第2話 是非御社で……

 君は今日から魔法使いだと言われた時、どう反応するだろうか。



 子供ならきっと喜ぶだろう。魔法のステッキを使い、楽しく魔法を使う事を想像するはずだ。

 高校生くらいなら少し訝しむかもしれない。ある程度現実と夢の境目を理解し始めている歳だ。もしかしたらそう言われても喜ばない人もいるのかもしれない。





 では、30歳の女性経験のない男性に対してそういわれたらどうだろうか。




 断言してもいい。喜ぶヤツよりも馬鹿にされていると思うヤツの方が大半だ。






「――あれ。ここは……」



 目が覚めると真っ白い天井が見えた。背中に感じる感触からベッドで寝ているようだ。ゆっくりと身体を起こすと窓がない殺風景な部屋に3人の人間がいた。



「ふむ。目が覚めたか」



 

 派手なジャケットを着こなす金髪の美女がいる。口に何か入れているのかくちゃくちゃと恐ろしくガラが悪い。どうみてもどっかの総長にしか見えない。なんせ後ろにいる男の2人もスキンヘッドでスーツ姿という厳つい人相なのだ。



「俺の名前は郷田葵だ。一応確認だがお前の名前は?」



 金髪美女は郷田と名乗った。堀が深いから外人かと思ったけど日本人か。



「……桜桃守です」

「よし、桜桃。お前はどこまで覚えてる?」



 行き成りなんだ。普通にこの状況なんなんだ、怖いんですけど……。



「覚えてるもなにも……確か30歳検診をして……それで――ああッ! あの失礼な医者ッ!」

「落ち着け。気持ちはわかるが、今は落ち着け」

「そもそもここはどこです? なぜ私はこんな場所に!」

「それをこれから説明するんだ」



 すると後ろに立っていたスキンヘッドのスーツを着た人が何かファイルを郷田さんに渡している。そしてそれに郷田さんは視線を落とし、そのまま私に渡してきた。恐る恐るそれを受け取るそこには……『初心者魔法のすゝめ』というふざけた書類だった。



「まず。こちらから先に説明する。その間質問は一切なしだ。後で質問する時間を作るから今はただ聞け。――おい、見せてやれ」



 郷田さんはそう言って顎を使って合図すると先ほどフォルダを渡してきたスキンヘッドの男が前に出た。そして手のひらを合わせるようにする。まるでお坊さんみたいだ。するとこのスキンヘッドの人から風を感じる。いや風じゃない。なんだろう。でも変な感じがする。

 そして合わせていた手のひらを戻すと、ポケットからナイフを取り出した。ぎょっとしてそれを見ていると刃の部分を手で握り始める。今にも血が出るんじゃないかと思ってみているとゴキッという鈍い音がした。握っていた手のひらを開く。するとそこには……砕けたナイフがあった。




「え、本物?」



 私が思わずそういうと、スキンヘッドの人はこちらに近づく砕けたナイフを私に差し出した。ゆっくりとそれに触れ、砕けた破片を1つつまんでみる。


 硬い。偽物には見えない。なら何かのマジックか?



「手品じゃない。所謂魔力を用いた身体の強化ってやつだ。今のこいつならナイフで刺されても血も出ないだろうし、銃弾も受け止められる。まあ流石に痣くらいは残るかもしれんがな」



 

 

 郷田さんの説明を聞きながら目の前の砕けたナイフをもう一度見る。まさか本当に? マジックの可能性もあるが、ならなぜこんな事を私にする? そんな堂々巡りをしていると今度は一枚の紙が渡された。



 それは名刺であり、こう書かれていた。





 警視庁秘匿事象課 対魔法特選部隊フリージア 東京支部 郷田葵。





「け、警視庁? 警察の人なんですか」

「ああ。もっとも公には存在しない部署だがね。ではもう一度説明しよう。魔法について」






 目の前に用意されたサンドイッチを食べながら手元のタブレットと一緒に説明を続ける郷田さんを見る。


 

「いいか。まず魔法とは、生まれた30年間一度も性交渉をしなかった男性に生まれる力だ。これに関しては原因は解明できていない。ただ男性生殖器から魔力が発生しているという事は判明している。それゆえ男だけのようだ」



 思わず自分の息子を見る。こいつが? なんか思ってたのと違うな。



「気持ちはわかるがまあ聞け。どうやら女性の尿道周囲腺からの分泌液に男性の生殖器が包まれると中和され魔力自体が消えるという事もわかっている。だから一度も性交渉をしなかった男だけが魔法使いになるという事だ」

