恋人を殺された怨みで復讐した僕、異世界転生したらチート能力を得たけど人生ハードモードでした 〜愛する人のためなら最凶にだってなれる僕が幸福を掴むまで〜

四月朔日燈里

第零章【名も無き星々の終日】

仮定〈血染めの星〉

「ッ……ハァー!! メンドクセェー!!!!

なんでオレらがあっちのケツ拭わねェといけねェんだよォ!」

「仕方ないだろう、それが機関われわれの仕事だ。

 というか書類を投げるんじゃない。皺になったらどうするんだ」


 ニ〇一五年、一月某日。日本:東京都某所、とある会議室。


 読んでも読んでも終わらない書類に苛立ち、男は書類を放り投げた。

 ひらひらと七枚ほどの紙が舞う。


 対面に座る女は男に注意して、下を向き続けたことで落ちてしまっていた眼鏡のブリッジを上げた。

 この空間にはその女ともう一人の男だけしかいない。


 舌打ちをした短髪の男は、宙に舞って床に落ちた書類を集める。



「っつてもよォ、オレらだってヒマじゃねェだろ。

 タダでさえ人手の少ねえウチで、コイツに出せるヤツいんのかよ」

「……私にそう言われてもだな。

 協会あちらで手が出せなくなったから、機関こちらに回ってきたのだろう。

 少なくとも、神秘を使用した犯罪者の捕縛は機関の領分であることは変わりない。野放しにしておくわけにはいかないからな」

「マジでメンドクセェ。

 まともな情報もねェし、ホントどうなってんだこの《血染めの星》さんはよォ」



 ぴんと太い指が紙を弾く。

 その紙には今回彼らに回された仕事の対象者、捕らえるべき凶悪犯の概要が示されていた。



「『性別は男。年齢は十代後半から二十代前半、身長は一七〇センチ、体型は痩せ気味。

 アジア系の黒髪黒目でこれといった特徴はなし』

 これでどうやって探せっつーんだ。無理だろ」

「探せばいくらでも出てくる特徴だな。

 それで見つかれば私達の出る幕はなかっただろう」

「そりゃそうだ。

 しかし、こんなどこにでもいそうなやつが、ねェ」



 十数枚ある書類の内、男はある一枚を手に取った。

 そこには、《血染めの星》と呼ばれる男の犯した罪が記されている。



「約二年で魔術師を三〇九人殺害、その内八割が犯罪指定」

「残り二割は犯罪指定されていなかっただけだがな。

 監査が入れば確実に黒になる者だ」

「どうやって調べてやがんだ。情報漏れてんのか?」



 本場のヨーロッパ諸国の魔術師がいとも容易く殺されている。

 日本と比べればあちらの魔術の浸透率は凄まじい。

 魔術学校なんてものがあるくらいだ。

 その分半人前の犯罪者も多いが、ここまで殺されるほど弱いわけではないだろう。


 犯罪指定されている者は加減というものを知らない。

 一歩間違えずとも、目の前にいるだけで殺されることだってある。

 なのにこの男はそれを全て掻い潜って、確実に命を奪っている。



「正義の味方気取りのイタイ奴なだけなら良かったんだがなァ。

 協会はなんでここまで放って置いたんだよ」

「犯罪指定されている者ばかりだから、死んでも死ななくても上層部は気にしなかったのだろう。

 問題になったのはその上層部で死亡者が出てからだ」


 

