高校デビューの俺がナンパした相手が、同じく高校デビューの同級生だった件

葵すもも

第1章 【高校デビュー編】

§001 出会い

「皆さん、初めまして。千葉県の中学校出身の水無月柑奈みなづきかんなと申します。クラスの全員と友達になることが目標です。よろしくお願いしますね」


 こんな月並みとも言える自己紹介にもかかわらず、クラス中の視線が彼女に釘付けになっていた。


 それもそのはず。

 今、自己紹介をしているのは、天使と見紛うほどの美少女なのだ。


 彼女が言葉を紡ぐ度に清らかな空気が教室内を吹き抜け、髪を撫ぜるだけでほのかに甘い香りが漂う。


 この瞬間、クラスの誰もが理解した。


 彼女は生まれながらのトップカーストであり、今後、クラスを牽引していく存在である……と。


 しかし、この場で唯一俺だけが、彼女のを知っていた。


 何を隠そう、彼女は――高校デビュー組の元陰キャオタクなのだ。


 ♦♦♦


「お姉さん、こんにちは! 今日は買い物?」

「お姉さん、その髪型めっちゃ似合ってる! 美容院帰りでしょ?」

「お姉さん、綺麗すぎ! マジでモデルかと思った!」


 そんな軽々しい軟派な台詞が飛び交う街――東京・渋谷。


 そんな流行の最先端の若者が行き交うハチ公前スクランブル交差点で、呆然と立ち尽くすのは、である俺、加賀見律かがみりつだ。


 俺の中学時代がどんなだったか教えよう。


 長く伸びきったボサボサの髪。

 ニキビだらけの不摂生な肌に、文化部特有のヒョロガリ眼鏡。


 人と会話をしなさすぎて言葉を発すれば必ずドモるし、逆に自分の得意な話題になると空気も読まずにマシンガンのように話す。


 典型的な非モテ陰キャである。


 こんな俺だったからこそ、普通の中学生活など送れるわけもなく……。


 影が薄かったためいじめの標的にはされなかったのは幸いだが、空気として只その場に居続けるだけの存在もなかなか辛い。


 もちろん青春とは無縁で、好きな人はいたのだが……結局、その子に想いを打ち明けることは最後までできなかった。


 でも……俺はそんな自分が嫌いだった。


 本当に俺の青春時代はこれでいいのかと幾度となく自問自答した。


 人生は一回きり。

 それであるならば、一回だけでいいから物語の主人公になってもいいのではないかと思った。


 だからこそ俺は――『高校デビュー』することを決意したのだ。


 そうと決まれば、俺の行動は早かった。


 中学卒業と同時に、俺はモテる男になるための徹底的な努力をした。


 眼鏡を、コンタクトに変えた。

 髪型を、センターパートに変えた。

 服装を、流行の韓国ファッション雑誌のマネキン買いに変えた。

 体型を、毎日のジム通いによって腹筋が軽く割れるくらいに変えた。


 そのほかにも化粧を覚えたり、流行のK-POPを暗記したりと、お金と時間の許す限り、出来ることは何でもした。


 そして、今日こそが、高校入学の前日、春休みの最後の日。


 つまり、俺が『モテ男』に変わることができたかの集大成の日なのだ。


 俺は今日、この東京・渋谷で――


 我ながら少し難易度の高い目標を掲げすぎた気もするが、晴れてイケイケ男子として鮮烈な高校デビューを果たすためには、避けて通れない道だ。


 そんなことを考えていた次の瞬間――俺の目の前を一人の少女が通りかかった。


「あ、」


 彼女は、思わず声を漏らしてしまうほどに美しく、まさに天使と見紛うほどの美少女だった。


 俺は、彼女の魅力に導かれるままに……気付いた時には、声をかけてしまっていた。


「あ、あの、お姉さん」


「はい?」


 足を止めた少女の容姿に、俺は更に息を飲んだ。


 くるりと長い睫毛に、スッとした鼻先。


 髪は大和撫子を彷彿させる綺麗な黒髪だが、青色のインナーカラーが所々に入っており、清楚なだけでない遊び心が垣間見える。


 服装は彼女の清廉さを際立たせる白色のブラウスに、黒色のマーメイドスカート。


 決して露出が多いわけではないのだが、目を引いて離さない芸能人のような魅力がある。


「……何かご用でしょうか?」


 不思議そうに小首を傾げる美少女。


 俺は彼女のあまりの可愛さに声を失いそうになるが、せっかく今までの俺では絶対に知り合えない美少女が足を止めてくれたのだ。


 この機会を逃してはならないと、心臓が爆発しそうになるのを必死に堪えつつ、俺は幾度となく練習してきたフレーズを精一杯絞り出す。