「それは………生でやるとって事です?」

「いや、ゴム越しでも周囲を包まれるとその時点で消える事は確認されている」



 ようはヤレばダメって事か。しかし釈然としない。それだと魔法使いって案外そこそこいる事にならないだろうか。別に私のようなケースが特別だと思わない。結構探せばいそうだが――。




「もしかして魔法使いって結構多いです?」

「そうだな。世界的に見て日本は特に多い。だがそれでもお前が想像しているよりは少ない。恋人ができない男でも、金を払えばどうにでもなるだろう? 普通は恋人ができないタイプでもそうやって済ませてしまうもんだ。お前さんはなんで行かなかったんだ?」

「――嫌いなんです。ああ、別にそこで働いている人をってわけじゃないです。別に偏見もないですし。……ただ私の父が、そのソープ通いが原因で母親と大喧嘩して離婚しているので、どうしてもトラウマが……」

「ふむ。そういうパターンもあるか。まあお前さんみたいな例は稀だが、結構希少なんだぞ。大体30歳で経験が全くないやつは大体が女性嫌い、人間嫌い、もしくは他人に興味がない。おおよそこれだ」



 いやいや。純粋にモテない奴だっているんだぞ。




「言いたいことはわかる。だが恋人がいるかいないかと、経験があるかないかは別だ。数万円で行ける場所が多いんだ。学生のバイトだって稼げる金額だ。それに見栄えがいい娘も多い。俺個人としては、なぜ利用しないか不思議なくらいだ」



 女性の貴方がいうのはどうなんですかねぇ。



「少し脱線したな。現在やっている30歳検診はいわば魔法使いを早期発見するために国が行っている事だ。そして発見次第、即刻国が秘密裏に運営している天国ヘヴンへ連れていき、処理する」

「怖ッ! え、殺されるんですか!?」

「違う違う。言っただろう。卒業すればその力は消えるんだ。だから基本的に発見次第、即卒業させる場合が多い」



 なるほど。つまり国が秘密裏に経営してる風俗店があるのか。いやってちょっとまて。なら私もこれからその天国へ連れていかれるのか?



「安心しろ。普通は問答無用で連れて行くんだ。こんな説明はしない」

「っていうかなんで先ほどから私の考えが? まさか心を読んだ!?」



 あれか? ファミチキくださいっていうべきなのか!?



「違う。お前は顔にでやすいから考えが読めるだけだ」

「……さいですか」



 ポーカーフェイスを覚えるべきか。アマゾンで入門書とかない物だろうか。




「でも、なら私はどうして?」

「簡単だ。スカウトするためさ」




 スカウト? 警察にって事か。




「説明しよう。30歳まで純潔を貫くやつは、善悪はともかくかなり奇抜な奴が多い。そんな連中がこういう力を手に入れたらどうなるか想像できるだろう」

「――犯罪ですか」



 私がそういうと少し間をあけて首を横に振った。



「半分正解だ。正確にいえば自分のやりたい事のために使う。そしてそれの多くが何かしらの法に触れている。それにこうした30歳検診という政策では完全に防げない。理由はわかるか?」



 これは30歳になったら絶対に受けなければならない検診だ。ならその時点でほとんど明確になると思うんだけど。それに普通魔法使いになるなんて思わないし。



「単純な話さ。30歳検診を真面目に受けない奴がどうしても一定数いる。誰だって好き好んで病院には行かないだろう? それと一緒だ。当然国から何度も催促がいくが、一度ボイコットした時点でリスト化され、要注意人物となる。その後は地道な調査だな。人間関係を調べ、魔法使いの可能性を探る。地味でかなり大変な作業だが、それだけ何の制限もなく力を使える奴を放置するのは不味いんだ。だからこそ――」



 そう言葉をためて郷田さんは私の目を見た。




「そのために我々がいる。国の管理下にない魔法使いを捉え、力を奪う。そしてその一員に君をスカウトしているというわけだ」

「なぜ私なんですか?」

「簡単だ。魔法使いだと発覚した時点でその人物の経歴を洗う。君は模範的な人生を送っていたようだ。だからスカウトしたい。無論、待遇もいいぞ。調べたが今の君の倍違い年収になるだろう。ちなみにこれを断ればお前を気絶させ、天国へ連れていく。どうする?」




 正直に言えばこんな不名誉な組織に入りたくない。何故なら組織の人間イコール童貞と言っているようなものだからだ。でもだからと言って強制的に卒業はなぁ……。



 そう私が悩んでいると郷田さんがタブレットを見せてきた。




「……このオバサン方は?」

天国ヘヴンのキャストだ」




 ぉぉおおおおいィィィィィ!!??


 幾つだよ!? どう見ても60オーバーにしか見えんぞ!?



「さてどうするね」

「――是非、御社で働かせて下さい……」


 

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