009.戦闘実験No8

――蓄積情報が一定値に達しました

――これよりシステムのアップデートを実行いたします

――なお、本アップデートはシステムの運行と平行して行われるため、本アップデートに伴いシステムの運行が中断されることはありません


――支配領域が拡大しました

――権能:『領域操作』が解禁されました

――権能:『概念支配』が解禁されました

――権能:『魂魄干渉』が強化されました


――擬似機械神デムファの加護が強化されました



◇◇◇



――対象、023649番

――記憶の封印を確認

――戦闘能力拘束解除

――意識、覚醒


――おはようございます


「おはよう」「おあよー」「おはよ」「おっはよー」「…………」


かなりはっきりとしてきた声に反射的に挨拶を返すと、口から幾つもの言葉が飛び出してきた。全て同じ挨拶。でも、違う。僕がした挨拶と、僕以外の僕がしたあいさ、つ?


目を開けて身体を確認するけれど、おかしなところは特に無い。

身体は一つだけ。一つだよ。一つだね。一つだ。


頭の中で思考が反響しているみたい。

幾つもの思考がバラバラに流れて、少しだけ違う認識で物事を意識の内に取り込んでいる。

思考がまとまらないようでいて、一つ一つが個別に理解して知識に落とし込んでいる。

思考は各所で連鎖し、新たな知識を生み出して、僕の糧としている。


考えていることが制御できない。新たな知識は新たな疑問を産み、新たな答えはまた新たなる知識となり新たな疑問を産んでいく。そこに終わりはなく、誰かが終えようと願っても、他の誰かが続ける限り思考は終わらない。もう何も考えたくないのに、僕の意思を無視する意識が思考を続けている。


おかしい。狂ってる。なんで。

その時、意識の一つが自身に『看破』を発動した。


――システムのアップデートに伴い、各スキルの習熟度情報が追加されました


名前:023649番(狭間凪徒)

種族:鬼人 → 夜叉new

年齢:13歳

加護:擬似機械神デムファの加護

魔力:F

スキル:『火魔法:12%』『風魔法:6%』『魔力感知:7%』『水魔法:1%』『土魔法:2%』『魔力操作:10%』『精神異常耐性:18%』『看破:6%』『高速思考:0%』new『気配察知:2%』new『分裂思考:0%』new『威嚇:0%』new

称号:【修羅道】【四大を極めし者】【鬼の血】【殺意に呑まれし者】new


スキル

『高速思考』思考を常に高速化する。

『気配察知』周囲にいる者の気配を察知する。

『分裂思考』分裂し独立した複数の思考を同時に展開する。

『威嚇』敵意を相手に知覚させる。


称号

【殺意に呑まれし者】

強い殺意に呑まれ、己を見失った者に与えられる称号。

常に周囲に強い殺意を放ち続けることで、弱い者には恐怖を、強い者には敵意を抱かせる。


習熟度情報? いや、それよりもこれの原因は……。


『分裂思考』が思考を増やしているのだろうか? 『高速思考』が思考を高速化させている? 二つの相乗効果で暴走している? 能力になれていないせいで制御できていない? 『分割思考』が、『高速思考』が、相乗効果で、制御が……。


「うるさーいっ!」「うるさいっ」「あーうるさい」「うるさっ」「……うるさい」


全ての思考が同じように叫んで、すっと思考が静まった。

分裂して様々な方向から別々に考えていても、根っこのところは同じみたいだ。

強い意志が分裂した意思たちをまとめる要なのかもしれない。

僕がそんな事を考えていると、


――行動目標、扉の先へ


頭の中に声が響いた。それは最初に挨拶をしてきた声と同じもので、同時にいつかどこかで聞いたことのある気がする声で、少し機械的なイントネーションをした中世的な声音の声だった。

