第3話 世界で最初に発生したスタンピードと、それにまつわるあれこれ

 十九年前、ドイツ。

 サイデルベルクという小さな村の外れにあったダンジョンで、スタンピードが発生した。

 これが、世界で初めて観測されたスタンピードとされている。

 スタンピードとは、ダンジョン内のモンスターが大量発生し、外の世界へと溢れてしまう現象である。

 その結果いくつかの村が壊滅、多くの犠牲が出た。

 現在では、人災とも天災とも呼ばれている。


 スタンピード発生の予兆として、右の石板が徐々に赤く変化するという特徴があった。

 ザイデルベルクのダンジョンとは別に、すぐ近くにも別のダンジョンがあり、探索者の多くはこちらに集中していた。

 ダンジョンにはそれぞれ個性があり、石壁に囲まれたダンジョン、洞窟のようなダンジョン、空もありまるで屋外のようなダンジョンが存在する。

 またモンスターも様々で、不人気なのはアンデッドがメインのダンジョンだ。臭いし汚いし、霊体系のモンスターは通常の武器では対処できない。

 スタンピードが発生したダンジョンは、最初からやや難易度が高いとされる狼や熊といった獣系のモンスターが多く、初心者向けのモンスターが現れる近くのダンジョンの方が人気があったのだ。

 獣系モンスターは慣れた冒険者達には旨みもあるが、それは近くのダンジョンも進めば現れるし、何より探索者が多いということは、武器防具屋や飲食店といった、探索者に関わる人々も集まり街へと発展していた。

 ザイデルベルクのダンジョンは探索者も少なく、これがスタンピード発生に繋がった要因の一つとされている。


 当時、赤に変色する石板に関しての知識は誰もなかった。

 しかし、不吉な色ということで、田舎の有力者達が軍に派遣を要請した。

 けれど軍がザイデルベルクのダンジョンに来ることはなく、そうこうしてるうちにスタンピードは発生した。

 一帯は、ダンジョンから現れた溢れたポイズンラット、シャドーウルフ、ブレイムベアといったモンスターによって蹂躙された。

 当時の軍の責任者は、マティアス・シュトラウスという大佐であったが、彼は軍の派遣要請の報告がなかったと証言した。

 その結果、村の有力者達から話を聞いていたという部下が責任を取らされ、軍を辞めることとなった。


 しばらくして、ザイデルベルクのダンジョンは消滅した。


 発生したスタンピードの沈静化には大きく二つの対処法が存在する。

 一つはダンジョンからモンスターが現れるに任せ、やがて溢れきるのを待つ方法。外に出たモンスターは長くは生きられず、最長で一ヶ月ほどとされている。

 それ以上が経過すると自然消滅し、魔石が残る。

 もう一つはスタンピード中に現れるボスを倒す方法で、これは数体のモンスターが集まり混じった存在である。

 スタンピードの最中であり、ダンジョンの外には出てこない。しかもその強さは通常のモンスターの数倍あり、現実的な対処法ではないとされている。

 これを倒すと、それまで現れていたモンスターは消滅し、全てが魔石へと変化する。

 スタンピードは、モンスターの消滅と右の石板が白に戻ることで沈静化が確認されている。

 それ以前に、スタンピードを起こさせない手段として、石板の赤化が確認された時点で、速やかにダンジョン内のモンスターの間引きを行えば石板が白化すると、後の研究で判明している。


 件のダンジョンが消失したのは、モンスターの自然消滅と石板が白に戻ってから一年ほど経過してからであり、推測ではあるがスタンピードの発生との因果関係はなく、原因は今でも謎とされている。

