第十話 罪のしるし





人を殴る。

その時はその相手の後ろに居る家族や友人たちも殴るつもりで殴れ。

そんな事を大人になってから言われた事がある。

しかし、高校生の私たちにはそんな事など考える事も無く、当たり前の様に喧嘩をする日々だった。


その日もいつもの様に関口が勝手に始めた喧嘩に巻き込まれる様に街中で喧嘩をしていた。


「もう、いいんじゃない…」


私は、一人冷静に缶ジュースを飲みながらガードレールに座った。


負け知らずのFは肩で息をしながら、夏を引き摺る暑さに汗を飛び散らせながら、他所から来た、少し気合の入った風の高校生を殴っていた。

関口に関しては、どこから持って来たのか工事用のパイロンを振り回して、五人いた相手を殴り続けている。


「お前ら、何処のモンやねん」


相手は焼けたアスファルトの上に座り込んだまま私たちに訊く。


「お前らと違ってこの辺のモンや」


Fはそう答えると、その男に蹴りを入れる。


おいおい、やり過ぎだろう…。


私は飲み干したジュースの空き缶をゴミ箱に捨てて、Fの肩を掴んで止めた。


「お前、やり過ぎ…」


私は、Fの前にしゃがみ込んで、その男をじっと睨んだ。


「何処のモンか知らんけど、俺らが三人やからと思って喧嘩売って来たんか」


私はそう訊いた。

それなら相手が悪い。

Fと関口を私の三人を相手にするなら、十人以上の人数は必要だろう。


割れたパイロンが私の傍に飛んで来た。

関口は赤いパイロンが砕ける程に相手を殴り続けていた。


「F…」


私はFに声を掛けて、関口を止める様に言う。

Fは頷いて、制御の効かない関口を止めた。


相手の血で汚れたTシャツを気にしながら、関口はスポーツドリングを自販機で買って一気飲みした。


誰がどれだけを相手に暴れたかは忘れたが、関口が一番興奮していた。

飲み干した空き缶を、へばっている男に投げ付ける。


「まだやるんか、何処までも相手してやるぞ」


関口はもう意気消沈している男に凄む。


「おいおい、もう終わり…。これ以上やると病院行かなアカン様になる」


私は慌てて関口を止める。


Fはそんな関口を見ながらタバコに火をつけて笑っていた。


「腹減ったな…」


Fは煙を吐いた。

喧嘩の後は必ずと言っていい程にそう言う。

そして自分の前で座り込んで動かないリーダー格の男を爪先で蹴った。


「お前ら金ある…」


Fはニコニコしながらその男に訊いた。






私たちは喧嘩した相手も一緒に、中華屋に入った。

口の中が切れて飯どころではない筈なのだが。


奥の座敷のテーブルに八人で座り、スチール製の灰皿を引き寄せると、Fはまたタバコに火をつける。

当時はチェーン店の中華屋でも普通にタバコが吸えた。


喧嘩の相手は、西から神戸の方へ遊びに行く途中だったらしい。

そこで途中下車したところ、関口と目が合い、喧嘩が始まってしまった。

そう言った経緯。


関口はビールを頼み美味そうに飲み始めた。

関口は身体も大きく、老けて見えるので未成年でも酒を出してくれる店の多かった。


「お前らも飲むか…」


と静かになってしまった喧嘩相手にもグラスを出してビールを注ぐ。

私とFはそのビールを断り、冷えた水を何杯か立て続けに飲む。

口の中の傷にビールが沁みるかどうか、私にはわからないが、五人は辛そうにビールを口にしていた。


「何か、すまんかったな…」


リーダー格の男、大村がFに頭を下げてポケットからタバコを出し咥えた。


「ああ、喧嘩なんてほぼ毎日やってる。まあ。お前らみたいな奴が十人位来ても負けんけどな」


Fは歯を見せながら笑っていたが、それが嘘ではない事も彼らにはわかっただろう。


金の無い私たちはその中華屋で餃子だけを大量に頼み、それで腹を満たした。

二時間程餃子を食べ続けて、皆で店を出た。

そしていつもの公園に行き、屋根のある場所に入り、缶コーヒーを飲みながらタバコを吸った。


