第3話 命令よ


 自分の教室に入り、席に座る。


 鞄を机の上に置いて荷物の整理をしながら、ほぼ確定した事実に俺は頭を悩ませていた。 

 そしてこれから起こりうることについて考えるのだが……あぁダメだ、頭が痛い。


「うおぉお! 頭痛なの⁉ 頭痛なのかぁっ⁉」


「……お前の声を聞いてさらに頭が痛んだ」


「私は低気圧なのかぁっ⁉」


 随分と騒がしい奴、というか俺の知る限り最も騒がしい奴が「ワハハ~!」と俺の席の前で笑っている。


「現川、ただでさえ視線を集めてるのにお前のせいで変な目で見られるようになった」


「それは元からでしょん?」


 現川うつつがわうさぎ。


 高校に入学して初めてできた俺の友達だ。

 オレンジ色の特徴的な髪色にカチューシャが現川のトレードマークで、黙っていれば見た目はそこそこいい。


 身長は女子の中じゃ高い方だし、何せ胸がデカい。ほんとに。だから全然、美少女と言って不思議じゃない。

 だが、こいつの最も特筆すべき点であり、最もマイナスポイントであるのは――その中身。



「でも、変な目で見られるとか最高じゃん? 私、体が火照っちゃうよぉ~! うぉお! ギンギンだぁぁぁッ!!!」



 そう、こいつは中身そして言動が


 下ネタは日常茶飯事、歩くセクハラ大魔神。

 別ベクトルで、現川は小谷鳥と同じくらいに有名人だ。


「今日も調子いいなー」


「適当か⁉ ダメじゃないか林太郎ぅ~。私を満足させるのが、君の至上命題だろうぅ?」


「いつその使命を与えられたのか心当たりがないんだが」


「そんなの私と出会った時に決まっておろう!」


「不可避イベントだったか……」


 しかも初見殺しでもある。


 一連のくだりに満足した様子で、現川は「ふふふ~ん♪」と呑気に鼻歌を歌う。


「そういや林太郎、聞いたよ昨日のこと~! やっぱうちの林さんはやりよるなぁ。で、キスした? ってかおっぱい揉んだの⁉」


「おい声がデカいぞ」


 ここだけの話に留まらない声量で現川が話すもんだから、クラスメイト達に聞かれてしまったじゃないか。


 現にクラスメイトたちがあちこちで、


「おい、キスって聞こえなかったか?」


「ってか俺、おっぱいって聞こえたぞ!」


「嘘だろ⁉ ってことはあいつ、小谷鳥のおっぱいを揉んだんじゃ……」


 ほら見ろ。明らかに変な勘違いをされている。


「ごめんごめん。つい興奮しちゃってさ。だって小谷鳥ちゃん、私のお気に入りだし、隙あれば揉みたい女の子の候補に入ってたから」


「お前のジェンダーレスすごいな」


 現川はふざけているだけかもしれないがどっちもイケる口だ。

 本人曰く、エロに性別は関係ないらしい。哲学か。


「ででで! 小谷鳥ちゃんと林太郎が付き合ってるってほんとなの? ほんとならぜひ私とまた3Pしてよ!」


「いやしないから。あと、またってなんだよまたって。したことないだろうが」


 またしてもこいつの声が大きいせいで、周囲に変な誤解を与えてしまった。

 面倒ごとが増えるのは嫌なんだけどな。


「俺と小谷鳥は付き合ってないよ。ってか、分かってて聞いてるだろ」


「なにを⁉ 私だって恋バナくらいしたいんだよぉ~!」


「悪いな、発展性なくて」


 こいつが望めば、いつだって恋できるだろうに。


「そっかぁ。じゃあ、まだ林太郎は童貞のままなんだね」


「残念ながら」


「う~ん……私林太郎好きだし、一発ヤっちゃう?」


「一発じゃ足りない」


「じゃあ多発だぁぁぁあ!!!!」


「もうええわ」


 どうも、ありがとうございました。





     ◇ ◇ ◇





 放課後。


「…………」


「…………」


 落ち着いた店内に、上品なBGMが緩くかかっている。


 そんな店内にびっくりするほど溶け込んでいた彼女は、湯気立つコーヒーグラスを傾け、ふぅと息を吐いた。


「それで、冬ノ瀬君は私の胸を揉んだの?」


「揉んでません」


 かちゃり、と小さく音を立ててコーヒーグラスを置く小谷鳥。


 遡る事、一時間前――




 帰ろうと鞄を肩にかけ、教室を出た時。


「冬ノ瀬君」


「……なんだよ、小谷鳥」


 周囲の目なんて一ミリも気にしてないと言った様子で、教室の前に仁王立ちしている小谷鳥に捕まった。


「話があるから、私についてきなさい」


「それは任意同行か?」


「強制よ」


 今日も不機嫌そうに、ついてきなさいと背中で語りながら廊下を歩いていく。


 仕方なく俺はその一歩後ろをついて行った。




 そして、現在に至る。


「あら、おかしいわね。冬ノ瀬君が教室で『小谷鳥のおっぱいを揉みしだいた』と言っていた、と聞いたのだけど」


 噂の広がり方がえげつないな。そりゃ伝言ゲームもゲームとして成立するわけだ。


「それは俺じゃなくて現川が言ったんだ」


 想像の斜め上をいく噂のされ方にため息をつきながら、まだ温かいコーヒーを口に含む。


「そう、現川さんが。そういえば現川さんで思い出したのだけど、私と現川さんと冬ノ瀬君の3人で3Pをする予定があるのね」


「ブーッ!!!」


「汚いわね」


「すまんすまん」


 小谷鳥の話で思わず吹き出してしまった。だが、吹き出すほどに威力のある話だ。


「全部現川のでたらめだ。第一、俺と小谷鳥は噂と違って付き合ってないだろ?」


 俺の言葉に、小谷鳥がピクリと反応する。


「そうね、確かに私たちは


 妙に含みのある言い方に違和感を覚える。


「全く困ったもんだよ。小谷鳥が昨日、俺を彼氏だーとか言い出すから、みんな勘違いしてんだぞ」


「そうね」


「いろんな人に変な目で見られるし、ずっと誰かに噂されるし……今日でどっと疲れた」


「そうね」


「……あぁーほんと疲れた。小谷鳥の彼氏とか荷が重いなぁー」


 ギロッ、と小谷鳥に睨まれる。


 小谷鳥って見たまんまプライドが高いな。ま、高くなかったら常にみんなを見下すような表情してないか。


「ねぇ、冬ノ瀬君。薄々感づいていると思うのだけど……一つ私から命令してもいいかしら」


「相場は『お願い』だと思うけどな」


 そこら辺の細かい表現に関しては、小谷鳥の照れ隠しだと思って小言だけにとどめておこう。


 小谷鳥が、真っすぐ俺を見つめて言った。



「冬ノ瀬君、私の彼氏にならない?」



 予想通りのその言葉を受けながら、コーヒーカップのふちをなぞる。


 さて、どうしたもんか。

 

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