005.戦闘実験No5

 ようこそ神滅機関へ、男は狂った瞳で笑っていた。


 ◇◇◇


 ――対象、023649番

 ――記憶の封印を確認

 ――戦闘能力拘束解除

 ――意識、覚醒


 ――おはようございます


「ぁあっ!」


 目が覚めた瞬間、右手を確認する。そこには当たり前のように右手があって、僕の操る通りにグーとパーを繰り返していた。

 何も異常はない。消えていない。削れていない。ましてや、喰われてなどいない。


「はぁっはぁっはぁ――」


 だというのに僕の心は酷く乱れて、まるで今のこの右手を否定しているみたいだった。

 しっかりとここにあるのに。間違いなくこれは、僕の手だというのに。

 不安が消えなくて、何度も何度も手を開いたり閉じたり繰り返していた。


 ――行動目標、扉の先へ


「ん?」


 突然意識に扉が割り込んできた。部屋についているただ一つの出口。周りと同じ真っ白な扉。

 僕は寝かされていたらしいベッドから降りると、近づいて扉を開いた。そのまま廊下の先を進んでいく。右手はまだ、開けると閉じるを繰り返している。

 そうして僕は大きな木と鉄でできた扉の前までやってきた。


 ――扉を開きます


 扉が上にスライドして開く。その先からは陽光が差し込んでいた。

 扉を潜り抜けてみると、そこは小高い丘の上にある草原だった。太陽が燦々と輝き、風が草花を揺らしている。遠くには大きな入道雲。夏の高原といった様相だ。

 ただ、よくよく見てみれば雲は壁や天井に書かれた絵で、陽光の発生源は人工の照明だった。四方は何処までも続く草原も壁に書かれた絵であり、風は壁に取り付けられた格子の先から吹き込んでいた。あれは、エアコンかな?

 嘘で出来たそれらは、けれどとても良くできていた。少なくとも一瞬本物と見間違う程度には本物に近い、随分と手の込んだ作りだった。

 でもまあ、悪くないかな。久しぶりの解放感を感じる。外にいるみたいだ。中なのに。いやそれよりも、久しぶりっていつぶりだっけ?

 いつ……


 ――023649番の入室を確認

 ――013547番の入室を確認

 ――室内全域に特殊戦闘領域を展開


 遠い反対側にも扉があって、そこから誰かが入ってきた。

 人。たぶん、男の人。裾の長い白い半袖シャツと白のハーフパンツを履いている。僕と同じ格好。背丈は僕よりずっと高い。年齢はたぶん高校生か大学生くらい。

 そして、目がとても鋭い。離れていても分かるほどに、尋常じゃない雰囲気を醸し出している。とても危ない人だ。


 ――戦闘、開始


 殺意が僕の内から溢れ出したその瞬間、相手の姿が消えた。

 消えたのか、消えたように見えたのか。その答えはすぐに見つかった。僕の内に宿る力と同じものを相手からも感じるのだ。そんな相手の持つ力を感じて僕がそちらに視線をやると、姿勢を低くしてすごい速度で走り寄ってくる相手の姿が目に映った。

 その速度は車よりも速い。でも、決して目にも止まらぬというような速度じゃない。この相手はとてつもなく速い。でも、消えたのは速さだけが原因じゃないと殺意が囁いている。重要なことだと思うけど、悠長に考えている時間は無い。


 僕は咄嗟に右手を突き出し、周囲に炎をまき散らした。

 青々と茂る草は、しかし高い火力によって一瞬で燃え上がった。それは僕と相手を隔てる炎の壁となる。

 その後ろで僕は相手の力を感じることで相手の位置を見極めつつ、炎の壁を目隠しにその場から離れたのだけれど。


 炎の壁が突然、さらに激しく燃え上がると、それらは幾つかに別れて収縮し、矢のような形となって僕に向けて放たれた。

 相手にも力がある。僕と同じ火を使う。相手はそれを自在に操る。僕の炎も操る対象。

 目の前に迫る脅威に対して、冷静な思考が導き出した分析を、出来た端から頭の中に並べ立てていく。僕はそれを認識しつつ、火の矢に右手を向けて水を周囲にばらまいた。火の矢は水に触れるとじゅっという音とともに、少量の水を蒸発させて消えていった。火は消えて、残ったのは黒こげの草原のみ。相手がいない。


