第1話 出会い

◇アルフィリア視点◇


「……んっ」


 私は頬に床の冷たさを感じて、目を覚ます。

 辺りは薄暗く、ここがどこか判別がつかない。

 

「ここは……?」


 暗闇に少し目が慣れてきたところで辺りを見渡すが、ここは見たことないものが多数置かれている部屋のようで、全く見知らぬ場所で自分が倒れていたことを理解する。

 なぜ自分はこんなところにいるのか、思考を切り替えようとした瞬間、パチッという音と共に辺りが一気に明るくなる。

 突然明かりがついたことにより、目が眩んでしまう。


「……なっ!?」


 何やら人の声が聞こえ、まだ眩んでいる目を少しずつ開けつつ声のした方へと顔を向けると、そこには見たことのない服を着た私と同い年くらいの青年が立っていた。


「……あなたは?」


 固まる青年に声をかける。

 私の声が聞こえていないのか、青年からは反応はない。

 疲れた身体を何とか動かして立ち上がり、青年に近づく。


「あのー……大丈夫ですか?」


 固まったままの青年の目を覗き込んで、改めて声をかける。

 すると、私の顔が突然視界に入って驚いたのか、青年は後ろに仰け反って距離を取った。

 

「だ、だだ、誰だアンタ!なんで俺の家に!?」


 青年は自身の家に見知らぬ少女が入り込んでいたことで、パニックに陥っていた。

 そんな彼の様子を見て、改めて自身の置かれている状況を認識する。


(これは、この人の家に不法侵入している状況ですね……)


 青年が自分の家と言っているように、事故とはいえは人様の家に勝手に入り込んでいるのは事実だ。

 ひとまず話だけでも聞いてもらわなければと、青年の質問に答える。


「お、落ち着いてください!怪しい者ではありません。私は聖女、アルフィリア・マルガゼントと申します。こちらの家にいるのは、その……原因は私にもわからないのですが、なんというか事故のようなものでして……すみません」

「なにを訳の分からないことを言ってるんだ!聖女だとか、事故とか意味わかんないんだけど!」

「えっと、その聖女アルフィリアの名をご存じないのですか?」

「知らない。というか聖女なんて何を馬鹿げたことを」


 驚いた。

 もちろん自分に驕っているわけではなく、聖女アルフィリアの名を知らない人間は、少なくとも王都にはいないからだ。

 聖女という存在は各国に一人存在し、その名は全世界に知れ渡っている。

 名前を知らないどころか、聖女を馬鹿げたことと言っているところに強い違和感を覚える。

 

(……もしかして、ここは)


 私は改めて、明るくなった周囲を見渡す。

 見たことのない四角い薄い箱、明かりは炎灯えんとうやランプとは異なるもの、その他にも多くの知らないものが置かれているのを見て、ある仮説が頭に浮かんだ。


「……あの、ここは王都……いえ、イミルアではないのですか?」

「イミルア?聞いたことない名前だ。ここは日本の俺の家だ」


 少しだけ冷静になってきたのか、青年は私の質問に警戒しながらも答える。


(ニホン……聞いたことがない。ということはここは、私のいた世界とは別の世界ということ、ですね)


 にわかには信じ難いが、魔力災害のあとに発生した謎の力によって、異世界へ飛ばされてしまったということで、間違いないだろう。

 

(……これから、どうすれば……いいんですか)


 自分の置かれている状況に、どうしようもない無力感に襲われ、力なく床へと座り込んで、涙を流した。


◇優視点◇


 目の前の見知らぬ少女、アルフィリアと名乗る少女が突然涙を流して、床へとへたり込んでしまい、俺は困惑していた。

 突然の事態で最初はパニックになっていたものの、今は少し冷静さを取り戻している。


(なんなんだ一体。突然泣き出したりして……)


