機械を壊したのは、本当だ。しかし、ただ機械が壊れただけだったら、そもそも嘘をつくことなどなかったのだ。

 それだけは、信じてほしい。


 ……私の機械は「壊された」。


 その日、弟は街に出ていて留守だった。私はちょうど作業場に妻を呼び、機械の調整をしているところだった。


「どうだ。少し速度を落としたから、もう少し丁寧に編めるようになったはずだ」


 妻は機械が編んだ靴下と、自分が編んだ靴下を見比べる。彼女は靴下編みに熱心であったから、時には難しい評価をすることもあった。


「以前よりはよろしいですけれど、まだまだ私の方が上手に編めますわ」


 妻の一途なその姿に、少なからず嫉妬している部分もあった。彼女は私が持っていないものを持っている。聖職者にもなれない、安定した職にも就けない。どことなく中途半端な私と比べて、彼女には確固たる何かがある。そんな気がしてならなかった。


「お前は中々手厳しいな」


 私が小さく頭を掻くと、妻はくすりと笑みをこぼした。


「当然ですわ。だって、私は……」


 ……扉の向こうから、騒々しい足音が聞こえた。妻は口をつぐむ。


 何だと思う暇すらなかった。次の瞬間、奴らは作業場になだれ込んできた。


 Armed Force of the Crown。この国の軍隊。


 いや、奴らは格好こそは軍隊染みていたが、ひどく横柄で独断的だった。「女王陛下の軍隊」として、あるまじき行為だ。

 だが、そう思っていたのは、私だけだったのかもしれない。世界はひどく偽善的なだけで、本当は薄っぺらいのかもしれない。


 ──貴様の機械は靴下職人の仕事を奪うことになる。これは国家への反逆だ。


「反逆? そんなこと、一体誰がおっしゃるのです?」


 ──戯言を聞くつもりはない。とにかく我々は、そこの機械を壊すために来たのだ。


「待ってください、そんな横暴な……!」


 彼らに喰って掛かった私は、速攻で取り押さえられた。じたばもがくことしかできない。

 妻は機械の側を離れなかった。私は危険だ、離れろ、と言った。しかし彼女は動かなかった。


 ──奥さん、その機械から離れなさい。でないと、我々は貴方を反逆者として捕らえますよ。


「嫌です。これは譲りません」


 妻がこれほど力のある女性だとは知らなかった。奴らは妻を機械から引き剥がそうとしたが、彼女はまるで岩のように動かなかった。


「これは夫の物です。あなたたちに、壊させはしない」


 妻には、何かがあった。私にはない、何かが。


「止めてくれ!!」


 私は涙も鼻水も気にせず、無様に懇願した。


「機械はいい!! いくらだって壊していい!! だから、妻だけは──!!」


 泣き叫ぶ私とは違い、妻はひどく冷静だった。


 ──女がこんなにしぶといとは思わなかった。どうする。


「止めろ!! 止めてくれ!!」


 ──構わん。どかないなら殺せ。

 

「誰か止めてくれ!! 誰か……!! 誰か!!」


「あなた。この機械で──」


 妻は、微笑んでいた。 


 ──……を、……て。

 

 声が聞こえたのと、兵士が鈍器を振りかざしたのは、ほとんど同時だった。

 

 最後、彼女は何と言ったのだろう。

 たったそれだけが、何故か思い出せないままでいる。

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