逆境和音怪奇録

小述トオリ

一章

#1 造花の世界

 芸能界という煌びやかな世界は、そのほとんどを造花が占めている。

 歌なんかではかっこつけて、そんな言い方をされることがある。

 綺麗に言った通称が造花、実態としてはリビングデッド、正式名称は彼方者あっちもの

 七歳になる前に死亡した人間へ与えられた、第二の生だ。


 タブレットのリマインダーが、今日の予定を見せてくる。

 今夜はスタジオでのカラオケコラボで、機材の調整と軽い声出しがあるから午後四時までに集合。

 十五分前には到着しておきたい、なんて逆算すると、家を出るまで二時間も無いくらい。

「そろそろ眠留みんとにモーニングコールするか……あと十五分待つか」

 VTuber神波かんぱネラの演者は二人居る。

 一卵性双生児の兄、眠留みんと

 弟の俺、白華はっか

 同じ意味を持つビジネスネームを使って二人で芸能活動しているけれど、表向きの演者はひとりだ。

 というか、一年前まではほとんど眠留みんとひとりで活動していた。


 芸能界っていうのはなかなかどうしてブラックで、売れっ子の先輩になると夜中までリハーサルした後、朝から撮影なんて話も聞く。

 ほぼ徹夜に近いスケジュールをこなした後に激辛料理やワサビの罰ゲームを受けてリアクションを出来る人の体力が信じられない。

 眠留みんとがそういうスケジュールをひとりでこなしていた時、罰ゲームでワサビ入りのシュークリームを食べた直後にその場で嘔吐したらしい。

 多分、俺が同じスケジュールで動いても同じ事故が発生するだろう。

 俺たちの体力は、少なくとも他の演者と比較すると足りないらしい。

 毎日のように配信をするという高すぎる前提の上で、台本を覚え、ゲームの練習をして、歌を覚え、打ち合わせをする。

 代わりの効かない演者という立場でありながらそれらの重すぎる荷物を背負う様は、生き急いでいるとしか感じられなかった。


 だから、二人で分かち合うことにした。

 昨日のゲームコラボに眠留みんとが参加して、今日のコラボでは歌う曲を分ける。

 そうやって分担することで、必要な時間も、体力も、覚えなければいけない歌や台本の量も、他の人の半分程度で済むから。

 

 ほぼ一年前。

 俺が神波かんぱネラに合流するタイミングで、天使の姿をした新衣装を公開した。

 俺が使っているのは基本的にその天使衣装だし、その日の新衣装お披露目配信をしたのも、新衣装配信の直後に公開された動画でハモリ以外を歌っているのも、その曲のミックスをしたのも俺だった。

 表向きには衣装のひとつに過ぎないそれが、俺にとっての初配信。

 衣装を見せている間、いつもと違うマイクを使っている話と装飾に関する気に入っているポイントの説明をして、配信の直後に歌のカバー動画を投稿して終わり。

 新衣装を着た神波かんぱネラの描かれた歌は、俺が主旋律を、眠留みんとがハモりを歌った。

 ボーカルとして二回表示された神波かんぱネラのクレジットは、もちろん意図的に入れたものだ。

 天使の新衣装姿が神羽かんぱネラの愛称で呼ばれ、神波かんぱネラが単独で投稿した他の歌の再生数をあの歌が数日で抜き去ったあの日以来、眠留みんとから言われた言葉がなんとなく胸中に留まっている。

「ほんとに、彼方者あっちものなんだな」

 なんて、化け物でも前にしたような目つきで。

 俺は三年前まで、兄貴の体に寄生していた腫瘍だったから、まあ化け物だと思われても無理はない。

 

 七つまでは神のうち。

 七歳までに死んでしまった子には、八百万の神が新たな命を授けてくれる。

 絵本なんかでは、そんな風に描かれている。

 赤ちゃんはコウノトリに運ばれて来ないが、神に関しては中らずと雖も遠からず。

 七歳未満の遺体に対し、火葬の際に儀式を行うと、おおよそ人間の姿で復活する。

 儀式の適合者が七歳未満であること、先の戦時中に儀式が使用され続けたこと。

 この二点をもって、七歳未満で死亡した児童への儀式は、当然のように行われる治療として広まったらしい。

 これを治療と呼ぶか、未だに世論は割れている。

 なんてったって、おおよそ人間はおおよそでしかないから。

 例えば髪の毛に細い蛇が混ざっていて、目が合った相手を石化させてしまう少女だって、戦時中に復活した彼方者あっちもののひとりだ。

 伝承上の存在に似た能力を持つ場合が多く、同時に彼方者あっちものの全員がリビングデッドでもある。

 伝承の存在と彼方者あっちものの存在についてはむしろ因果が逆か。

 彼方者あっちものとしての蘇生が確立される前に生まれていたごく少数の彼方者あっちものが、鬼やら人狼やらの伝承の元になっていた可能性の方が高い。

 彼方者あっちものの儀式については反対派もそれなりに居るらしいけれど、蘇生によって命を得られる以上、今のところ停止しそうな気配は無い。

 ただ、生者でも死者でも無い存在が少しずつ増え続けているだけだ。

 俺も、自分自身のことを人間だと考えていいのかどうかは未だに分からない。

 

