第3話

   

 突然だったので、驚いてしまう。

 いや驚いただけでなく、独り言を聞かれて何だか恥ずかしいという気持ちもあったかもしれない。

 いずれにせよ、ハッとして振り返れば、そこに立っていたのは一人の男だ。黒い長ズボンや灰色のパーカーなど、着ているものよりも特徴的なのが、ボサボサの髪と顔中かおじゅうに生えた無精髭。悪く言えば小汚い、良く言えば野生的な印象だった。

 私は心の中で少し失礼なことも考えながら、口では一応、丁寧な対応を心がける。

「『あの満月が見える』とは、どういう意味ですか? 雲に覆われていない以上、見上げれば視界に入るのは当然でしょう?」

「いや『当然』ではないですよ。だって今夜は満月なのですから。ほら、満月ならば、今の時間は……」


 ニヤリと笑いながら男が説明し始めたのは、月の見え方の仕組みだった。

 月は恒星ではないので、月が光って見えるのは、太陽に照らされているからに過ぎない。全体的に明るい満月になったり、全く明るくない新月になったり、部分的な三日月になったりするのは、地球と月と太陽の位置関係に依存しているのだ。

 例えば、月が太陽と地球の間にある場合。地球から見て太陽と月は同じ方向なので、日の出や日の入り、月の出入りなどの動きは、太陽も月も全く同じになる。ただし月の実際の位置は太陽よりも遥かに手前なので、太陽に照らされている面は地球とは反対側。だから地球から月を目視することは出来ず、新月となる。

 逆に、月が地球から見て太陽とは正反対の方向にある場合。太陽に照らされている面がちょうど地球の方を向くので、地球から見れば満月となる。そして「太陽とは正反対の方向」ということは、日の出や日の入り、月の出入りなどの動きもそれぞれ正反対。満月は日没と同時に東の空に昇り始めて、太陽が昇り始めるのに合わせて西の空へ沈んでいくので……。

   

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