3. 都市サバトンの冒険者ギルド

 ボクたちは日が落ちる前に森を抜けることに成功し、そのままもっとも近くの都市『サバトン』へと向かうことになった。

 ボクの知っている『サバトン』はかなり規模の小さな街なんだけど、いまではかなり大規模な街壁に守られた一大都市になっているらしい。

 周囲の街から冒険者志望の者が集まってくるのもこの街みたいだし、本当に立派になったのだろう。


 本来ならスレイプニルのアレクにラズを乗せて走るのが一番早くサバトンへ着けるのだろうが、アレクはラズを乗せるのを嫌がったためラズには歩きでサバトンへと向かってもらう。

 アレクはプライドが高いから、ボク以外を乗せるのを嫌がるんだよね。

 だからといってランプたちに乗せるのもなんだか違うし、装備もたいして重くないだろうから、駆け足でサバトンまで向かってもらおう。


 ボクたちがサバトンにたどり着いたのは完全に日が落ちてから。

 もちろん、街に入るための街門も閉ざされている。

 だけど、ボクたちには急用があるからのんびり明日の朝の開門を待っている暇もない。

 申し訳ないけど、衛兵に理由を話して通してもらおう。

 ボクはアレクから降り、門衛をしている衛兵に話しかける。


「衛兵さん、申し訳ないけど街に入れてもらえないかな?」


「なに? 時間外の入街はそれ相応の理由がないと認められん。理由はなんだ?」


「この近くの森にゴブリンの集団が住み着いていたんだ。ボクたちが確認しただけで30匹以上。これだけの数が確認できれば、大規模な集落が近くにあることは明白。早急に冒険者ギルドまで届け出なければならないんだけど」