「お、お姉さんは、今日は買い物?」


 思わず声がうわずりそうになるが、俺は平静を装いつつ背一杯笑顔を取り繕う。


「……は、はい。明日から高校が始まるので、そのお買い物に」


「へぇ。高校生なんだね。俺と同じじゃん。まだ買い物続ける感じ?」


「いえ、今ちょうど終わったところで、帰ろうか、カフェでも行こうか迷っていたところで……」


 この言葉に俺は歓喜した。


 つい先日購入した『ナ○パマニュアル』によれば、この後に予定がないということは、『一緒にお茶してもOK』というサインなのだ。


 俺はかつてないほどに頭をフル回転させて、更なるフレーズを絞り出す。


「え、マジで? 実は俺もちょうど予定終わったところでさ。よかったらこの後、甘いものでも食べない? オススメのカフェがあるんだよね」


「え、でも……私達、初対面ですよね? まだ全然話したこともないのにさすがにカフェは……」


 そう言って一歩引き気味の姿勢を見せる彼女。


 ただ、俺もここで引くわけにはいかない。

 少し強引かもしれないが、俺はイチかバチかの賭けに出る。


「全然話したことないからカフェでお話するんだよ。まあ、本当に嫌だったら帰ってもいいからさ。とりあえず行こ。ついてきて」


 もしここで彼女がついてこなければ、俺は潔く諦めるつもりでいた。


 しかし、彼女は少し悩んだ表情を見せたが、俺の言葉に納得してくれたのか、素直にあとをついてきてくれたのだ。


 俺は内心でガッツポーズをした。


 こんな美少女とカフェに行けるなんて中学時代の俺では想像すらできなかったことだ。


 俺は自らの成長に涙を流しそうになるも、ここで気を抜くわけにはいかない。


 彼女の気分が変わらないように気さくに話しかける。


「そういえば、名前何て言うの? 俺はりつ。りっくんって呼んでくれていいよ」


「律……ですか?」


 どういうわけか微妙な反応を見せる彼女。


 ん? 何か俺、変なこと言ったか?


「どうしたの? 俺の名前、変だった? まあ男では珍しいかもね」


「い、いえ……」


 咄嗟に首を振る彼女。

 続けて彼女は言う。


「りっくん……はちょっと恥ずかしいので律さんで。私は……水無月柑奈みなづきかんなといいます」


 若干の警戒を見せながらも、自己紹介をする彼女。


「ええ、柑奈? やばっ! めっちゃ可愛い名前、芸能人みたいじゃん! 今まで会った中で二番目に好きな名前かも!」


「二番目って……ウケる。律さんって面白いんですね」


 ここで初めて彼女から笑顔が漏れた。


 俺は勝ちを確信する。


 いや、本当のことを言うと、柑奈って中学の時に好きだった人と同じ名前だから、二番目じゃなくて一番目に好きな名前なんだけどね。


 でも、ここはネタというか、二番目って言った方がウケがいいって『ナ○パマニュアル』に書いてあったからそう実践してみただけなんだけど、マジで食いつき高くて歓喜。


 そうして、俺は事前に下調べをしていたカフェへと足を向ける。


 俺のプランで言うと、カフェでお互いの自己紹介をして交流を深めた後、軽く渋谷の観光スポットを周遊。

 そして、最後は……連絡先を交換して次回のデートに誘う……という算段だ。


 もちろん、彼女が嫌がれば無理強いするつもりはない。


 これはあくまで俺が『モテ男』になったかを確認するための試験のようなもの。


 彼女に拒まれた時点で、俺の魅力が足りていなかった。


 そう割り切る心積もりは既にできていたのだ。


 しかし、ここで予想外の展開が発生する。


 道玄坂を登っていると……急に彼女が俺の腕を引いたのだ。


「ん?」


 俺は何事かと彼女を見ると、彼女はほんのりと頬を赤らめ、瞳を潤ませながら、とある建物に視線を向けていた。


 俺も導かれるようにその建物に視線を移す。


 すると、その建物には『休憩:4,000円』との文字がでかでかと書かれており、渋谷特有の赤いネオンが輝いていたのだ。


 え、この建物って……まさか……。


「……ねぇ、よかったらここ、入ってみませんか?」


「え、」


 彼女から紡がれた想定外の言葉に、俺は絶句した。


 ここからの記憶は、正直なところ曖昧だ。


 俺は頭が真っ白になりながらも気付いたらチェックイン手続を済ませ、彼女とともにホテルへと入室していたのだった。






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