 名前からして、おそらく外国の人だと思うのだが、それにしては疑問も残る。

 家に入った時、間違いなく鍵はかかっていたし、窓の鍵もしっかり閉めてから家を出たはずだ。

 割られた様子もないので、どうやって入って来たのだろう。

 そして、さきほどからの少女の発言だ。

 聖女や聞いたことのない場所の名前、まるでファンタジーの世界からやってきたかのような発言が気になった。

 ひとまず目の前の少女が怪しいことには違いないが、せめて話をしっかり聞かなくてはいけない。


「……とりあえず、座ってもらっていいか。アンタが怪しい人なのには変わりないけど、話聞かないことにはなにもできない」

「……すみません。取り乱してしまって」


 まだ涙で瞳を揺らしている少女に、近くのソファーへ座ることを促す。

 少女は素直に従い、ソファーに腰を掛ける。


「それで、アンタはどうして家に?というかどうやって入ったんだ?」


 もう少し落ち着くまで待ってやりたいところだが、内心は穏やかではないので、ストレートに聞いた。


「……私にもよくわからないんです。気がついたら、ここに倒れていたので」

「じゃあ、アンタはなにかを盗んだりするために、ここへ入り込んだわけじゃないんだな?」

「そんなことはしません!女神様の顔に泥を塗るような、そのようなことは誓ってしていません!」


 アルフィリアは強く、俺の目をまっすぐ見つめて否定する。

 ひとまず一番心配していた盗人という可能性が下がったので、警戒は続けるが少しだけ安堵する。

 発言のところどころに、現実味のない言葉が混じっている気がするが、この際些細な問題なので気にしないことにして、話を進める。


「……なら、アンタは何者だ?聖女とかなんとか言っていたけど」

「……信じてもらえるかどうかわかりませんが、私はこことは違う世界から来ました。いえ、正確には迷い込んでしまった、と言った方が正しいのかもしれません」

「……はっ?」


 突然の素っ頓狂な発言に、思わず口を開けたまま固まってしまった。

 違う世界から来た、と自称するのはいくらなんでも頭がおかしい人の発言そのものだった。

 聖女やら女神様やら恰好からして、もしかしたらそういう設定で生活している人なのかもしれないと、目の前の少女が危険だと感じ始める。


「……信じて、もらえないですよね。でも、信じて頂くほか、ないんです」


 アルフィリアは仕方がない、と言わんばかりに諦めの表情になる。


「……わかった。ひとまず話はここまでにさせてくれ」


 改めて目の前の少女、アルフィリアを観察する。

 服は泥だらけでボロボロ、顔は疲弊しきっている。

 これ以上の話し合いは、アルフィリアの負担になり、話が進まなくなるような気がした。

 信じがたい内容の話が始まりそうで、俺も頭の中を整理する時間が必要だ。

 

(正直警察に突き出して、保護してもらうのが無難だろうけど……仮に異世界どうこうの話が本当だったらいろいろ面倒くさいことになる予感がする)


 この少女の話を信じているわけではないが、鍵のかかった家に入り込んでいたこと、服装がボロボロで普通ではないことが伺えること、アルフィリアが真剣に話をしているところを見て、異世界からやって来たことが本当だとすれば、辻褄が合うのだ。


「……すまないが、アンタの話を信じることは難しい」

「……そうですよね」

「だが、嘘を言っている感じはしないし、なによりそんなにボロボロなのにこのまま警察に突き出してもいろいろ面倒だ。だからうちの両親が帰ってから、改めて話をするってことでいいか」

「……わかりました」

「……とりあえず、茶でも出すから待っててくれ」

「お心遣い、ありがとうございます」


 一度リビングを離れ、キッチンで冷蔵庫からペットボトルのお茶を出してコップに注ぐ。


「……なにやってんだろうな、俺」


 俺は、自身の行動がらしくないと感じていた。

 普段なら問答無用で警察に連絡していただろう。

 だが、なぜだか放っておけないと感じてしまったのだ。

 

(……あの人に、似ていると思っちゃったからかもな)


 心の中で自分を嘲笑しながら、アルフィリアの待つリビングへお茶を持っていく。

 

「……って、マジかよ」

「……すぅ~……すぅ~……」


 俺がお茶を持って戻ると、余程疲れていたのかアルフィリアは寝息を立ててソファーで眠っていた。

 他人の家で、しかも本人からすれば異世界で無防備に居眠りをするのはいかがなものかと思う。

 

「……まったく」


 起こす気にはなれず、ベランダに干してあったブランケットを取り込み、それをアルフィリアに掛けてやる。

 そのまま自身もソファーに腰を掛け、頭を抱えながらこの後の両親を交えて話をすることに、重いため息をつく。


「……頼むから、面倒なことにならないでくれ」


 そう願いながら、両親の帰りを待つのだった――。

 

 


 

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