第34話 勇者リワーク!④.5【ゲロと恐怖と尊敬と】

 

 《ジャンカルロ》*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.。




 俺は自信の喪失と、他者への…神格化に近いリスペクトで感情がグチャグチャになっている。


 俺の誇りは特殊部隊GISに最年少で入隊したことだ。散々挫折も味わったが、部隊に居たことは、俺の自信に直結していた。


 そして、戸籍を消し、不利な条件で日本に来た理由は、ある物語の人物に憧れ、彼の様なタフな人間になろうと思ったからだ。


 そう、とある駅の掲示板に「XYZ」と連絡先を書くと、殺しからボディーガードまで依頼できる、あの人物だ。


 彼はイタリア人と親和性が高いと思う。



『今日は静かだけどJ聞いているか?』


「ヒィッ!?」



 それがどうだい、負け犬の様なセリフだろ?


 恐怖と共に口の中が酸っぱくなる。


 様式美で締めくくるなら……



「こんなはずじゃなかった」



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 スパーリングの訓練は金網で囲われたケージに中で行われる。


 ここに入ると精神的に追いつめられるような気になり、メンタルトレーニングにもなると聞いた。



 相手は半ギレのアディアツシだ。


 アキさんをエロい目で見てた事で怒ったらしく、スパーリングの相手に指名された。


 だが、俺は今日こそアディに一発入れてやると意気込んでいた。



 だけど現実とは残酷なものだ。


 フック、ストレートは前手で受け流されてカウンターでボディをもらい、


 ハイキックは躱され、軸足を蹴り払われて地面に叩きつけられる。


 ローキックを打とうとすると、素早く間合いに踏み込まれてストレートのパンチを食らう。


 不意打ちで出したバックハンドブロー(裏拳)は、手を取られて回転方向にさらに力を加えられ、駒のように回らされた。


 ストライキング(打撃)では勝てそうにないと、タックルから相手を投げてやろうと考え、組み合いになれば、関節を極められる。


 人間相手なら、ちょっとくらい隙が生まれてもいいだろう?


 俺だって特殊部隊で厳しい訓練を耐え抜いてきたし、膨大な時間、対人スキルを叩き込まれてきたはずだ。


 どうしてそんなに完璧に相手の手札を潰せるのだろう。


 しかもあからさまに手を抜かれているし、遊ばれている。



 しかもルール無しの格闘では訓練にはならないと、木刀で襲い掛かれば掌底で斬りつける木刀の軌道を変えられてカウンターのヒザをボディーに食らう。


 これがフルダイブVRで50年もの時間、主に対人訓練を積んだ人間か。


 俺は生物としての格の違いを感じていた。


 ・・・・


 ・・・・


「オエエェェェェ」


 これで二度目の嘔吐だ。


 ぶっちゃけ、最初のボディをもらった時に吐きたかった…と言うか喉元まで上がってきたが、気合いで飲み込んだ。


 恐怖はゲロの味と共に、体に刻み込まれた。


 プライド?そんなもん日本に来て間もなく、それこそゲロ袋と一緒に捨てた。



 これだけボコボコにやられて言い訳なんて出てこない。


 例えば「50年も訓練したから強いのは当たり前だ」なんて言おうものなら、ソイツは俺がブッ飛ばしてやる。


 俺は日本に来たキッカケである彼よりも、アツシ・オギツキの事を心からリスペクトしている。



 50年もの訓練なんて狂気の沙汰だ。


 例え歳を取らない身体になったとしても、それを耐え抜いたアディの精神力は人間の領域を超えていると思う。


 フルダイブVRで5年訓練を終えた俺が言うんだ。


 5年間、現実よりも厳しい訓練に耐え抜くのが精いっぱいだった。


 アディはその10倍だ。俺なら狂って使い物にならなくなっている事だろう。


 つまりアイツの領域には絶対行くことができない。


 帰還者の様な特別な力を持った奴らとは全く違う強さを持っている。


 俺が信じられる強さを持っているのはもちろんアディだ。



 その困難を乗り越えたアイツは、人格が狂うことなく家族を愛し、守り、尽くしている。


 素晴らしい事だ。


 俺達SAVにアツシがいてくれるだけで、強力な敵が現れても生き残れる気持ちにしてくれる。


 これこそ、この部隊に必要な人材だと思っている。


 誰にも真似ができない。


 嫉妬もしない。おこがましい。



 俺はアディアツシをただただ、リスペクトするだけだ。

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