第4話 聖女様の初めて①

◇優視点◇ 


 話し合いの結果、アルフィリアの面倒をウチで見ることになった。

 個人的にただただ面倒事に自ら首を突っ込んでいるようなものなので、気は進まないものの、決まってしまったことならば素直に受け入れるしかない。

 とりあえず明日からの連休は、アルフィリアに家事のやり方やこの世界のことについて教えることになりそうだ。


「……はぁ、面倒なことになったな」


 思わずそう愚痴をこぼす。


「まだそんなこと言ってるのかい?」


 目の前に座る父さんはやれやれと言った感じで、俺の愚痴に反応する。


「そりゃあ、よく知らない相手の面倒をウチで見ることにメリットはないし、場合によっては異世界絡みの厄介事に巻き込まれる可能性だってあるだろ」

「優のそういう考え方はあまり褒められたものじゃないよ。得がなければ動かないという考え方は、いずれ優自身が損をするよ」

「……損得を考えず善意だけで動いたって、損をするのは自分だ。あの人だって、それで……」


 俺の憧れの人は、それで不幸になってしまったのだから。


「……まあ優の気持ちも分かってるつもりだから、これ以上は言わないさ。でも、いずれわかる時が来る」

「……来ないと思うけどね」

「とにかく、アルフィリアさんの面倒をウチで見ることは決定事項だから、優もしっかり彼女をサポートするんだよ?」

「へいへい」


 俺は適当に返事をする。

 まあ、決まった以上は協力しなければ困るのは自分たちなので、ここは素直に従うとするか。


「さて、時間も遅くなっちゃったし、夕飯はピザでも頼もうか」

「……そうだな。いまから夕飯の準備してたら食べるの21時とかになりそうだし」


 現在時刻は19時半ごろ。

 普段ならもう夕飯は食べている時間だ。

 当然夕飯の準備はなにもしていないので、いまから作るには遅い時間だ。


「お待たせ~」


 父さんとピザなにを頼もうか話し合っていたら、ちょうど母さんたちがシャワーを終えて戻ってくる。

 アルフィリアの服は汚れていたので、ひとまず母さんの寝巻を貸している。


「あ、ちょうどよかった。二人とも、今日はもうピザを取ろうと思ってるんだ」

「あら、たまにはいいわね」

「それで、どれにする?アルフィリアさんも選んでいいよ」


 そういって、某有名なピザ店のチラシを見せようとするが、アルフィリアはよく分からないと言った感じで首をかしげている。


「……あの、ぴざ……とはなんですか?」

「……あ~、そっか。そっちの世界ではこういったものはないのかな」


 よく考えなくとも、異世界ともなれば食文化も大きく異なるだろうし、こっちの世界にある料理はほとんど知らないのも当然だ。


「平たい生地にいろんな食材を乗せて一緒に焼いた料理だ。発祥はイタリアの料理だけど、日本でも食べられている」


 アルフィリアにピザがどういったものなのかを簡単に説明する。

 とはいっても、実際に食べてみないとわからないだろう。


「とりあえず気になったものを選べばいいわよ。……あ、日本語読めるかしら」

「あ、そういえばそうだね。言葉が通じるから失念していたけど」


 言われてみれば、言葉は普通に日本語をしゃべっているので気にしていなかったが、異世界ともなれば文字とかも異なるはずだ。

 アルフィリアはチラシにひと通り目を通す。


「……はい。知らない単語はありますが、文字自体は読めます。女神様の加護のおかげで他国の言葉や魔界、天界の言葉など、いろんな言語や文字が理解できるようになっているのですが、異世界でも加護は効果があるようです」

「……万能だな。女神の加護」

「はい。女神様に感謝です」


 どうやら女神様の加護とやらで言語の壁を突破しているらしい。

 もしかしなくても、異世界での聖女とはチート的な存在ではないだろうか。

 王国に仕えていると言っていたし、アルフィリアを失った国は現在大ダメージを負っていると思うが、異世界のことなので考えても仕方ない。


「それじゃあ、気になったのはあるかな」

「……えっと、その……私が選んでもいいのですか?」

「遠慮しなくていいぞ。俺たちはどれでも美味しく食べられるし、アルフィリアがどれを選んでも問題ない」

「そうだね。だから遠慮せず選んで」

「……それでは、この……まるげりーた?というのをお願いします」


 そういってアルフィリアが指さしたのは、マルゲリータピザというとても無難なチョイスだった。

 まあ初めてのピザのチョイスとしてはちょうどいいだろう。


「マルゲリータね。優は?」

「俺はダブルモッツァレラ。生地は薄いやつで」

「了解。飲み物はどうしようか」

「俺はコーラで」

「アルフィリアちゃんは飲み物はどうする?」

「わ、私も優さんと同じこーら?というので大丈夫です」

「それじゃあ1・5Lのを頼もう。優と分けてね」

「は、はい」


 アルフィリアもコーラを飲むことにしたようだが、炭酸って異世界にもあるのだろうか?