「峰」というタバコが当時はあった。

私の友人にもそのタバコを吸っている奴がいたが、その大村の峰を吸っていた。


「高校生のくせに渋いタバコ吸ってるな…」


私は大村のタバコの箱を手に取って訊いた。


「ああ、親父のタバコ…。これなら買い置きが家にあるしな…」


そう言って笑った。

私がタバコの箱を大村に返そうとすると大村の掌に黒い染みの様なモノがある事に気付いた。


「何それ…」


私の横からFが大村に訊く。


「スライムみたいな形やな…」


確かにティアドロップの形をした黒いモノでした。


「ああ、小さい頃からあるねん…」


大村が手を開いてそれを見せた。


「チェスのビショップの形に似てるやろ。だからこいつビショップって呼ばれてるねん」


大村の横に座っていた奴がそう言って缶コーヒーを飲んだ。


ビショップ…。


私はその響きが少し格好いいと思い、微笑んだ。


「ビショップって…」


Fも関口もビショップを知らなかった様だった。

大村の友人に説明を聞いて、二人は頷いていたが多分、その時はよく分かっていなかった筈だ。


「ちょっと、見せてみ」


Fはそう言うと大村の手を掴んだ。

私はその時、Fの表情が曇ったのを見逃さなかった。

そして、Fは苦笑しながら私を見て、首を横に振った。


「なあ、大村…。お前、この痣…、どんどん大きくなってへんか…」


Fは顔を上げて大村に訊く。


「ああ、何でわかるんや…」


大村は痣を指差した。


「小学校の頃、黒子みたいに黒いモンが出来て、初めはほんまに小さかったんよな…。その後徐々に大きくなって、この形になった時は小指の先くらいやったんやけど…」


今は五百円玉くらいの大きさになっている。


Fは頷きながらその話を聞いている。


「何か突然、出来たんよな…」


そう呟いて、大村は自分でその痣を触っていた。


「たまにこの痣から血が出る時あるねん」


「お前、医者行けよ」


などと仲間に言われていた。


その日はそこでその五人とも別れた。






彼らが帰った後、Fが小声で私に言った。


「あれはいわゆる呪いの代償ってやつかな…」


呪いの代償…。


そもそも呪いなど存在するのかと私は思ったのを覚えている。


「もう一つ何処かに似た様な痣がある筈やねん…。あいつの身体の何処か…、もしくは…」


もしくは…。


その後、Fは何も言わなかったが、何か嫌な予感がしたのは確かだった。






その翌週だったか、もう蝉の声も無くなった頃、私とFはいつもの場所で缶コーヒーを飲みながらパチンコを打っている関口を待っていた。


「しかし、セキも好きだな…」


「まあ、セキがパチンコ勝ってくれるから俺らも飲み食い出来るんやけどな」


そんな話をしながら笑っていると、公園の向こうから見たような奴が歩いて来るのが見えた。

そしてその男は私たちに気付き手を上げた。


「あれは…」


「うん、大村だな…。この間喧嘩した…」


Fはその言葉に頷いて、そこから出て、大村に手を上げた。


「おお、此処に居ったか…」


大村は小走りに私たちのところまでやって来ると、ポケットから缶コーヒーを出して私たちにくれた。


「なんや、もう飲んでたか…」


ベンチに置いた缶を見てそう言う。


「ああ、何本でも飲めるから」


私は受け取ったコーヒーをベンチに立てた。


「聞いたで、お前らの噂…」


どうやらFと同じ学校に友達が居たらしく、私たちの話を聞いたらしい。


「何か霊感あるって…」


私とFは顔を見合わせて笑った。


「まあ、そんなオカルト的な事にはあんまり興味も無いし、信じても無いねんけどな…」


まあ、普通の人はそうなのだ。

しかしFはいつも言う。


「俺たちが知り合う奴ってのは、その必要性があって知り合ってる。そう思うんよな。だから何か俺らしか救えん悩み抱えてたり、これからそんな目に遭ったりとかするんちゃうかなって思うんよ…」