この声にはどこか抗いがたいものがある。


僕は寝かされていたベッドから降りると、部屋に唯一ある扉へと近づき開けた。

記憶にないのに見慣れた真っ白な廊下が何処までも続いている。

それについて何かを考えようとする思考を抑えて、何も考えず廊下を進む。何かを考え始めれば、また思考たちが暴走して今度は止めれないかもしれないから。


――扉を開きます


廊下の突き当りにあった扉の先。そこは広い、どこまでも続くような広い草原だった。四方八方には壁も天井も無い。


ガシャンと背後で扉の閉まる音がした。

振り返った背後からは、いつの間にか入ってきた扉が消えていた。


「……たいよう」


青空には白い雲と燦々と輝く太陽があった。

そこは、間違いなく外だった。

ここは、部屋の中の筈だと思っていたのだけれど。


ガシャンと音が鳴り、僕の前方に人が立っていた。まるでそこに最初からいたかのように、草原の真ん中に突然現れたように見える。


――023649番の入室を確認

――029411番の入室を確認

――室内全域に特殊戦闘領域を展開


遠くにいる相手は、異様な雰囲気を放っている。

なんだろう、この相手はとても危険な気が


――戦闘、開始


その瞬間、疑問は消え、殺意が全てを塗りつぶした。

強力な殺意が自分の内で分かたれた幾つもの意識を一つの方向へ、相手を殺すために集中する。


『気配察知』起動。『魔力感知』起動。『看破』起動。



名前:029411番(逆屍悠)

種族:剣神

年齢:23

加護:擬似機械神デムファの加護

気力:A

スキル:『剣の理:0%』

称号:【剣の才】【鬼の血】【無情】【剣聖】【剣の頂】【統合者】


スキル

『剣神』魂の形を表したもの。


称号

【剣の才】

剣を扱うことに秀でた者へ贈られる称号。

剣を使った行動に補正が掛かる。


【無情】

相手に対する情を無くした者に贈られる称号。

心より情念を排することで、戦闘での躊躇いを無くす。戦闘時の判断能力に補正が掛かるが、他者との共感能力にマイナスの補正が掛かる。


【剣聖】

剣の極みに到る道へ到達した者に贈られる称号。

剣を使ったスキルに大きく補正が掛かる。


【剣の頂】

剣を極めた者に贈られる称号。

剣を使ったスキルに極めて大きく補正が掛かる。


【統合者】

多くのスキルを統合した者に贈られる称号。

スキルの習熟度上昇に補正が掛かる。



剣術関係のスキルと推測。


「疾風」


四つのスキルが全く同時に起動した。

そしてそれぞれの意思が、それぞれのスキルを独自に維持し続ける。

さらに別の意思は、目視で相手の行動を観察しつつ、もう一つの意思が身体を相手へと動かした。

風魔法によって生まれた追い風を背後から受けながら、僕は最速で相手へと近づいていく。

そして僕はそのまま右手を構えた。


「炎剣」


火魔法により生み出したのは炎の剣。幅広で分厚く長いその剣は、鉄で出来ていたのなら振り回すのに苦労したことだろうけど、これは炎で出来た剣だから重さは一切関係ない。

相手はいつの間にか右手に剣を持っていた。問題ない。『看破』でスキルを見て、それは想像していたから。

間合いは圧倒的にこちらが上で、『風魔法』の疾風で速度を上げ続け、『気配察知』で相手の位置を正確に把握、あとはこれを振り下ろすだけで決着が付く。

しかし、


あ。


強い死の予感が、一つの意思を殺意から呼び戻し、僕の身体はその意志に従って背後へ跳び退いた。

そんな僕の鼻先をすっと何かが通り過ぎだ。それは狭い空白の隙間を通すかのような精密精緻な一閃で、軽やかに通り過ぎた後にはしかし、斬り裂かれて消え行く炎の剣の刀身があった。


炎剣は炎で出来た剣だ。ただ剣で斬り裂いたって簡単にかき消えたりはしない。

それが消え去るということは、炎ではなくその素である魔法自体が斬られたということ。

『看破』した相手の詳細に神の字が見えたときから、嫌な予感があったんだと思う。でも殺意がその思考を塗りつぶしていた。


この相手は強すぎる。今の僕と比べて明らかに存在としての格が違う。

かなりの間合いをとったけれど、それでもなお危険を感じる。僕はさらに相手との距離をとろうとして、しかし身体は前へと向かっていた。

殺意に支配された意思が、再度身体の主導権を奪い返したのだ。


「紅蓮竜巻」


二つの意思が風と火の魔法を同時に発動し、大きな炎を飲み込んだ回転する風が燃えさかる竜巻となって、相手へと向かう。

さらに、


「石飛礫」


一つの意思が幾つもの鋭く尖った石の破片を隙間無く相手に向けて放った。

その上で僕の身体はもう一つの意思に従い、炎の竜巻に向けて突っ込んだ。

相手の視界を奪い、無数の細かな攻撃で集中を邪魔し、至近距離へと肉迫して魔法を当てる。

多少身体が傷つこうと構わないという捨て身の攻撃だ。

一つ残った意思が危険だとどれだけ叫んでも、殺意に支配された他の四つの意思は止まらない。分かたれた五つの意思はどれもが対等のようで、だからこそ数が身体の主導権に強く関係するみたいだ。