「待て。そんな話、いままで聞いたことがない。証拠はあるのか?」


「ゴブリンの死体はすべて焼き払って来ちゃったからなあ。目撃証言だけで通してはもらえない?」


「さすがに無理がある。大量のゴブリンの耳や魔石があれば信用もできるが、目撃証言だけでは嘘を言っている可能性もある。申し訳ないが通してやることはできん」


 そうだよね。

 でも、今回はちょっと急ぎなんだ。

 あまり使いたくない手段だけど通してもらおう。


「……ボクがこういう者だとしても信用できない?」


 ボクは左腕の袖をめくり、その中に隠されていた腕輪を衛兵に見せた。

 ボクの腕輪は暗闇の中でさえわずかな光を反射して輝く白金色の腕輪。

 この世界でも数人しか持っていない腕輪だ。

 腕輪には力ある文字でボクの身分を示す文章が書かれている。

 衛兵はこの腕輪とボクの顔を交互に見やり、驚いたように震えた声を出す。


「白金の腕輪にすみれ色の宝石、薄い赤と金色の瞳。あなたはもしや……」


「おや? ボクのことを知っているのかい? ボクはアイオライト。身分を示す物はこれだけなんだけど通してはもらえないだろうか」


「失礼いたしました! ただいま門を開けます!」


 衛兵はボクに向かって敬礼をしてから衛兵用の通用口へと姿を消した。

 少しして、離れた場所にある夜間用の通用口が開き、そこから先ほどの衛兵が出てくる。

 どうやらあそこを通ればいいらしい。

 では、通らせてもらおう。


「説得はうまくいったようだ。ラズ、早く街の中に入ろう」


「あ、はい。あの、アイオライトさんって一体何者なんですか?」


「しがない旅のテイマーだよ。昔この街にも来たことがあるだけさ」


「はあ……?」


「そんなことより待たせるわけにはいかない。早く行くよ」


「は、はい」


 ボクはラズを連れて夜間用の通用口を通り、複数ある門を抜けサバトンの街へと入った。

 うん、ボクが来たときとはまったく様変わりしている。

 道案内役を連れてきて正解だった。


「ラズ、早く冒険者ギルドに向かおう。場所は知っているよね?」


「あれ? アイオライトさんも来たことがあるんじゃ?」


「ボクは冒険者ギルドに所属していないからね。早く冒険者ギルドに案内して」


「わかりました。この門からだと……こっちです」


 さすがに新人冒険者とはいえ冒険者ギルドの位置は覚えていたらしい。

 夜になり人通りの少なくなった道を、私たちはラズの駆け足の速度で駆け抜けていく。

 やがてたどり着いたのは確かに冒険者ギルドだった。

 ただ、ボクが知っている冒険者ギルドとは場所も規模も違う。

 やはり道案内役を拾ってきて正解だったようだ。


「ここが冒険者ギルドです」


「さすがに見ればわかるよ。それでは中に入ろう」


「はい」


 冒険者ギルドの入り口を開けると、その中ではまだ冒険者たちが大勢いた。

 併設している酒場だけでは座りきれず、こちら側まで来て酒を飲んでいるようだ。

 ボクはお酒を嗜まないからよくわからないけど、冒険者にとって一日の終わりのお酒はなによりの贅沢だとも聞く。

 そんなことにお金を使うなら少しでも節約していまよりいい装備を買うべきだと僕は思うんだけど。


「いらっしゃいませ。当ギルドになんのご用時でしょう?」


 受付の女性の声で我に返る。

 そうだった、ボクたちは冒険者ギルドにゴブリンの群れの報告に来たんだった。

 ただ、ここは冒険者ギルドだし僕が話す必要もないだろう。

 冒険者であるラズが話すべきだ。


 ボクは一歩下がり、ラズを前面に立たせた。

 これでラズにも意味は伝わったらしく、受付係に状況を説明し始めた。


「あの、私、ほかの新人冒険者と組んで森へゴブリン退治に行っていたんです。最初はうまくゴブリンを倒せたんですけど、そのあとたくさんのゴブリンに襲われて」


「おいおい、話をふかしすぎじゃないのか? 新人冒険者がゴブリン退治に失敗して逃げ帰るなんて珍しくないぜ。なあ、みんな!」


 酒を飲んでいた冒険者が茶化すように声を張り上げる。

 どうやら完全にできあがっているようだ。

 だけど、実際にゴブリンの被害にあってきたんだから話をしてもらわないわけにはいかない。

 ラズには頑張ってもらおう。


「たくさんのゴブリンとはどの程度ですか? あなた以外の新人冒険者はどうなりました?」


「ええと、私たちが確認しただけでゴブリンの数は30匹以上になります。10匹くらいは倒せたんですが、20匹くらいは固まって戦利品を剥ぎ取っていたので情報を持ち帰ることを優先し、そのまま気付かれないように戻ってきました」


「賢明な判断です。残りの冒険者は?」


「私以外にいた3人の冒険者ですが、ひとりはすぐに殺され、残りのふたりもそのあと殺されていたみたいです。遺体から装備品などを剥ぎ取っている最中に逃げてきたので冒険者タグなどは回収できていません」


 ラズが話し終えると冒険者ギルドの受付は少し困ったような顔をした。

 おそらくラズの話を信じるかどうか考えているんだろう。

 先ほどの酔っ払った冒険者ではないが、新人冒険者がゴブリンに負けるなんてよくある話のようだ。

 そのため、失敗した理由として話を盛っているのか、それとも本当に群れがいたのか考えている様子。

 どう判断を下すのか。


「……あなたの話だけでは信用しきれません。ほかに目撃者はいませんか?」


「それならアイオライトさんが」


「アイオライト?」


「はい。テイマーのアイオライトさんです。私が殺されそうになったところで割って入ってきて助けてくれました」


「失礼ですが……あなたの後ろにいる少女がアイオライト?」


「そうですが、なにか?」


「……身体的特徴は一致する。でも、あの伝説はもう50年以上前の話。こんな子供のはずが」


「あの?」


「失礼。アイオライトさん、あなたの身分を証明するような物をお持ちではないでしょうか?」


 どうやら、この受付係の女性はボクのことを知っているらしい。

 仕方がないので、左腕にはめられている腕輪を見せた。

 それを見た受付係の女性は態度を改め、声を張り上げた。


「注目! 近隣の森にゴブリンの群れが現れました! 街と街道の安全確保のため緊急クエストとして討伐を指示します!」


「おいおい、そんな嬢ちゃんの話を信じるのか?」


「……テイマーのアイオライト。ご存じですよね?」


「まさか、その嬢ちゃんがアイオライトだと?」


「間違いありません。少なくとも、斥候を放って森の中にゴブリンの拠点がないか調べる必要はあります」


「わかった。出発は今日からか?」


「いえ。明日の朝早くからです。冒険者ギルドとして衛兵隊に交渉し、通常の開門時間前に街の外へと通してもらいます。斥候隊は先んじて馬を使い森へ向かい、日の出とともに森を調査していただきます。本隊は森のそばまで移動、斥候隊の結果を待ち行動を開始します」


「了解した。野郎ども、今日の酒は終わりだ! 明日の朝までにしっかり目を覚ましてこい!」


「おう!」


 これでボクの役目は終わりかな。

 冒険者じゃないから冒険者ギルドの招集に従う理由はないし、街で結果を待たせてもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る