そう言われてみるとそうなのかもしれない。

勿論、ただ喧嘩してって奴も多くいる。

しかし、喧嘩の後、仲良くなってこうやって話す奴は、何かの問題を抱えている事も多い気がした。


「何かあったんか…」


Fは大村にもらった缶コーヒーを開けながら訊く。


「ん…。ああ、そうやねん…。ちょっと聞いて欲しいって思って」


大村はそう言うと掌を広げて私とFに見せる。


「この痣の事な…」


私は無意識にFの表情を見た。

Fにはこうやって大村が訪ねて来る事もわかっていたのかもしれない。


「実はさ、幼馴染でよ、俺と同じ痣がある奴が居るのよ…」


幼馴染で同じ痣…。


私は眉を寄せて頷く。

それを見て大村は微笑むと、


「同じ頃にそいつにも痣が出来て、どんどん大きくなって行ってるんよな…」


大村は自分の掌の痣を親指で押す。


「そいつの痣もどんどん大きくなっている」


Fはコーヒーをすする様に飲むと、缶をベンチに置いた。


「その子は何処に痣あるん」


「ああ、首」


と大村は自分の首の横を指差す。


「女の子やろ…」


とFは言う。


「え、俺、女って言うたかな…。何でわかるんや…」


Fはまた微笑み、顔を伏せた。


何故か私にもその幼馴染が女の子だと分かっていた。


「実はさ…」


大村はその痣が出来た時の事を話し始めた。






小学生の二年生と言っていたか、正確な時期は忘れてしまったが、その幼馴染の女の子と二人で、山の中で遊んでいたらしい。


そこに石塔の様な石があり、そこにはいつも枯れた花が差してある酒のカップみたいなモノが置いてあり、二人はその石塔を押したら倒れるかと二人で後ろから押していたらしい。

と、言っても小学生の力でなかなか倒れる様なモノでもなく、いつもびくともしない石塔を悪気も無く、押していたという。

しかし、その日は、


「二人で押したら倒れるかも」


と言い出して、二人でその石塔を後ろから押したそうだ。

するとその石塔は見事に倒れ、二つに割れてしまったという。


割れてしまった石塔を見て、二人は急に罪悪感を覚えて、走って山を下りたという。

 






「その後は何とか様の石塔が誰かに壊されたって村中大騒ぎでよ。俺らがやったとも言えずに、黙ってた。まあ、夏休みも終わって、そのまま俺は街に帰ってきたんやけどな。でも考えてみると、その頃ななんよな…。俺の此処にこの痣が出来たんわ…。んで、その後会うと、幼馴染のキミコの首にも似た様な痣が出来てて…」


