伝説の勇者を待つ者

のらすけ

第1話_警備端末つけませんか?

 木々の隙間から清い光が差し込んでいた。

 老人の前を通り過ぎ、20段の祭壇をゆっくり上がる。

 祭壇の上から見える独特の雰囲気。祭壇の周りには妖精やドワーフが固唾を飲んで見守っている。静寂に包まれ、木々が揺れる音すら騒音に感じる。

 祭壇に、1本の剣が突き刺さっている。

 長い年月その状態だったのだろう。突き刺さった剣の際まで草が生えており、その地表の様子は見えなかった。だが、その年月を感じさせないその刃。その刃は水滴が溢れ出てくるのではないかと思わせるような潤いのある光沢があった。

 柄を握り、力を込める。

 まばゆい光と共に、その剣がゆっくり抜ける。

 そのまま剣を天に掲げた。その剣は光を反射させ、周囲を明るく照らした。

 静寂が破れ、歓喜の声が上がった。


 「よかったなぁ、ホント、よかったなぁ」

 視界が徐々にぼやけてくる。近くにあったティッシュ2枚引き抜き目元をぬぐう。視界が戻ってきた。

 手の中にあるゲーム機のモニターの中で、主人公が掲げていた剣を軽やかに振り回した。その主人公は何事もなく、祭壇を降りていった。いや、操作しただけなのだが。

 だが、俺にとっては特別な光景なのだ。いや、一族にとってだな。


 一ノ瀬健太郎はティッシュを捨てた。

 わが一族、一ノ瀬家は伝説の勇者が引き抜く聖剣を守護する一族。

 健太郎は振り返り、家の奥に視線をやる。

 戸建て2階建ての1階中央に土間があるという特殊な間取り。だが理由がある。俺の視線の先の土間中央に、聖剣が突き刺さっていた。


 大事なところだからもう一度言おう。

 一ノ瀬家は先祖代々聖剣を守護する一族。だが、いまだ、聖剣を引き抜く勇者が来ない。それどころか、魔王も出現していない。


 健太郎はため息をつきながら、視線を店先に戻した。

 健太郎が座っているレジカウンターの所から、印鑑、文房具、駄菓子が並び、店の引き戸の向こうは通りが見えている。車どころか人の姿も見えなかった。平日の日中はこんなものだ。

 この文房具屋と言っていいのかどうかも怪しいお店を継いで2年。毎日、こんな日々を過ごしている。

 オヤジは文房具一本でこの店を切り盛りしていた。手先が器用なオヤジは印鑑を彫る技術も持っていた。だが、健太郎にはそんなものはない。ゲームで多用する親指は器用だが、職人的なスキルはない。いや、そもそも興味がない。

 それに時代も変わってきている。こんな個人商店に行かなくても、全国チェーンの文具専門店に行けば、大体の名字はそろっている。しかも、安い。店を引き継ぐ前から、印鑑の受注はなくなっていた。

 ただ、客が減ったからといって指をくわえて待っていても好転しないくらいもわかる。いわゆる『客引きパンダ』効果を狙い、店頭入口付近に駄菓子を並べていた。近所の子供がよってくれば、ついでに文房具でも買ってくれるだろうと。

 だが、今考えれば、自分が子供の時までだよな。

 今はコンビニがある。コンビニの方が便利だ。


 だからと言って、この店をたたんでもっと商売に適した立地で商売する、もしくは、都会に引っ越しするということはできない。

 なぜなら、一ノ瀬家は聖剣を守護する一族だから。そもそも、聖剣が抜けない。


 ゲーム機のモニターの中で、聖剣を手にしている伝説の勇者がフリーズしていた。操作待ち状態だ。

 軽やかな音楽が流れているが、健太郎の気分は軽やかではなかった。操作をし、ゲームを中断させた。

 ゲームを辞めたからといって、何か急ぎしないといけないことがあるわけではない。平日の日中は暇なものだ。こんな時間帯に文房具を買いに来る客がいるとも思えないし。

 それに、70坪の敷地。田舎のこの地で70坪なんて大きい方じゃない。戸建て2階建て、店舗兼住居で、駐車スペースは2台程度。車移動必須のこの田舎に駐車スペースが少ない店舗経営は無謀だ。赤字経営まっしぐら。早くこの「聖剣」詐欺から逃れたい。


 健太郎は、未だに、あれが聖剣なんて信じてない。

 さっきのゲームを見ただろ。聖剣って、「死の森」とか、「帰らずの湿地」みたいな、なんかワクワクするようなヤバい名前にあるものだ。普通、文房具なんかにないよね。ほんと。

 それに、聖剣を守っているのは、老人、ドワーフ、妖精的なアレだよね。俺、普通の人間だし。元サラリーマンだし。文房具屋だし。そりゃあ、ドワーフを連想させるような低身長であるけど。それでも、160センチ付近だからアニメで見るようなドワーフの身長じゃない。

