦えれば指令もほめてくれるでしょ」




 そんな軽口を1人で呟き、疑問がわいた。そうだ、博士が透視でこちらの様子をみているはず。なら戦闘が終わったのはすぐ伝わっているはずだ。なのになぜなんの連絡もないんだ。





「指令? 博士?」




 反応がない。どうなってるんだ?



 心臓の鼓動が早くなる。何か起きている? 一度戻るべきか? いやそもそも桑原さんはどうなった?



「桑原さん! 聞こえますか! 何か応答してください!」

 



 こちらも返事がない。電波障害か? くそ、なんなんだ。私は先ほど自分が空けた穴を見る。ここは1Fだ。恐らくこの向こうはこのビルの敷地内に面していたはず。ならここから出ればすぐトレーラーがあるはずだ。



 一度戻るべきか? それとも2Fへ戻り桑原さんと合流する? 少し考え私は壁の穴から外へ出た。暗い室内にいたためか外は明るく、一瞬太陽が眩しくて目を閉じてしまう。そして徐々に光になれ白飛びしていた世界が段々と色を取り戻し始めた時――1人の女性が立っていた。





「え……」





 セーラー服を着た黒髪の若い女性。年齢的に10代? いや20代前半くらいだろうか。そんな女性がこちらを見ていた。





「君、ここは危ないよ。すぐにここを離れた方が――」




 それ以上の言葉を紡ごうとして口から何もでなくなった。



 こちらを見て立っている女性の近くに、世良が地面に伏して倒れている。私の攻撃の影響だろうか、口から血を吐き、もがき苦しんでいる。普通の生活をしていればすぐに理解できる異常な状況。だというのにこの女性はなんでもないかのようにすぐ傍に立っている。



「君は誰かな。一応言っておくけど、そこの彼は犯罪者だ。すぐに離れた方がいい」

「そうなの?」




 鈴のような綺麗な声だ。素直にそう思った。




「ならどこへ避難すればいいのかしら。おじさん、私を連れていってよ」




 歩いていた足が止まる。どうみても普通の子だ。避難させるべきなんだろう。そう理解しているのに身体が動かない。




「ふふ。どうしたの、おじさん。ねぇ早く、安全な場所へ連れてってほしいな」


 そういうとセーラー服の女性は歩き始めた。ゆっくりと、軽やかに。そこに恐怖はなく、何かまるで……これから遊園地に行くかのような。





「どうしたの? ほら早く連れて行って」



 もう目の前にいる。ゆっくり透明感のある白い手が持ち上がり、私に触れようとして――咄嗟に後ろへ下がった。




「もう一度教えてほしい。君は誰かな」

「あは」



 そういうと先ほどまでとは違い満面の笑みを浮かべた。




「あはははははは! びっくり、なんで警戒してるの? こんないたいけな女の子が助けてっていってるのよ? 普通助けるでしょう。本当に――」



 そういい終わる瞬間、目の前に女が立っていた。




「ッ!」

「とりあえず寝てて」



 鋭い手刀が私の腹に突き刺さる。みぞおちを突かれ私は腹をおさえて蹲る。だが次の瞬間には身体の痛みは消えた。そしてまた後ろへ跳躍して距離を取る。



 今のはなんだ? 速すぎる。瞬きだってしていない。なのに場面が切り替わったかのようにいつのまにか目の前にあの女がいた。




「あれ、しばらく身動き取れないと思ったのにもう元気。おじさん、どうなってるの」



 一歩、女性が足を踏み出した瞬間、また目の前に現れた。それと同時に私の胸、膝、顎の3か所へ攻撃が加えられる。全力で回天を維持しているのにここまでダメージを受けるなんて。どう考えても浅霧さんの一撃より重い!



「くそ、敵と見做すよ」



 回復した私は心を殺し、拳を握って女性のお腹めがけ攻撃をする。異常事態であると認識していても僅かに手加減をしてしまう。だがそれすらあざ笑うかのように私の拳は空を切る。目の前に女性はいない。そして後頭部に強い痛みを感じ、私は吹き飛ばされた。



 何度か地面をバウンドし、吹き飛ばされながら身体が回復したため、地面を削りながら姿勢を整える。



「ん~変ね。どうなってるのかしら。ここまで一方的に攻撃されたら普通魔力は削られるんだけど」



 いつのまにか私の横に女性が立っている。



 本当に何が起きてるんだ? まさか魔法? でもこの子は女だぞ!?




