龍を斬る! ~ある男の独白~

龍を斬る!


龍、それは邪悪なるもの。


疫病をばらまく。

人を堕落させる。

大雨をもたらし、万雷を降らし、千年の都も破壊する。

地を揺らし、火の山を起こし、海を荒らす。


十二年に一度。

世界の果ての泉から龍は目覚め、空へ昇る。

ひとたび飛び立てば、雲の波間を悠然ゆうぜんと泳ぐ。

暗闇くろく空を覆い、人々の営みをあざ笑う。


疫病が流行り、人心が乱れる。

あるいは戦争が起き、あるいはクーデターで王が追放われる。

十二年に一度。


龍は魔物たちの長といわれる。

すべてのドラゴンの始祖とも。


最もふるく。

最も強く。

最もおおきく。

最も醜悪みにくく。

最も凶悪だと。


龍を倒したものいたならば、栄光の名は永遠に語り継がれるだろう。

ドラゴンスレイヤーの称号が碑に刻まれるだろう。


十二年前、兄は旅立った。


ドラゴンスレイヤーの栄誉を欲したため?

違う。ただ人々の求めに応じたのだ。


悪鬼羅刹あっきらせつ厄災やくさいを断ち斬れるのはあなたしかいない。


祈りに応えたのだ。


遠く年の離れた長兄は俺の自慢だった。

山よりも大きく。

海よりも広い心で。

誰よりも強く。


兄は無口な性質たちだった。

口を開けば戦果も消えるとでもいうように。

苦難にあえぐ人の、救いを求める声にもむっつり反応しない。

ところが、翌日には化け物は斬り捨てられていた。

数々の化け物をほふって来たはずなのに、いずれも誇らない。

勲章ともいえる、体に刻まれた多くの傷も、その意味を語らない。


人々はただ、彼を尊崇そんすうした。

神をまつるように、あがめた。

敬意を表し、彼に道をゆずった。

奥ゆかしい彼は草生くさむした農道の端を通る。


兄は俺の誇りだった。


十以上も下の、末の弟の俺にも、兄は決して笑いかけない。

ただ、怪物を殴り倒すための武器のような分厚い手で頭をよく撫でてくれた。

何かしらの手伝いをした時だ。

幼い俺の心はカっと熱くなったものだった。


そんな兄が、変わった。

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