 瞬時に相手の力を感知する。


 力が六つ! 大きなのが右に一つに、小さなのが左に五つ。


「火遁、炎手裏剣」


 その言葉が右手から聞こえたのと、僕が右手を背後に突き出して跳び上がったのはほぼ同時。風が僕の右手より吹き荒れて、空中にいた僕の身体を前へ向けて吹き飛ばした。

 視界の端には左側から襲い来る小さな炎が回転しつつ、僕がさっきまでいた場所へ突き刺さるのが見えた。地面を穿つ小さな炎は星型から一つ角を減らしたような、つまりは手裏剣の形をしていて、それは地面に突き刺さることで一端停止した後に、その場で小規模な爆発を引き起こした。


 さっきの火の矢に似ている。けれどあれよりも、もっと力が凝縮していて、もっと形が整っていた。それは相手が寸前口にした言葉の影響か、はたまた得意な得物だからか。

 殺意が囁く。あの炎の手裏剣は僕の水では防げないと。


 力を感知出来ていなければ、声の方に視線が行って逃げ遅れていたことだろう。

 草原をゴロゴロと二回転した後に、ぱっと起き上がって相手を視界に納める。

 けれど、目に過信はしない。二度も見失っているのだ。力の感知は継続しておく。


 案の定、一瞬その姿を見失ったけれど、力を感知し続けていた為にすぐその姿を捉えることができた。

 やっぱり速度だけじゃない。消えている訳でも無い。しっかりと視界に収められた状態から、相手に姿を見失わされたのだ。恐らく走る時にほとんどしない足音のせいもあるんだろうけど、一番大切なのは意識の隙をつく技術だと思う。

 これは、初めから戦い方を知っている人だ。


「火遁、焔丸」


 殺意が身体を動かして、背後からの一撃を避ける。

 振り返ったそこにいたのは、炎で出来た刀を握った相手の姿。と、斬り飛ばされた僕の左腕。傷口が焼けて出血は無い。痛みは、感じ始めるよりも先に、殺意に押しつぶされた。


 痛みを感じている暇があるのなら、目の前の敵を殺せ。


 右手で殴り掛かったが、その服に触れる事すら出来ずに躱された。当たらない。

 火を使えば、この辺り一帯焼野原に出来れば、でもこの相手は火を操る。


 あと使える手持ちは風と水。大切なのは当てる方法。左腕が無い事も意識しておく。

 まずは、風。

 振り向くことをせず、感知した相手の力のある場所へ風の塊を放つ。

 腕を振る動作は分かりやすくばれやすい。この相手にまだ風は使っていないけど、それを勘で察知するくらいやってのける。正体が分からなくても風は避けやすい。まだ全力で行くわけにはいかないのだから、余波も無い様な風の塊なんて容易く避けてしまうだろう。


 だからそうならないように、小さくした風の塊を三つ、真ん中と左右を潰すように放った。

 相手の速さも計算に入れた風の塊は、案の定真ん中は避けられたけれど、右側が相手の左腕に命中。その瞬間、右手に持っていた炎の刀が霧散した。

 逆の手に持っていた炎の刀が消えた。直接的な関係ではない。痛みや驚きによる集中力の欠如。集中しなければ、形を持った炎は維持できない?