大村の話に私とFは頷いた。


「俺の痣はええけどさ、ほら、キミコは女やからさ、しかも首やし…。何かそんなオカルト的なモンなら、お前らで何とかなるんかと思ってさ…」


先日、眉を吊り上げて喧嘩した奴だとは思えない程、穏やかな表情で大村は話した。


「何とかなるモンか…」


私は小声でFに訊く。


「わからんけど…」


Fは満更でも無さそうに微笑んだ。


「で、お前のその田舎って何処…」


Fは身を乗り出して大村に訊いた。






結局、Fと私、それにまた無理矢理、関口を連れて次の休みの日に大村の田舎に行く事になった。

私はともかく、関口は本当に嫌そうだった。

途中の駅で大村と合流した。

そこから更に電車で一時間半。

そんなところまで電車で行った事なんて無く、初めての経験。

私はポケットに差した文庫本を読みながら電車に揺られて少し酔った感じだった。

ようやく着いた駅を下りて、自販機でコーラを買って飲んだ。


「なんや…酔ったんか」


関口はタバコを咥えて私を見てニヤニヤ笑っていた。

相当、私の顔色が悪かったのだろう。


「あ、ここからバスで四十分だから…」


大村も関口の横で笑っている。


私はそんな二人を見ながら、陰になっている場所にあるベンチに座った。

するとそこにFが缶コーヒーを飲みながらやって来た。


「本なんて読むからだよ…」


Fはそう言って私の横に座った。

そして、


「俺なりに調べたんやけどさ…」


そう話し出した。


「何か、あいつの田舎にはキシュウマイとかっていう墓みたいなモンがあるらしい…」


私はコーラを飲み干してFを見た。


「それは何…」


「それやな…。爺さんがキシュウマイ様とかって言ってたわ…」


大村が私の前に立ってそう言う。


キシュウマイ…。

何だろうか…。

私にはさっぱりわからなかった。


とりあえず、そこからまた山道を四十分揺られて大村の田舎まで移動した。







「どの子…」


私たちは大村の幼馴染のキミコの通う高校に行き、部活中の彼女を金網越しに見ていた。


「ああ、あいつ…。ほら、今ハードル飛んでるやつ」


私たちは大村の指差す方向を見る。


「ああ…。可愛いな…」


関口はアイスを食べながらそのキミコに見とれていた。


キミコには連絡していたらしく、私たちは部活終わりのキミコと合流する事になっていた。


「可愛いな…。何で人の彼女ってのは可愛いんやろ…」


関口はじっと走るキミコを見つめながら、何度もそんな事を言っていた。






少し待っていると、キミコがジャージ姿で学校から出て来た。


「ああ、この人達…。何、不良やん…」


キミコは私たちを見て一言目にそう言った。


「ああ、まあ、不良って言えば不良やな」


大村は歩きながら苦笑していた。


「おい、とりあえず見せて」


Fは大村に言った。

勿論Fが見せろと言ったのはキミコの首にあるという痣の事だった。


「ああ、こいつのな…」


大村はそう言うとキミコのジャージの襟に指を入れて引っ張る。


「ちょっとやめろや…」


とキミコは大村の手を払った。


「後で見せるから…」


そう言いながらキミコは先に歩いて行った。


完全に尻に敷かれている様子の大村を見てFは歯を見せて笑っていた。


そのまま私たちはキミコの家に行った。

古い家で、大きな和室に通され冷たい麦茶を出された記憶がある。


そこに着替えたキミコがやって来た。

彼女の口調から私たちも彼女の事を大村同様に「キミコ」と呼んだ気がする。


「あれやろ…。キシュウマイ様の話やろ」


キミコは自分も麦茶を飲みながら大村の横に座った。

彼女が大村の事を何て呼んでいたか忘れてしまったが、大村にぴったりと身体を付けて座っていたのを覚えている。


「ちょっと見せてやって…」


大村がそう言うとキミコは膝で立ち、Tシャツの襟を捲る。

首と言うよりも肩に近い位置に大村のそれに似た痣があった。

そしてその痣は大村の痣より大きなモノだった。

大村はそのキミコの痣の傍に自分の掌を近付け、二つの痣を並べて見せた。


確かに殆ど同じ形に見えるビショップ型の痣だった。


私の横に座っていたFの視線が少し険しくなったのを感じ、私は二人から視線を逸らしてFをじっと見つめた。

確かにその部屋の空気が変わった気がした。

それは二つ並んだ痣のせいなのか、Fの発する気のせいなのかはわからなかったが。


「道彦君呼んだから…。もうすぐ来ると思うけど」


キミコの言葉に大村は小さく頷く。


「道彦君って…」


私はキミコに訊いた。


「ああ、私らより四つ上の近所の幼馴染」


キミコはそう言うと自分のグラスを持って和室を出て行った。


「青年団とかやってるから、この村の事には詳しい人やから」


キミコは麦茶のお代わりを淹れてすぐに戻って来た。

そしてまた大村の横に座った。


「大村…。お前ら付き合ってんの…」


関口はお茶菓子に手を伸ばしながら言った。


「ん…。そんなんじゃないけど…。昔からこんなんやし…」


大村はキミコを見て苦笑している。


関口はとことん女運の無い奴だ。

私とFはそんな関口をチラ見しながら笑った。


「キミコ」


玄関から声がしてキミコが立ち上がる。


「道彦君、来たわ…」


キミコは和室を出て玄関へと向かった。







「鬼首埋」。


道彦君はキミコが用意したメモにそう書いた。


「キシュウマイ…。多分、元々はキシュマイやったんかもしれんけど、それが訛って、キシュウマイになったんやと思う」


鬼首埋。

鬼の首を埋めている場所って事か…。


私はあまり綺麗な字とは言えない道彦君の書いた字を見つめた。


「首塚ってのは色々とあるんやけど、どれもほんまに首が埋まっている所なんてないんよな…」


Fは麦茶のグラスを取り、一口飲む。


「だけど、そんな事が原因で、痣が出来たってなると、そこはほんまに首塚なんかもしれんな」


Fは向かいに座る三人を見て微笑んだ。


「仏教で言われる「鬼」ってのはいわゆる死者の事で、何て言うか、幽霊みたいなモンがそれに近いかな…。何か、そんな話は無いの…」


Fはお茶菓子に手を伸ばして、向かいに座る道彦君に訊いた。


「俺もそんなに詳しくはないねんけど、この裏の山、昔は墓地やったんちゃうかって話を聞いた事があるんよな…。ただ、そんな形跡は何処にも無くて、あのキシュウマイ様だけがそんな感じで残ってるんよな…」


