第3話

 使用人は少女を使舞踏会の会場であるホールから連れ出し、迷路のような城内を歩き回ると、ふと周囲の扉よりも装飾が少ない扉の前で止まった。


「騎士団長様、黒龍様を連れて参りました」


 と使用人が扉を叩けば、中からくぐもった声が聞こえてくる。


「どーぞ」


 使用人が音も立てずに扉を開けると、そこには舞踏会用の衣装に身を包んだ、上司であるアイザックの姿があった。


「ジョーンズ、お使いありがとう。下がっていいよ」

 アイザックは使用人を下げてから、少女にニヤニヤと揶揄うような笑みを向ける。

「いらっしゃい、黒龍サマ。急に呼び出してすまないね。ダンスを楽しんでいた途中だったろう?」

「いいえ。市井の出身なので舞踏はできません」

 しかし少女が知っているでしょう、と生真面目に答えれば、

「はぁー、これがジョークだって分かんないかな?」

 と面白くなさそうな反応が返ってくる。

「すみません。気分を害してしまったのならやり直しますが」

「いや、いいよ。ジョークが通じないのが君の良さでもあるしね」

「……」

 少女が戸惑ったような表情で、上司である男を見上げていれば、


「あのぉ、そのお方が護衛の騎士様ですか?」


 と遠慮がちな声で男に呼びかける者があった。

 見れば、純白の聖職衣装を身に纏った小太りな男が、柔らかそうなソファに腰掛けていた。その横には、同様の衣装に身を包んだ細身の青年が座っている。


「あぁ、すまないね、バロック神官殿。そうだよ、こいつが護衛の任に就く騎士団のエース、黒龍の騎士だ」

「おお!かの有名な黒龍様ですか!先の戦いでは敵陣を壊滅させ、我が国の勝利を導いたとか!」

「もうそんな話まで回っているのか」

「ええ、ええ。勿論ですとも!最初こそ悪戦だと噂されていましたが、勝利の一報が伝えられ、我らの祈りが聞かれたと、神殿は大騒ぎでしたから!」

「ははっ!ならば話が早そうですね。リアム、いつまで立ってるんだ?俺の隣に座れ」

「あ、はい……ひっ!」


 リアムと呼ばれた少女がいそいそと、アイザックの腰掛けるソファの端っこに座ると、あまりにも柔らかく、体が沈みそうになった。

 しかし、そんな彼女の様子に誰も気づくことはなく、話が進められようとしていた。


「リアム、この方々は聖ニコラ教会の高位神官であるバロック神官と、聖女マリアンヌ様の弟君であらせられる、イヴァン様だ」


 聖女様の弟君と紹介された青年は、王宮の壁に負けないくらい真っ白な髪に、白磁の肌を持ち合わせており、その美しさにリアムは一瞬だけ目を見張った。

 また彼はリアムと目が合うと、垂れ目がちな目尻をもっと下げて、柔らかい笑みを浮かべた。


 見たこともない笑顔にリアムが驚いていると、アイザックが挨拶をしろと小突いてくる。


「初めまして、バロック神官様、イヴァン様。ミリアムと申します。上司や同僚からはリアムと呼ばれています」

 と言ってからぺこりと頭をさげる。

「よろしくお願いします、黒龍さ……いえ、ミリアム様」

 バロックは思わず出た二つ名を、慌てて言い換えながらも挨拶を返してくる。

 その様子に、リアムは神官らしくないなと感じたのだった。

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