 この時のスタンピードの沈静化は、発生から一週間後である。


 ドロップという現象がある。

 ダンジョンモンスターは討伐すると、魔石を落として消滅する。

 だが稀に、それ以外のモノを落とすことがあり、これがドロップと呼ばれている。

 ドロップするモノは獣系モンスターならば肉や骨や爪、ゴーレムなら稀少金属、武器や防具、アクセサリー類のあり、ある程度の傾向はあるが基本的にはランダムだ。

 またダンジョンによってドロップ率も異なり、初のスタンピードが発生したダンジョンは低く、街のダンジョンの方がドロップ率は高かったと言われている。


 ダンジョンの中には、自然豊かな草原や森のようなフィールド型もある。

 森の木の実や果実、生息している動植物や魚を捕ることもでき、外に持ち出すこともできる。

 ただ、これらの収穫物が一体どこから来ているのかは、未だに謎とされている。


 ダンジョンには、核と呼ばれる存在と、クリア報酬が用意されている。

 核とはダンジョンを維持するいわゆる心臓であり、これを破壊するとダンジョンは消滅する。

 ダンジョン核の大きさはピンポン球程度であり、触れた感覚はゴムボールに近い。

 ダンジョンが消滅すると、別の場所に新たなダンジョンが出現する。

 場所はランダムで、ヨーロッパのダンジョンが消滅し、アメリカに出現することも珍しくない。

 幾度かの観測を経て、このダンジョンの消滅と出現には因果関係があると証明されている。

 そのダンジョンが政府や軍に関係する施設に出現した場合は速やかに消滅が推奨されることもあるし、現れるモンスターや探索者の経験効率が高い場合はダンジョンの維持が求められることもある。

 クリア報酬はダンジョンによって異なる。

 右の石板にその情報が記されており、レアなアイテムかスキルであるケースが多い。

 特にスキルは『空間転移』や『時間停止』など、通常ではまず手に入らないスキルである上、ダンジョンの外でも使用可能というのが破格である。

 基本的に探索者が得られるスキルは、ダンジョンの外では使用できないからだ。

 なお、この報酬は最初の一人だけであり、これが理由で複数人で攻略していたパーティーが揉めることも珍しくない。

 報酬が複数の場合は、パーティー内で分配することが可能である。

 なお、この報酬は辞退も可能であり前例も存在する。

 攻略者は、ダンジョンの右の石板に名前が登録されるが、ダンジョンを消滅させた場合も国の調査で探索者の名前が記録される。

 ダンジョン消滅の際、他に探索者がダンジョン内にいた場合、速やかに外へと排出される。


 獣魔術。

 レアなスキルの一つであり、ハズレスキルとも言われている。

 食べたモノの力を取り込むことが出来るというスキルである。

 例えば、狼の肉を食べれば狼のしなやかな俊敏さを手に入れることが出来る。

 ただし、スキルはダンジョンの外では使えない。

 家で熊の肉を食べたとことで、熊の力は得られないのである。

 また、ダンジョン内のモンスターの多くは、倒しても魔石となる。

 肉を食べる機会は滅多になく、故にこそハズレスキルと言われている所以である。


 ザイデルベルクのダンジョンが消滅して一ヶ月後、管轄の陸軍基地がモンスターの襲撃を受けた。

 どこから現れたのかポイズンラット、シャドーウルフ、ブレイムベアといったモンスター達は、基地を破壊して回り、被害は甚大である一方、人命に関わる被害はほぼなかった。

 唯一、基地の責任者であったマティアス・シュトラウス大佐だけが、行方不明となった。

 当時、大佐がいたとされる執務室は破壊の限りを尽くされており、現場にはちぎられた大佐の右腕だけが残されていた。

 この腕には生体反応が残っており、つまりちぎられた時点では大佐はまだ生きていたとされている。

 長い年月が経過した今も、シュトラウス大佐の行方は不明のままだが、家族によって死亡届が出されている。


 とある居酒屋での、幽霊の目撃話。

 エレナ・ヴォルフという少女がいた。

 ドイツ人のルーカス・ヴォルフと日本人のミレイ・ササキの間に生まれ、スタンピードで滅んだザイデルベルク村のヴォルフ家の長女である。

 彼女もまた、家族や兄弟姉妹と共に死んでいるとされている(スタンピードで滅んだ村の死体は損壊が激しく、個人の特定が難しいモノも多かった)。

 彼女を目撃した婦人はかつてザイデルベルクに住んでおり、エレナ・ヴォルフの親しい友人であったが、幸いスタンピードが発生する少し前に街へ引っ越しして難を逃れていた。

 現在は街で知り合った日本人男性である夫と共に日本に移住し、パン屋を営んでいる婦人だが、繁華街で買い物の最中にエレナ・ヴォルフを目撃したという。

 声を掛けようとしたが、雑踏の中に消えたという。

 夫と子どもがトイレから戻ってきたので、その時はそれで終わった話であった。

 容姿も服装も当時のままだったが、だからこそ本人ではないだろうと、幽霊か幻覚だろうと婦人は酒の席で笑った。

 もう、何十年も経過しているのだから。

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