第7話 森の精霊
ランタンに灯を灯し、月の花の群生地から立ち去ろうとした時だった。
「おやおや。こんな時期に人間がここに何の用じゃ」
突然、横の方から声をかけられた。僕が声の方に意識を向けると、何もない空間から徐々に発光体が現れた。やや緑色の淡い光を放っている。
それがふわふわと漂い僕らの近くまでやってきた。何だろうこれ。思わず見とれてしまうような、とても綺麗で神秘的な光だ。
魔物の一種だろうか。だが警戒心を抱かせない優しい光を放っているので違うかも。通信系の魔法の産物か何かだろうか。あの光を通して周辺の状況を監視しているとか。
ランドの町がこの場所を監視するためのものだろうか。それなら勝手にこの場所に侵入したことを怒られるかもしれないが、第一声はそんな感じではなかった。
うーん、よく分からない。分からないが言葉を話す存在ということだけはたしかだ。
「ねぇ父さん。なんか来たよ」
僕は光を指さして「父さん、あれが何かわかる?」と聞くと教えてくれた。
「ああ、あれは精霊だな。俺も今まで一度しか見たことないが、間違いない」
「精霊? それって危険はないの?」
「精霊は比較的人間とは友好的な存在だ。礼を持って接すればおおむね安全といえる」
「そうなんだ」
などと僕らが話していると、再び精霊が言葉を発した。
「人間よ。ここに何の用じゃ」
僕と父は一度顔を見合わせて、それから僕が口を開いた。
「月の花の採集に来たんです」
「月の花の採集じゃと。見ての通り月の花の採集にはちと早い。なぜこんな時期に来たのじゃ。まだ早いことを知らなかったのか? ということはお主たち、ランドの町の者たちじゃないな。盗みにきた他の町の者といったところか」
「いえ、僕たちは……」
盗みに来たと言われて僕はとっさに反論しようとしたが、よくよく考えれば母のために勝手に月の花を採集しようとしたのは事実だ。まったくもって反論できず、僕は口ごもる。
「僕たちは、何だというんじゃ」
「いえ、その……ごめんなさい」
僕はがっくりと、うなだれて素直に謝った。
「盗みに来たことを認めるのじゃな」
「はい。でもどうしても月の花が必要だったんです。母の病を治すために」
それから僕は母がドレイン病にかかり、早く月の花で作った薬を飲ませないと、母が死んでしまうという話をした。
「だからどうしても月の花が必要だったんです」
「なるほど。ただお金欲しさに盗みにくる者達とは違うということじゃな」
「そんなのじゃありません。ただ母を助けたい一心だけでここまで来たんです。でも花はまだ咲いていないみたいなので完全に無駄な労力だったみたいですけど」
「無駄な労力か……。こんなことおぬしたちに教える義理はないのじゃが、諦めるのはまだちと早いのう」
「えっ?」
僕は精霊の言葉に驚いて、思わず目を見開いた。何かまだ月の花を採集する方法があるということだろうか。父もそう思ったようで、これが最後の希望とばかりに精霊に対して丁寧に質問する。
「あの精霊様。もし何か方法があるなら私たちに教えてもらえないでしょうか。お願いします」
そういって父は深々と頭を下げる。僕も慌てて父に倣い頭を下げた。
「僕からもお願いします。どうか母を助けるために、知恵を貸してください」
精霊が逡巡している気配を感じ、僕は祈る気持ちで頭を下げ続ける。しばらくして頭の上から声が降ってきた。
「仕方がない。教えてやろう。ただし条件がある。お主たち魔獣を狩ることができるかの? 実は最近、わしの住処が魔獣に荒らされて困っておるのじゃ」
僕は頭を上げると、同じように頭を上げた父の顔を見る。父なら魔獣が相手でも何とかできると思うが、実際はどうなのだろう。
「魔獣ですか? どのような魔獣で何体いるのでしょうか?」
「狼が魔獣化したものじゃ。数は一体じゃろう」
魔獣化とは野生の動物が魔力を浴びることで巨大化や狂暴化する現象のことだ。空間に存在する魔力が動物たちに蓄積し、自然発生する場合や、人為的に作り出すケースもある。
「もしお主たちが魔獣を狩ることができたなら、特別に月の花をワシが咲かせてやろう。ワシは森の精霊じゃ。それくらいのことはできる」
精霊の言葉に、僕は希望に満ちた顔で、父を見る。すぐに父が了承の言葉を告げるのかと思ったけれど、何やら真剣に考えているようだ。
何を考えているのだろう。母を助けるには引き受けるしか手はないが、何か懸念があるのだろうか。僕が不思議に思っていると真剣な表情の父が僕に向かって告げた。