それでも五つに分裂したことで、以前なら完全に殺意へ呑まれていた意思が正気を保てているのは、果たして幸運だったのか、あるいは不運であったのか。

自分の意思を無視する身体は、避けるべきだと本能が告げる死地へ向かっていく。それを正気の意思は止められず、ただただ認識し続けることしかできない。


無数の煌きが紅蓮の竜巻と石飛礫の群れを丁寧になぞっていく。それは刃の軌跡だった。僅かに先行していた右腕が細切れにされていく。それでも僕の身体は、僕の意思は止まらない。だから正気の僕は別の手を使う。


「水球」


まだ残る紅蓮の竜巻に向かって、眼前に発生させた巨大な水球を突っ込んだのだ。

高温により熱せられた水球が一瞬で沸騰し、生じた水蒸気が水球の内側から噴き出して、その場に大爆発を起こした。

僕の身体は爆風に飛ばされて無理やり相手から距離をとった。

これで仕切り直しだ。


巻き起こった蒸気と土埃が、相手との間に厚い壁を作っている。

しかし、『気配察知』が相手の居場所を僕に知らせてくれる。

相手が剣を一閃すると、蒸気と土煙に煌きが走り、左右に分かたれ消え去った。

斬撃の質は最高、速度は刹那を超え、物量にも問題なく対処する。純粋にして圧倒的な強さだ。


だが僕の左腕が消し斬られたことで、僕の意思に変化があった。生き残りたいという意思が、もう一つの意思を殺意から解放したのだ。これで、殺意に呑まれた意思が三つ、正気が二つ。

数の上ではまだ少ないけれど、なんとか身体を止めて『高速思考』で考える時間くらいはある。こちらの殺意を警戒しているのか、相手もあえて自分から近づくことは無く、こちらが動くのを待っているよう。


このまま殺意に任せて突っ込めば、死んでしまう。でも、守りに回ってはいつまでも勝てない。正気の僕には勝ち目は見えない。なら、この戦いに勝つには、勝つために手段を選ばない殺意が必要だ。

丁度、今の意思はバランスよく存在している。攻めと守りを全力で行えれば……いや行うしかないんだ。


死なないために。生き残るために。

力を手に入れるために。

最強となるためには。


ここを超える。


殺意は相手を観察し、相手の弱点を探し出し、そこへの経路を無理矢理にでも作り出す。

そして正気を保つ僕は、


「チッ」


『精神異常耐性』を敢えて弱め、感じた恐怖を信じて死線から遠ざかる。


「石柱」「疾風」


自分の真下に石で出来た柱を生やし、その反動で身体を打ち上げ、風を利用してさらに高く飛び上がった。

今の僕なら自由自在とはいかないまでも、ある程度は空中でも動き回れる。


下からの風に乗って落下速度をゆるめた僕は、先程見た一瞬の光景を考える。

刃が僕の居た場所を切り裂いた。風の刃かとも思ったけれど、一瞬見えたのは確かに実体を持った剣だった。何もない空間へ刃の先端がすぅっと消えていった。

あれは空間を、僕との距離を斬り裂いたんだ。何でも斬れる。あの相手はまさにそれを体現している。

まさしく剣の神の如く。

どんな攻撃も斬り裂かれる。

ならこれはどうだろう。


遠く離れた位置に着地した僕は即座に相手へと右手を向けた。


「真空球牢」


相手の周りの風を操って、男の周りから一瞬だけ空気を消し去る。

息が吸えなきゃどうなる。

けれど、男が無造作に剣を一振りすると、風が僕の支配を逃れて魔法は現象を完結させることなく消え去った。


「水球牢」


水でも試してみたけれど、男がまた無造作に剣を降ることで僕の操作から外れた水は落下し地面をぬらした。


時間切れだ。

僕の足が相手へと向かう。

手足が殺気に乗せられる。


「疾風」


背後に追い風を加えて、さらに速度を上げていく。

作戦は伝わってこない。それはつまり行き当たりばったりということ。でも道が見えていないわけじゃない。可能性という名の道は、相手に近づけば近づくほど増えていき、そのほとんどは行き止まりだけれど、一つ必ず突き抜けられる場所があるのだと殺意の勘が告げている。