 少なくとも初めてだとしたら、飲めない可能性もあるが・・・。


「……炭酸飲料は大丈夫?」

「?……たんさんいんりょう……ってなんですか?」

「……父さん」

「ん?どうかした?」

「飲み物、オレンジジュースも追加で」

「?わかった」


 なんとなくコーラを飲んで悶絶するアルフィリアの未来が見えた気がしたので、念のためオレンジジュースも頼んでおく。

 

「あの……たんさんって……」

「……飲めばわかる」

「……?」


 本来ならば止めるべきなのだろうが、初めての炭酸飲料であれば一度経験しておくのもいいだろう。

 なによりなんだかおもしろい反応が見られそうという悪戯心が自分の中に芽生えていたので、あえて炭酸とはどういうものかを伏せておくことにした。

 両親も注文が決まり、父さんがスマホでお店のサイトから注文をする。

 その様子をアルフィリアは不思議そうに眺めていた。


「……注文できたよ。30分後くらいに来るみたいだよ」

「はーい」

「あの……さきほどの道具は?」

「ああ、これかい?これはスマートフォンだよ」

「すまーとふぉん……」


 どうやら気になっていたのはスマホだったようだ。


「主な用途は離れた人との通話だけど、他にもいろんな機能がついていて、この世界ではほとんどの人が使ってるものだよ」

「通信魔法のようなもの……ということでしょうか。魔術師数人がかりの魔法をこのような小さい道具で……」


 スマホの利便性にアルフィリアは感嘆の声を上げていた。

 通信魔法ということは、向こうの世界では科学の代わりに魔法が発展している世界なのだろう。

 

「そうだわ!なにかあったときのためにアルフィリアちゃんにもスマホを用意しないと」

「えっ!?あの、そこまでしていただかなくても……!それにここまで便利な道具ともなれば、金貨数十枚はするもの……」

 

 家に置いてくれるだけでもありがたいのに、それどころか自分のためにスマホを用意してもらうことに躊躇いがあるのか、アルフィリアは慌てて手を横に振る。

 俺たちからすれば金貨数十枚というのがどれほどの金額になるかはわからないが、まあスマホも一台数万はするので、安くはない。


「そうだね。連絡手段がないのは不便だろうし、明日から休みだしさっそく買いに行こう」

「えっ、あの……私」

「アルフィリア、諦めてくれ。ウチの両親はそうと決めたら聞かないから」

「そんな……私は、どうすれば……」


 おそらくスマホがとんでもない金額のものだと思われているのか、アルフィリアの顔が段々と青ざめていく。

 俺も居候にそこまでするかと思わなくもないが、両親には勝てないのでおとなしく静観するしかない。

 

「あ、それと服とかその他も含めて買いに行かないといけないわね。優、明日アルフィリアちゃんと一緒に買い物に行くわよ」

「えっ……」


 青ざめているアルフィリアにさらに追い打ちをかける母さん。

 まあ日用品は必要なので、ここはもう潔く受け入れてもらうしかない。


「なんで俺まで行く必要があるの」

「そりゃあ荷物持ちよ。女の子には必要なものも多いし」

「それなら父さんがいるだろ」

「希さんにももちろん運転とかもあるから来てもらうけれど、携帯ショップでの手続きで二手に分かれる必要があると思うから、荷物持ちは優よ」

「そうだね。連休で混んでいて時間もかかるだろうからね。頼むよ」


 たしかに携帯ショップは常に混んでいるイメージがあるので、連休ともなればなおのこと時間がかかるだろう。

 買い物してから携帯ショップに行くのでは間に合わない可能性も考えれば二手に分かれるほうがいい。

 となれば携帯の購入は父さんが適任で、女の子の買い物は母さんが適任だ。

 自動的に余った荷物持ち枠は俺になるということだ。

 まあちょうど連休で暇だし、本屋にでも寄って時間つぶしの本でも買うのも悪くない。


「わかったよ。そしたら俺も本屋寄りたいからそこんとこよろしく」

「はいはい。荷物持ちよろしくね」


 というわけで震えているアルフィリアを余所に明日の予定が決まっていった――。

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