「ねぇ。名前教えてよ。そうすれば見逃してあげるよ?」

「ふ、ふざけるな!」


 今度は全力だ。何も考えずただ本気で手刀を彼女の身体へ打ち込む。だが――。





「ッ!?」

「おかしいな。君みたいな子は普通忘れないはずなんだけど」




 私の全力の攻撃。それを片手で防がれた。女を中心に放射状に割れる地面から考えて私の力は間違いなく発揮している。だというのにまるで何もなかったかのように何故片手で防げる!?



 意味がわからない。もう一度後ろへ跳躍する。だが、いつのまにか目の前に女が立っている。もし魔法使いだとすればなんだ! まさか転移とか瞬間移動とかそういう魔法か?



「ちょっと痛いよ? 魔法使いにとってここは弱点だし」



 そういうと女の足が私の足の間を抜け、股間に命中する。




「――――――――――――ッ!!!!!」

 


 


 目の前が真っ白になる。声が出ない。全身が震え脂汗が出た。電撃を浴びたような激しい痛みが全身を覆い始め――痛みが消えた。



 魔力が跳ね上がる。さらに膨張した魔力が全身を覆い、私は女の顔へ拳を放つ。初めて表情を崩し驚いた様子を見せる女だが私の拳があたる瞬間消えた。そして私はすぐに後ろを振り向き、裏拳を放った。だがそれも空を切る。見れば女は腰を落とし拳を構えている。




「本当に面白い子だな。少しだけ本気をだしてあげる」








 女の口がゆっくりと動いた。





 


相剋そうこく





 

 そう聞こえた。すると女の身体から魔力が吹き上がる。いつもみる魔力の光なんてものじゃない。まるで炎のように燃え上がり、煌々と輝く渦のような光の奔流。ゆっくりと拳が突き出される。私はすぐにそれを迎え撃つため全力で拳を握る。



 決して早い拳ではない。だというのに、女の拳に当たった私の手は砕け、骨が飛び出し、そのまま腕を砕いて吹き飛ばされた。










「本当にびっくり。あんだけぐちゃぐちゃになった腕が何もなかったみたいに治ってる。治癒魔法じゃないね。もしかして私と同じ事象干渉系の魔法? 例えば傷を負わなかった可能性に現実を書き換えるとか。いやそれなら君の攻撃は当たらないと変か。攻撃を当てた未来に書き換えるくらい出来そうだし。でも身体の治療が起きると魔力は減ってるね。でもすぐ魔力自体も回復してる。うーん興味が尽きないな。それに君の顔もなんか嫌いじゃないかも」




 痛みはもうない。だが――勝てる未来がみえない。心が折れそうだ。何なんだこの女!




「ねぇ」




 そういうとしゃがみ私と同じ高さの視線にしてまた笑みを浮かべてくる。




「1つ、交渉しましょう。君の名前を教えておくれ。そうすれば君たちを見逃してあげる」

「な、なにをいってるんだ」

「聞こえてるんだろう? 交渉だよ、交渉。本当はね、不埒な仲間を回収にきただけなんだけど、まさかフリージアと交戦してるとはね。正直、見捨てようかとも思ったけど、流石に一度くらいは許してあげようかなって思ってさ」



 仲間? 回収? まさかあの連中の!?



「本当は君みたいな面白い子は勧誘したい所なんだけど、初対面にしてはお互い印象良くないだろ? だからほら、ラブコメと一緒だよ。最低の所から愛を育んでいこうって奴さ。だからその最初の一歩。さあ、君の名前を教えておくれ」




 だめだ、私じゃこの女に勝てない。というかそもそもなぜ女なのに魔法が使える? 男だけじゃないのか!? いや、それよりもこの状況だ。多分だけど――。




「うん。君の仲間は今私の手の中だ。はは、面白いね、君。顔に出やすいって言われない?」

「……初めて言われた」

「嘘だね。分かりやすい子だ。そういえば昔そんな子がいたような気がするな――、まあいいか。それで名前は? 理解してると思うけど選択肢なくない?」



 本当に、指令や剣崎さんや桑原さん、それに他のみんなもこの人に捕まっている? いや、それだけの実力がこの人にはある。わざわざ嘘をつく理由もない。だから確かめないといけないのは。




「見逃すって言ってるでしょ。正直あんまりお宅らを虐めても私にメリットないしね。それで?」

「メンマって呼ばれてる……あんたの名前は?」

「あは! いいね。まずは名前の交換から。うんうん、なんか青春してる気がする! 出来れば本名が良かったんだけどまぁいいか。だから私の愛称を教えてあげる」




 そういうと女は顔を近づけ少し見惚れるような笑みを浮かべた。





「私の名前は、絶猫たちねこ。DTっていう組織を束ねている一応偉い人間だぞ」

 




 そういって私は唇を奪われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る