 それに……


 健太郎は土間に刺さっている聖剣の方を見る。

 聖剣って、西洋の騎士を連想させる両刃の剣だよね。あそこに刺さっている剣。片刃で反りがある刀身。どう考えても日本刀ですけど。


 オヤジには内緒だが、試したことがある。

 1年くらい前、刀が折れればラッキーとばかりに、太くて硬めの大根を台所から持ってきて、野球のバッターの如く、刀に向ってフルスイングした。

 結果は大根が抵抗なくきれいに真っ二つ。さすがは聖剣。いや、よく切れる包丁か。


 ただ、本当にあの聖剣抜けないんだよな。土間としてはいるが、コンクリートで固めているわけではない。刀が刺さっている部分は、地面をむき出しにしている。

 筋肉に自信があるわけではないが、何度か引き抜こうと挑戦はした。本当に抜けないんだよ。


 健太郎はレジカウンターを離れ、聖剣の柄を両手で握り引き抜こうとした。が、やはりびくともしない。てのひらが痛くなっただけだ。


 店の方からがらりと引き戸を開ける音がした。続けて、チャイムが鳴った。客が店内に入ってくると、人感センサーでピンポーンとチャイムが鳴る仕組みをつけている。

 別に慌てる必要もない。そんな急ぎ客じゃあないだろう。

 店内に戻ると、スーツ姿で笑みを浮かべている若い男が立っていた。パッと見た感じ20代前半。俺を見るなり、腰を折って深く頭を下げてきた。首から垂れ下がるネックストラップ。


 ……営業マンか?


 違うかもしれないので「いらっしゃいませ」と言ってみた。健太郎を見るなり、ポケットから名刺を取り出した。


 ご名答。何ももらえないけど。


 「私、警備会社セコソックの田中と申します」と両手で丁寧に名刺を出してきた。俺もこの文房具屋を継ぐまでは営業の仕事をしていたので、目の前の営業マンの気持ちはわかる。

 断れられても、断れられても特攻する飛び込み営業。帰社して日報を作成し、今日の成果を報告する。ため息をつかれながら上司にキツめの一言、二言を言われる。

 健太郎は勝手に想像していた。


 わかるよ。わかる。キミの気持ちはよく分かる。だから、せめて名刺だけは受け取っておくよ。


 出された名刺を両手で受け取った。

 「今、この周辺の店舗様にご挨拶に回らさせて頂いておりまして……」

 「そうなんですね。でも、うちは盗まれるもんなんてないですよ」

 「ですが、こちらには先祖代々伝わる品があるから行ってみたらと、この周辺の皆様が同じこと言われていましたので」


 えっと、近所の皆さんは仲間じゃなかったの?

 完全に、この営業マンをこっちに丸投げしている。いや、面白がっている可能性の方が高い。我が家の聖剣は、近所でも有名だから。

 この営業マンは、近所から何と言われたのか?俺は恐る恐る「何て言われた?」と聞いてみた。

 「とくには。ただ、1000年以上前から引き継いでいるものがあるとお聞きしました。そんな大切なものがあるのであれば、弊社にもお手伝いができるのではないかと思いまして。もし、差支えなければ、どういったものをお持ちなのでしょうか?」


 グイグイくる営業マン。でも、この営業マンに何も言っていない近所の皆さん。確定しました。あなた方は、俺を使って遊んでいることが、今、確定しました。

 この営業マン、いろんな人から俺の店のことを言われて、期待が膨らんでいるんだろうな。残念だけど、上司に怒られるようなものしかねぇぞ。


 「ああ、いいですよ。そこから少し見えると思いますよ。あの奥の立っている……アレ」

 「ん?あ、あれですか。あれは何ですか?」

 「聖剣」

 営業マンが一瞬、絶望した顔をした。が、すぐに真顔に戻る。健太郎は、その顔を見逃さなかった。

 営業マンは「せ……セイケンですか」と言い、営業トークを続ける。おそらく、頭の中は混乱しながらも、トークフローを組み立てているのだろう。ヤバい店に来てしまったと思いながら。

 「そうそう。この辺りでは有名ですよ。俺が生まれる前からあります。あのままです。話によると1000年以上はあのままのようです」

 「そうですか。では、ずっと見守られているということなんですね」

 頭の中が整理出来てきたのか?口調がプレゼンモードに移行していっているのがわかる。

 「まあ、そういうことになりますね」

 「最近、このあたりも物騒になってきています。お聞きしました?近所で空き巣被害があったみたいですよ」

 「ああ、そうみたいですね」

 調べてきたのか、誰かに聞いたのか。まあ、新聞にも載っていたのだが、最近、市内数か所で空き巣被害が出ているらしい。

 金品が盗まれたり、住人がケガしたりということはないのだが、食べ物を荒らされているらしい。まるで野生の熊の行動。

 「被害に遭ってからでは、取り返しがつきません。先祖代々伝わるあの刀を守らせてもらえませんか?」


 聖剣と言わなかった営業マン。営業トークとはいえ、聖剣と堂々と言うのは恥ずかしかったのか?


 営業マンはかばんから資料を取り出し、サービス内容や料金の説明を勝手に進めていった。断ってもいいのだが、まあ、どうせ暇だし、営業の練習相手にくらいはなってあげよう。

 30分ほど説明を聞いた後、「ご検討の程、よろしくお願い致します」と深々と頭を下げて、店を出ていった。


 あの営業マンは、日報にこの店のことを書くのだろうか。どのように書くのだろうか?

 そんなことを思いながら、営業マンから渡された資料をカウンターの隅に置いた。健太郎は聖剣の方に目をやった。


 空き巣被害大歓迎。もう、空き巣でも、怪盗でも、なんでもいいから、あの剣の抜いて行ってください。これ以上、見守るのいやだ。

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