 感知した力の位置によって、風の塊が当たった場所と相手の刀が消えた瞬間が分かった。そこから矢継ぎ早に思考が情報を整理していく。

 火を維持して操る力。形を変えることで色々と便利なように見えたけど、その分それなりの集中がいるのかも。


「火遁、焔丸」


 もう一度、相手が炎の刀を出してくる。けれどそれは、先ほどのものよりも若干短く、刃も鋭さを落としていた。

 そして相手が走り出す。僕はもう相手を目で追わない。相手ももう僕が目以外で相手の動きを追っていることを分かっているだろうし、目で追っても無駄なのは分かったから。

 相変わらず動きは早い。それによく観察すれば一歩一歩に独特な緩急をつけていることがわかる。その緩急も規則性があるように感じるけれど、たまにそこから逸脱する。とても、捉えにくい。


 相手の炎の刀から感じる力は、時間が経つ毎に洗練されていく。左手の痛みにより乱れた集中が、再度練り直されているのだろう。


 いつ、来るのか。


 相手の動きに集中しつつも、集中しすぎないように全体を捉え続けるのはかなり難しい。でもどちらかに偏れば、この相手を見失う。こちらが相手を見失えば、相手は即座に命を奪いにくるだろう。


 僕はその難しいバランスをひたすらに維持し続けた。

 そしてもう何度目かも分からない規則性から逸脱した停止の次の瞬間、相手がこちらに襲いかかってきた。相手の位置は僕から見て右手側、まだ僕は相手の動きを捉えている。

 その動きに合わせるように、反撃を繰り出そうとして。


 その時、殺意が僕の動きを否定した。


 違う。

 視界内の動きがその速度を緩める。果てしなく遅く、一秒をどこまでも延ばしていく。

 感知した力の位置に敵はいない。いるのは、その逆!

 右側に伸ばしかけた右手を反対側へ持って行く。

 視界に映る敵の姿。その手に炎の刀は握られていない。


 背後から迫る灼熱の気配。それは炎の刀が放つ熱量を優に超えている。どうなっているのか想像はできるけど、今はおいておく。

 伸ばした右手は相手の顔面へ。火はダメ。風は足りない。だから、水。

 大量に変換した水を相手の体にまとわりつかせる。相手が火を操っていたように、流れる水を無理矢理その場に留めおく。


 水に変換した以上の力が僕の中からゴリゴリと削られていくのを感じる。それはあっという間に使い切って、命にまで手を着け出す。


 秒で削れていく命。けれど、それに見合った成果もある。

 水に顔面を覆われた相手はそこから抜け出そうと跳び退くが、追随する水は顔面から離れない。腕を伸ばして取り払おうとしても、水は水、掴むことも払うことも出来はしない。


 その時、僕の隣を炎の塊が通り過ぎた。

 それは辛うじて人型を模った炎。その右手らしき部分には炎の刀が取り付けられている。

 相手から力はもう感じない。代わりにその人型の炎から力を感じる。

 こちらが力を感じていることを、相手も気付いていたのだろう。だから、力の全てを炎に変えて同時に攻めたのだ。力に気をとられていれば、本命に気付けない。それが相手の作戦。

 であれば、相手が使える最後の火こそが、この人型の炎。水を蒸発させようと近づく人型の炎に応じて、僕は水を相手の鼻と口の奥へと集中させた。


 人型の炎が手を出そうにもすでに水は喉の奥底。手を突っ込めば、さらに状況は悪化する。

 気道が塞がれ空気を吸えず酸素が脳に届かないせいか、相手の意識は混乱状態にあるようだ。人型の炎は右往左往するばかりで、相手を助けることも僕を殺すことも選べずにいる。

 その間も僕の命はじりじりと削られていく。

 ゴボリと水の奥底から、空気の塊が浮き上がり。


 ――013547番の死亡を確認

 ――023649番の生存を確認

 ――戦闘終了


 相手がどさりと倒れた瞬間、ざばーと水が流れ落ちる。力を維持する必要がなくなり、命を削る動きも止まる。

 ふらふらする。左腕が無く、命も大分削れている。酷い、酷い状況だ。

 でもまだ、意識はある。

 その分、前よりはマシなんだろう。


 前、より、は?



 ――013547番の魂が023649番へと吸収されます



 力が相手の骸より流れ込んでくる。力が、力が、力がががが――………





―――――――――――――――――

神滅プロジェクト

013547番 年齢:18歳 性別:男

スキル:『火魔法』『魔力感知』『魔力操作』『敏捷強化』

願望:禍ツ神の討滅

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