「この魔獣退治を引き受けた場合、お前を森の中に一人残すことは危険なので、戦いに連れていくしかない。だが魔獣退治はこれまでの道中とは比べ物にならないくらい危険だ。俺も全力でお前を守りながら戦うが、魔獣の動きは速い。全ての攻撃からお前を守ることはできないかもしれない。それでもお前に魔獣と戦う覚悟はあるか?」
どうやら父の懸念は僕の存在らしい。要するに僕が足手まといなので、父は魔獣退治を引き受けるのを迷っているのだ。父に覚悟を問われたが、僕の答えは初めから決まっている。何としてでも母を助けるのだ。
「覚悟は決まってる。やろうよ。父さん」
「そうか。なら引き受けよう。ただしこれだけは言っておく。決して無茶をするな。自分の身を守ることを最優先に考えて行動しろ。怪我をすることは避けられないかもしれないが、必ず生き残れ。お前を失ってまで母さんを助けても、残された俺たちは幸せにはなれない。お前は俺たちの宝なんだからな」
父の言葉に僕は素直にうなずく。
「わかったよ。父さん。無茶はしない。必ず生き残ると約束する」
「お前は俺のすぐ後ろに控えているだけでいい。魔獣は俺が倒す」
正直、ただの足手まといでしかない僕は、父の邪魔をしないようにすることくらいしか自分にできることがない。情けないけれど、仕方ない。
「話はまとまったかの?」
「はい、精霊様。この依頼、引き受けさせてもらいます」
「二人の話を聞いておったが、たしかに小僧については少し心配じゃの。なんか見るからに弱そうじゃ。簡単に食い殺されてしまいそうじゃの」
「うぐっ」
弱そう、といわれ僕は少し傷つく。たしかに父と比べて実力は雲泥の差なので、そうみられても仕方ないが、もう少しオブラートに包んでほしい。それに食い殺されるなんて死に方、絶対に嫌だ。
「仕方がないの。簡単に死なれても気分が悪くなりそうじゃ。少しパワーアップさせてやることにするかの」
「え? パワーアップ?」
「精霊様。そんなことができるのですか?」
僕と父が驚いていると、精霊が得意げに語り始める。
「ほっほっほ。ワシは森の精霊じゃからな。といってもできることは小僧に祝福を贈ることくらいじゃが」
「祝福を贈られると、どうなるのですか?」
「魔力特性が高いものなら、祝福を贈ることで魔法が使えるようになる。魔力特性が無いなら何も効果はないがな」
「あの、精霊様。僕は今まで剣士としての修行をしてきたので、魔力特性はないと思うんですけど」
「魔力特性は修行によって増減するようなものではない。生まれつきの才能のようなものじゃ。だから魔法使いとしての修行を今までしてこなくても何の問題もない」
なるほど。それなら僕にも魔力特性があるかもしれない。自分自身に自覚はないが、母が治癒士をしているので、多少は魔力特性があっても不思議ではない。
「精霊様。僕に魔力特性はありそうですか」
「ワシが見たところ、小僧には魔力特性が高そうじゃの」
「本当ですか?」
「間違いないじゃろう」
精霊の言葉が正しければ、僕は魔法が使えるようになるということだ。今まで父のような剣士になることを夢見て修行を積んできたので、魔法を使いたいと思ったことはなかった。
いきなり魔法が使えるようになると言われても、正直あまりピンとこない。でもまあ強くなれるのならと思い、精霊に頭を下げてお願いする。
「精霊様。僕に祝福をお願いします」
「よかろう」
次の瞬間、精霊の体が強く発光し、僕の視界が緑の光に包まれる。突然の出来事に僕は驚いたが不思議と眩しさはなく、ぬるま湯に浸かるような何だか温かい気持ちが湧いてくる。
精霊が発する強い緑の光は程なくして収まったが、僕の体がぼんやりと緑色に光っている。なんて神秘的で美しいんだろう。自分の身に起こっている事とは思えない。
これが精霊から祝福を贈られるということなのか。今更ながらこれは凄いことなのではないかという自覚が芽生える。
僕が自分の体を眺めていると、徐々に緑色の光が弱まっていき、しばらくすると完全に消えて元に戻った。
「どうじゃ。力を授かった気分は」
僕は目を閉じて自分の体の内側に意識を向ける。すると今まで感じたことがない感覚が宿っていることに気が付いた。これが魔力というものだろうか。
「すごく不思議な気分です。確かに魔力らしいものが体にみなぎっているんですけど、どうやって魔法を使ったらいいんでしょう」
「初歩的な魔法をいくつかワシが教えてやるわい。心配せんでもいい。すぐに覚えて使えるようになる」
「ありがとうございます。精霊様」
「あくまで初歩だけじゃ。強力な魔法を覚えたければ、後日自分で修行するなどして覚えるんじゃな」
「わかりました」
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