第3話 根負け


 あれから数日が経った。


 数日が経つとさすがにクラス内でもグループというものが形成され始めていて、クラス内カーストもほとんど出来上がっていた。

 この昼休みの時間なんて、特にそういうものが顕著に表れている。


 そんな中、俺はどのグループにも属さずに一人でいた。

 属そうと思えば属せるみたいな言い方だがそんなことは全くなくて、自然と俺が一人になっていた。


 しかし、常に一人でいるというわけではなかった。



「あのう……時雨君いますか?」



 ……ぎくり。

 気配を殺せ、気配を殺せ……。

 

 俺はイヤホンをしている上にさらに机に突っ伏して、あからさまに話しかけるなオーラを出す。


「ちょっと待っててねー」


 そう返事したのがいつもの奴なら、恐らく学級委員の新島加奈にいじまかなだろう。


 新島さんは、誰にでも平等に接し優しさを振りまくことができる学校社会無双タイプ。

 そんな新島さんは毎日懲りずにこの教室に足を運んで俺を訪ねる涼風さんに、毎度力を貸している。


 足早に俺の席へとやってくる新島さんは俺の席の前で止まると、


「ほら時雨君。涼風さん来てるよ、起きて?」


「…………」


「時雨君の狸寝入りは完成度が低くて分かりやすいよ? さ、そんな演技しないで早く起きて~」


「っ……分かったよ」


 このように、毎回起きていることを見破られ、本気で寝ていると自分を騙していてもあらゆる手段を使って俺を起こし、涼風さんの前に連れていく。

 とにかく末恐ろしい奴だ。


 俺はクラスメイト達からの痛い視線を受けながら、教室のドア付近で俺を待っている涼風さんの方に行く。


「今日はなんだ?」


「今日も時雨君にお詫びとお礼をしようと思ってきました。ちなみに、今日はお弁当を作ってきました」


「……あのさ、何度も言うけど、別に涼風さんが――」


「ささ、早くご飯を頂きましょう」


 強引に手を引かれ、どこか知らない場所に連れていかれる。


 俺がきっぱりと断ったあの日から、涼風さんはずっとこんな調子だ。

 あの日はあんなにもたどたどしかったのに、今では全くぎこちなさはなく、むしろグイグイと強引にくるようになった。

 ここ数日での積極性と遠慮なさの成長はなかなかにおぞましい。


 昨日は朝、昼、放課後と俺のことを待ち伏せしていた。

 あの日あんなにも冷たく突き放したのにも関わらず、まだ涼風さんは諦めていないらしい。

 でも、こっちだってお礼をされる筋合いはないし、ましてや謝罪なんてもってのほかだ。

 それにあの件に関しては以前も言った通り、忘れたかった。


 涼風さんに引っ張られるまましばらく歩いて、階段を上る。

 屋上のところまで来て、ようやく立ち止まった。


「ここ、いつも誰もいないんです。屋上自体は入れないんですけど、その前のスペースだったら好きにしていいみたいで」


「そ、そうか。……あのな、涼風さん。俺は別に――」


「いいですからいいですから。私がただ時雨君にしたいことをしてるだけですから」


「違うだろ。涼風さんは責任を感じて、それでこんなことを――」


「これ、お弁当です。ぜひ食べてください。手作りですから」


「…………」


 どうやら俺の意見は聞いてもらえそうにない。

 さっきから何か俺が言おうとするたびに遮られる。ここ数日、ずっとそんな感じだ。


 涼風さんが優し気な笑みを浮かべて弁当を差し出してくる。

 その優しさを無碍にするのは気が引けたので、致し方なく涼風さんから弁当を受け取った。


「その……あ、ありがとう」


「いえいえ。まずは胃袋から、私の気持ちを受け取ってください」


「…………」


 今日の昼はとりあえず涼風さんが弁当を作ってきてしまっていたので、お気持ちとやらを受け取ることにした。

 でも、今回だけだ。


 …………。


 ……うまいな。





     ◇ ◇ ◇





 今日の昼だけに留まらず、またもや放課後も涼風さんは俺のところに来て「お詫びをさせてほしい」と言ってきた。

 

 どれだけ意思が固いのか。どんなに拒絶しても涼風さんは決して折れずに俺のところにやってきた。


 時には校門の前で俺を待ち伏せして、「一緒に帰りませんか?」と行ってきては横に並んで駅までついてきたし、時には朝、学校の最寄り駅で俺のことを待ち伏せして、「一緒に登校しませんか?」と言ってきては俺の返答なんて聞かずにまたもや横に並んで歩いたりと……もう涼風さんが暴走していた。


 昼休みに弁当を持って俺の教室にくるのは、もはや恒例行事となっていた。

 新島さんも、「はいはい、いつものやつね」とこなれてきている。ま、依然としてクラスメイト達から受ける視線は痛いが。


 そんな風に、涼風さんは授業の時以外ほとんど俺にべったりとつきっきりだった。そして毎度のこと「私にできることはありませんか?」と聞いてきた。


「頼むからもう勘弁してくれ。俺はもう大丈夫だから」


「ダメです!」


「な、なんでだよ」


「私には、絶対に引けない理由があるんです。だって私は……約束したから」


「約束?」


「そ、それは話せません! でも、私は絶対、諦めませんから。どれだけ時雨君に拒絶されようと」


 決して折れないと言わんばかりの意思が、涼風さんの瞳に灯っている。

 事実、どれだけ拒絶しても涼風さんは俺を訪ねてきた。


 あの日涼風さんに話しかけられた時、俺は思わなかった。まさかこんなにも涼風さんが頑固で、粘り強いなんて。

 こうなってしまえば先にどっちが折れるかの話になってきて、涼風さんの想いの強さに日に日に削られていき……そして俺は、遂に根負けした。


「分かった。涼風さんの気持ちはよく分かったから」


「へ?」


 俺の言葉を涼風さんは予想していなかったようで、きょとんとした表情を浮かべている。

 

 それもそうだろう。あの日から約二週間。こちらも頑固に断り続けたのだ。体が拒否されることを覚えてしまったのだろう。

 なんとも悲しい癖だ。ま、その癖を涼風さんに植え付けたのは紛れもなく俺なのだが。


「だから、俺にお詫びをするのもお礼をするのも好きにしてくれ。その代わり、謝るのは無しだ。涼風さんは本当に何も悪くない。涼風さんが言う言葉じゃないから」


「……分かりました。もうごめんなさいは言いません。それ以上に私は、時雨君に尽くします」


「つ、尽くすって……」


「それにしても、ようやく私が時雨君と一緒にいることを許してくれましたか。なんだか感慨深いです……!」


「そういう意味じゃないんだけど……」


「ふふっ、私はそう思ってますよ」


「……そうか」


 これ以上反論してもしょうがないと思い、仕方なく涼風さんを肯定する。


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる涼風さん。こんな表情を俺が見るなんて、あの時からは想像もしていなかった。

 それと、俺が涼風さんを泣く泣く受け入れたことも。

 

 なぜだろうか。海底の奥底に沈み切っていた感情がふわりと浮き上がってきて、白い水面を通して薄い光を浴びているような、そんな感覚があった。

 涼風さんを見ていると、どうもその奇妙な感覚が鮮明に感じられる。


 俺は、もしかしたら――


「では、これからよろしくお願いしますね、時雨君」


「あぁ、涼風さん」


 にこりと微笑む涼風さん。

 俺は照れくさくなって、すぐに視線をそらした。



 こうして、俺たちの少し変わった関係は始まりを迎えたのだった。

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