 残り二割の被害者、そのリストには協会の上層部に名を連ねていた者もいた。

 彼に殺されたということは、裏では非道な実験をやっていたのだろう。



「協会の腐敗っぷりが浮き彫りになるぜ。アッチの支部は何やってんだよ。

 なァドイツ所属さん」

「圧力が掛かってまともに動けないのは知っている筈だぞ、戯けが。

 今回だって協会内部で握り潰されていて、我々に情報が来たのは一週間前だ。

 日本と違って欧州は協会の力が強い。

 何度も言っているのに分からんとは、日本の鳥類はどうやら脳味噌まで発酵してしまっているようだな。

 ……しかし、こちらの不手際であったことには変わりない。この場を持って謝罪しよう。済まなかった」

「おうおう。

 素直に謝罪する気はあんのに罵倒はすんのかよ。誰が鳥頭だコラ」



 こういうところがあるからコイツは好きになれない。

 胸がデカいのは好みであるのだが。

 男はそう思いつつ、新たな書類に目を通した。


 対象が使用する武器は主に三つ。

 自動拳銃、大型ナイフ、爆弾。

 どれもが魔術による加工がされているようだ。

 また、現場の証拠から推測されたものであり、もっと武器を所持している可能性がある。



「どうしたもんかねェ。検討も付かん」

「現行犯逮捕。

 捜索ができないのなら、そうするしかないだろう」

「いつ起きるか分かんねェだろ。

 ……いや、分かるんだったか」

「ああ、ここに」



 薄手の白手袋で示されたのはとある文。

 『犯行は必ず星の見える夜に行われる』といったものだ。



「こんなんだから血染めの星なんて異名がついちまったワケか。

 随分ポエミーなこった」

「言い出した奴は知らんが、いつの間にか浸透していたようだな。

 我々には一切情報はなかったが」

「そうキレなさんなって。カルシウム足りてねェのか?」

「毎日ヨーグルトを食べている私に死角はない。

 無駄口を叩く暇があるなら、少しでもその足りない脳に情報を詰め込め。

 それぐらいならできるだろう」

「ったりめェだろ。簡単過ぎて寝ちまうわ」



 ソファの背凭れに身体を預け、また書類に視線を落とした。

 こういう仕事はいつも気が進まない。

 自分より幾つも年下の男を殺すことになるかもしれないのだ。

 随分前に常人の枠を抜け出したとはいえ、価値観まで変わってはいない。


 男は誰かを守るためにこの仕事に就いたのであり、誰かを殺すためではない。

 守るために殺すことはあれど、殺すこと自体が優先されることは絶対にない。

 そんな人間だった。


 目の前の女も冷徹だが、人間性を捨ててはいない。

 あくまで常人の域を脱したのが彼らというだけだ。


 越えてはいけない一線を飛び越えてしまったとき、彼らは互いを殺さねばならない。

 それぞれの大切なものを、世界を守るために。


 飲み慣れたコーヒーを啜る。

 血染めの星も、彼らと同じなのかもしれない。

 何かを守るために何かを殺す。

 肯定されるものではないが、本人にとって他の何物にも代えられないものだった可能性。


 誰か復讐か、世の浄化か。

 求めているものを知る由はない。

 兎にも角にも、男も女も仕事を遂行しなければいけなかった。


 今宵も、空には星が美しく煌めいている。




「お仕事完了っと」


 

 あかい。一言で表すならば、そうだった。

 明かりは灯らず、唯一の光源も破壊されている。

 どろりとした液体が飛び散り、鉄の臭いが充満していた。


 暗闇の中、一人男が立っている。

 足元には既に絶命した女がいた。



「魔術師って、なんでこういうことするんだか」


 

 男は自分が破壊した装置に視線を寄越した。

 チューブに繋がれた缶のような入れ物。

 謎の液体が溢れ、脳がくたりと置かれている。

 

 これらは女が人々を攫い、摘出した脳を保存していた装置だった。

 自身の研究のため、他人を幾度も殺したのである。



「……僕も他人のこと、言える立場じゃないけどさ」



 男は独りごちながらその場を去る。

 早く離れなければ、事態を察知した彼女の仲間に自分の存在が気付かれてしまうからだ。

 まだ捕まるのは早い。

 彼にはやらなければいけないことがあった。


 指折りと自身の記憶を頼りに計算をする。



「……まだまだ、だなあ」



 男は自分の目標達成までの道のりを測る。

 かなり進んではいるが、未だ遠い。


 家族を殺され、ただの人形ひとがたとなっていた自分をこの地まで連れて来たあの男。

 糞を煮込んだような性格で、礼を言う気は更々無い。


 しかし、技術はとても有用だった。

 自身をここに連れて来た点と技術だけは褒めてやってもいいだろう。

 上から目線なのは仕方がなかった。

 無力な自分に簡単に殺されてしまうほど、彼は愚かだったのだから。


 男はほくそ笑む。

 今まで引いた引金の数は覚えていない。

 ナイフを刺した回数も、爆弾で吹き飛ばした回数も、だ。


 約二年で三百以上の魔術師を殺した。

 ただの個人的な感情だけで。


 だって、当たり前だろう。

 自分のために人を殺す人間なんて、この世界にいちゃいけないのだから。


 男の目的はただ一つ。

 自分と同じ目に会う人間を減らすこと。

 そのためだったら犯罪者でも怪物でも、何にでもなってやる。


 あの日、あの場所で、ただの人間としての■■■は死んだ。

 ここにいるのは狂気の果てに生きる者。

 血染め星と揶揄される、ただの殺人鬼だ。


 白い新雪に赤が咲く。

 だがその赤も、上から全て覆われてしまう。


 男の行方は分からない。

 夜が明け太陽が姿を現しても、男の姿だけは見えなかった。


 星が見えるのは夜だけ、とでも言うように。






 これは、噛み合うはずのない歯車が噛み合った物語。

 救う者は救わず、救われる者は救われず、殺し殺されるだけ。


 運命の日まであと五年と三ヶ月。

 それまで男が生きているかは分からない。


 ただ一つだけ分かるのは────この世界は終焉に向かっている。

 それだけだ。

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