もっと相手に近づいて、もっと相手を観察して、道筋を探す。

そして殺意が探した道を、今度は僕が我が身を護りながら進むのだ。最低でも死ななければ何とかなる。なぜかそこにも確信があった。

命だけは守りきる。なぜならそこは必ずや、僕の死地でもあるだろうから。


観察した情報は極限まで高速化された思考で解析し、その先を推測していく。一つの意思を目一杯使うことで、最大限の効率を叩き出す。

相手の動き、その起点を見極める。

身体を横にずらすと、刃がそこを通過していく。ギリギリだ。ほんの瞬きほどの遅れが致命傷へと発展する。

連続して繰り出される刃を、『高速思考』と『分裂思考』と運で交わしていく。きっとどれか一つでも抜けていればどこかで終わっていただろう。


相手の懐に入る。ここならば剣では斬りにくいだろう。

しかし、相手は剣の神の名を冠する者。即座に左手へ手から肘ほどの長さの短剣を生み出した。

相手の間合いが内に広がる。


「落穴針山」


その瞬間、殺意の一つが土魔法を発動した。相手の真下に突然空いた穴と底に置かれた石針の山。この近さなら、流石に斬られるよりも顕現速度の方が早い。

相手はそれを認識した瞬間、下に向けて剣を振るう。何を斬るつもりかは知らないが、それが落とし穴への対処であり、僕への攻撃ではないことは即座に分かった。


この一手、これが袋小路の抜け道だ。


殺意が魔力を解放する。命まで削り、力を高め魔法を放つ。

炎では遅い、土も水もあれへ届く前に斬られるだろう。最速を思い描けるものを、鋭く鋭利な風の刃を。


「烈風刃」


最大の魔力と生命力をギリギリまで込めた最速の一撃。それは通った後に微風を残し、相手の身体はその場でずれて地の底へと落ちていく。


僕の髪が数本、風に舞った。

僕が放った風の刃が相手を斬り裂く瞬間、相手は守るのでも避けるのでも無く、攻撃に出ていたのだ。

正気の意思が咄嗟に避けていなければ、相手の胴体を斬り裂いたと同時に、僕は首を飛ばされていた事だろう。

殺意だけで動いていたら、ここが僕の終わりだった。双方が死線に踏み込んだあの瞬間、僕を殺すことを優先したこの相手のように。


――029411番の死亡を確認

――023649番の生存を確認

――戦闘終了


三つの意思を支配していた殺意が抑えられ、消えていく。

相手はもう、動かない。


――029411番の魂が023649番へと吸収されます


アナウンスの声にはっとした。

そうだ、決めなくちゃ。


――戦闘後結果を精算

――未消化の魂を一個確認

――スキルの取得を開始


願いを強く意識する。最強を目指すためのここでの目的。

世界の理に干渉する力。

『分裂思考』の全てで以て、願う。


――魂源衝動への意識の逆侵入を確認

――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます

――スキル『光魔法』を習得しました


出来た。


――全工程終了

――023649番の魂への強制干渉、意識を強制睡眠へ移行


嫌、もっと……


――スキル『精神異常耐性』発動、ジャッジメントシステムからの干渉に抵抗


――抵抗失敗


――スキル『分裂思考』を展開。再度、スキル『精神異常耐性』を発動


――意思一、抵抗失敗。意思二、抵抗失敗。意思三、抵抗失敗。意思四、抵抗失敗


――意思五……抵抗失敗


――意識が消失します


――023649番の危険性を確認

――023649番を一時隔離します






―――――――――――――――――

神滅プロジェクト

029411番 年齢:23歳 性別:男 種族:剣神

スキル:『剣の理』

称号:【剣の才】【鬼の血】【無情】【剣聖】【剣の頂】【統合者】

願望:剣の頂へ至る

―――――――――――――――――



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