宿屋の町で 2
一階にはテーブルが三つあり、奥にはカウンター、左手の壁際に暖炉があった。
奥に階段があったが、一階で眠ることにした。扉は念のため、テーブルを立ててふさいだ。
メイナは険しい表情で、暖炉に右手を向ける。右手からはオレンジ色の光があふれるが、火はなかなかつかない。
暖炉の中には、綿や枯れ枝、それから薪などの燃えしろが積まれていた。メイナはそこに向かって、光を注ぎこむ。いよいよ手がつりそうになってきて、うめき声をあげる。
「あー! ダメだよ。調子悪い。いける感じがしないんだって!」
すると、リティの声がした。
「おとといはできたし。やればできるって」
「あのねー。あたしの魔法は、灯りなの。あたしに火を求めるのは、まちがってると思うんだ……」
「そう。火がついたら、ちょっと、料理しようと思ってたんだけど」
「え?」
「塩とか、調味料の壺があったんだ」
そう言うリティは、足元のちいさな壺を指さした。
「それ、塩なの?」
「うん。ちょっとだけ舐めてみたんだけど。塩だね。あと、荷物に、ハーブとか木の実があるからさ」
「ミミズは?」
「ないよ。たしかに肉っぽいけどさ。わたしはやだよ。ミミズなんて」
「えー。おいしいじゃん。ミミズ。……ま、いっか。木の実炒めでも」
すると、リティはバックパックにくくりつけてある、フライパンをほどきながら、
「とにかく、火だね」
「わかったよ。わかったって!」
そうしてメイナは深呼吸をして、ふたたび集中した。
「おりゃーー!」
すると、まばゆいオレンジ色の光がほとばしり、暖炉へと収束していった。
じりじりと、枯れ枝から煙が立ちのぼりはじめた。焦げたにおいがする。すかさずメイナは顔を近づけて、息を吹きかける。すると、ぱっと赤い火が見えた。メイナはこぶしを突き上げる。
「よしッ! レガーダ!」
そう言って振り返ると、リティはうなずいて、「ごくろう。さて、作るか」
メイナは暖炉のまえにあぐらをかいて、床に置いたフライパンの中の木の実に手をのばす。フライパンの向こうにはリティがいて、ガリガリと木の実を噛んでいる。
足元には水筒が転がっている。――水筒といっても、丸い、なんとかという、ブサイクな果物をくり抜いて乾かしたやつだが。明日は井戸を探してみようと、メイナは思う。
左手には暖炉の火が燃えている。暑苦しいけど頼もしい。
メイナは木の実をほおばると、なんどか噛み締めてから、「レガーダ」とつぶやいた。
リティは木の実をかじりながら、「レガーダ、そんな好きか」と聞いてきた。メイナはうなずいて、
「いいじゃん。かっこいいじゃん。女神ミュートの弟で、戦の神で、史上最強の戦士といったら、レガーダ。神殿とかにも、石像がよくあるし」
「あの、筋肉ムッキムキのね」
「バカにすると、筋肉の呪いが降りかかるよ」
「なにそれ」
そう言ってまた、リティは木の実に手をのばした。
メイナは布にくるまって壁に背をあずけ、暖炉の火を見ていた。ささくれだった木の床に、壊れたテーブルや椅子の影が落ちていた。
横にいるリティは言った。
「意外と、すくないねえ」
メイナは聞き返した。
「なにが? 木の実炒め?」
「ちがう。骨とかが」
「え? 骨?」
「うん。みんな、いっきに凍えてしまったとしたら、もっとそのへんに、さ。落ちていてもいいよねえ」
「あー。そうだね」
「もしかしたら……」
そこでリティは、あくびをしてから続けた。
「人々は、避難したんだろうねえ」
「避難?」
「そう。ラーニクの町の人々と同じように、伝承のとおり、北の聖地に。それか、暖かい場所へ。そこで、だれかが、生きているかも」
「えー。でもさー。暖かい場所って。南だとしたら、海の向こうってこと? ここより南って……」
「そうか……」
リティはしばらく床を見つめた。目が眠そうだった。暖炉から火のはぜる音がしたあと、またリティが言った。
「北へ、行ったんだろうねえ……」
「北、か。やっぱり、聖地ファナスへ」
「そうね……。氷の、みなもとの、女神ミュートの……。だれかが、きっと、生きて…………」
すると、リティの声は寝息に変わった。しばらくメイナは、リティの細い眉毛と、そこにかかる銀色の髪が、呼吸とともに静かに動くのを見ていた。メイナはつぶやく。
「きっと、生きているひとが、いるよ、リティ……」
暖炉に目をやると、はげましてくれるように、炎が燃えていた。
メイナは「暖炉、レガーダ」と言って、目を閉じた。
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