私とFはその言葉に頷く。


「まあ、すぐそこやから、実際に見ればわかるわ…」


道彦君は自分のお茶を飲み干して、立ち上がる。


「とりあえず、行ってみよか…」


そう言うと和室を出て行った。






キミコの家の裏から、山に登る道があった。

道と行っても舗装などされていない、雨が降ると完全に泥濘になる獣道のようなモノだった。


「こんな田舎やん…。他に遊ぶところも無いし、こうやって山ん中走り回って遊ぶくらいしかする事もなかってん…」


大村は私の横を歩きながら言う。

私にもそれはわかる。

大村の田舎より私の田舎の方が、もっと田舎かもしれない。

私はそう思って苦笑しながら大村の話を聞いた。


「まあ、俺は小さい頃は此処に住んでたけど、もう何年も春、夏、冬の休みにしか此処には来んしな。住んでるやつは大変かもしれんな…」


勿論、携帯電話もインターネットも無い時代の話だ。

それもわかる気がした。


田舎の人間の言う「すぐそこ」は余所者からすると感覚が違う。

慣れない私たちにとっては夏の終わりの山登りはかなり堪えた。

充分に背中を汗で濡らす程だった。


そしてふと、中腹辺りに作られた少し幅のある道に出た頃だった。


私は頭が痛くなりこめかみを押さえた。

片目を瞑ってFを見ると、彼も眉間に皺を寄せていた。


「近いな…」


Fは私に小声でそう言う。

私はその言葉に頷き、前を歩く三人を見た。


「強烈だな…」


私は痛みを堪えながら、その先を見た。


全身から汗が噴き出す様に流れ出し、息が荒くなる。


「F…。まずいかもしれん…」


私は傍にあった木の幹に手を突いて、足を止めた。


「お前ら大丈夫か…。顔色悪いで…」


後から来た関口は私とFを見て言った。


「山登りが堪えたかな…」


私は関口に先に行く様に言った。

ポタポタと鼻から汗が赤茶けた土の上に落ちる。

顔を上げるとFの背中も汗で濡れているのがわかった。


「大丈夫か…」


関口に話を聞いたのか大村が私とFの所へ戻って来た。

気が付くとFも私と同じ様に木に手を突いて息を荒くしていた。


「大村…。少し休んでええか…」


Fはそう言うのと同時にその木に背中を付けて座り込んだ。

あまり見た事の無いFの姿だった。

間違いなくキシュウマイ様の力である事はわかった。

私もFの横に座り込んだ。


すると道彦君とキミコも私たちの傍に戻って来た。


「ああ、井上の婆さんと一緒やな…」


道彦君は私たちを見て言う。


「村にも居るのよ。霊感の強い婆さんが。その婆さんは、ここには近付かんねん。頭痛くなるって言うて」


頭が割れそうに痛い。

私でさえこれだけ痛いのだから。

Fはもっと感じていたのかもしれない。


その時、Fが振り向き、木の根元に何度も吐いた。

道彦君はそんなFの汗で濡れた背中を摩った。


「ちょっと、大丈夫なん…」


キミコはそう言うと眉を寄せていた。


「お前も大丈夫か…」


と大村は私に言う。

私は頷いて大村の手を取り立ち上がった。


「ありがとう。大丈夫」


そう言って私は自分の手に付いた土を払おうとした。


「え…」


私は自分の掌に血が付いてる事に気付いた。


私は咄嗟に大村の手首を握り彼の掌を見る。

彼のそのビショップ形の痣から血が出ていた。

そして傍にいたキミコのTシャツの襟を捲ると彼女の痣にも血が滲んでいた。


「ちょっと何してんのよ…」


とキミコは言ったが、私の表情を見て彼女はその言葉を止める。


私は、息を荒くしているFの前に立って、


「お前、此処で休んでろ…。俺が見て来る」


私は木から木へ渡る様に手を突いて、少し先にあるであろうキシュウマイ様の石塔まで歩いた。


そして、その先に、大村から聞いた通りの石塔があった。

半分に割れた石塔だったが、罅は隠せないが修復してある古びた石塔は私たちを寄せ付けまいとしていた。







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