 眠留みんとの体から、腫瘍としてバニシングツインの胎児が摘出されたのは三年前、兄貴は当時二十三歳。

 胎児は七歳以下であることから、法律通り火葬の際に儀式が行われ、成功。

 儀式の後、胎児が居た場所に座り込んでいたのは、兄の眠留みんとと瓜二つに見える青年こと俺だったらしい。

 まあ、復活直後の俺が二十代相応だったのなんて見てくれだけで、意思疎通も自力歩行も出来ず、まさに新生児同然だったらしいけれど。

 眠留みんとに寄生していた時期にある程度の知識は得られていたのか、半年後には中卒認定の問題を完答出来るようになっていた。

 眠留みんとのものだったんだろう、学生時代の記憶だって、朧気にではあるものの皆無ではない。

 つまり、この世に出生したのは三年前だけれど、俺の生物としての年齢は兄貴と同じ二十六歳。

 こんなケースは異例中の異例。

 法律も制度も何もかもが対応していないらしく、俺が今持っているのは役に立たない三歳児の戸籍と身分証だ。

 大前提として、彼方者あっちもの用の戸籍はシステム上、開始年齢を七歳以下にしか設定出来ない。

 さっさと対応して欲しいものの、双子の片方が出生前に片方の中に消えてしまい、かつ胎児が腫瘍として生き残り、二十年以上経ってから発見及び摘出されるなんていうレアケースに対応する需要がある訳もなく、あっという間に三年経った。


 まあ、俺が自分の体に馴染み、歩けるようになるまで一年半かかっているから、実際に生活の中で困り始めたのはつい最近だけれど。

 実際に新生児が歩けるようになるのは、およそ一歳半くらいらしいから、出生年相当で考えれば歩けるようになるまでかかった時間は妥当だ。

 二十六歳相当の能力と三歳児相当の能力が入り混じっているらしく、正直なところ自分でも何が出来て何が出来ないのか分からないことも多い。

 知識経験の偏りもすさまじいから、常識外れなのかどうかも判断がつかないし、何が分からないのか分からない、みたいな状態だ。

 出来ないの内訳にも、能力で出来ないことと、三歳児の身分証が枷になっていることの二種類があるし。

 例えば、眠留みんとは塾で採点のバイトをしているらしいけれど、三歳である俺にバイトは出来ない。

 俺というイレギュラーの塊が眠留みんとの代役を許されているのは、彼方者あっちものの多い芸能界だからこそ。

 演者としての設定にほんのひとさじ異形の要素を加えること、芸能界に適応する彼方者あっちものが多いこと、彼方者あっちものに異形の者が存在すること。

 それらの要素は噛み合って、現実と虚構の間を曖昧にする。

 

 蘇生の儀式によって脳が刺激されるなんて俗説もあるくらい、歌手、芸人、イラストレーター、まあとにかくそういう分野に彼方者あっちものは多い。

 俺みたいに年齢が理由のケースは珍しいにしたって、平均的な社会人ってやつをやれない場合が多すぎるからの気はしなくもないけれど。

 異能を活かすって、足が動かないことの何をどう活かすんだよ、なんて唾棄も耳に残っている。

 人間離れした何か以外での有名な特徴は、子孫を残す能力を失っていることと、特有の体臭を持つことの二つ。

 彼方者あっちものの多い芸能界では、香水の使用がマナーだ。

 彼方者あっちもの特有の強い花のような匂いが、才能の担保になってしまわないよう、芸能界の誰もが香水で花のような匂いをまき散らすようになった。

 眠留みんとも、スタジオで誰かと会う時はチョコミントの香水を使っているらしい。

 俺は体臭がハッカみたいだから、チョコレートの香水を使うことで、ちょうど眠留みんとと同じような匂いになる。

 まあ、空気清浄機がガンガンに効いているスタジオ以外では俺の匂いに眠留みんとが耐えられないらしく、毎日連絡を取り合うのに、同じ家に住んでいないどころかここ数か月会っていないけれど。

 

 眠留みんとが昼過ぎに起きて朝の五時くらいに寝る生活、俺が朝の五時までに起きて二十二時頃に寝る生活。

 基本的なスケジュールをこれに統一して、あらゆる連絡用のアカウントを共有することで、神波かんぱネラも傍目からは生き急いでいるひとりに見えている。

 配信のゴールデンタイムが二十一時以降だから、眠留みんとの方が若干、配信頻度が高いか。

 俺は眠留みんとが最近やっている音ゲーなんてクリア出来ないし、眠留みんとは俺が進めているRPGのストーリーを知らない。

 二人でひとりになろうとすればするほど、俺たちは別の人になっていく。

 昔の俺は、眠留みんとの一部だったのに。

 彼方者あっちものとして、別個体に切り離されただけで。


 通話アプリの通知音に、ふと思考と顔を上げた。

『おはよう』

 どうやら、モーニングコールは不要だったらしい。

眠留みんと、おあよう」

 寝起きのはずの眠留みんとより、俺の滑舌の方がよろしくない。

『ちょっといつもより声低いな。加湿器つけてた?』

「つけてた。最近喉に違和感あるんだよな。酷使してるつもりは無いんだけど。まあ、一週間くらい配信休んで様子見て、変わらなかったら病院行くから」

『そうしな。鋼のようなっていうか、鉱石の喉でも枯れるんだな』

「それな」

 俺の右腕は罅割れ、その間からは白い結晶が覗いている。

 部屋着にしている古いジャージの右袖を、白い結晶が突き破っていた。

 俺の名前である白華はっかという単語はコンクリートや木材の表面に出る白い汚れみたいなものを意味するらしい。

 名は体を表すにもほどがある。

「絶対原因ストレスだって。オフで人に会うのマジで嫌だ」

『分かる』

「また兄貴は別室なんでしょ」

『だって俺、他の人の顔見て話せないもん』

「自分と同じ顔の俺を見て吃るくらいだもんな」

 息を吐くだけの笑いを零したのは俺か、それとも兄貴か。

 彼と話す度、自分という存在がどろりと溶けていくような気がしていた。

 まるで同一人物だ。

 それくらい、俺達の話し方はよく似ていた。

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