第28話 人外地獄迷宮決戦⑤


 第四層『墓場』。

 そこには異形が待っている。

 屍の少女レア。

 屍の女王 送川累々。

 特に───累々は、この迷宮屈指の門番の一人だ。

 大迷宮より連れ帰った屍竜や、複数の魔具を己と融合させた混合屍鎧を纏う彼女は、今や理性なき破壊装置と化している。


 だが彼女の最大の強みは。


 あらゆる攻撃を防ぐ黒龍鱗でも。

 魔具としてカウントされる程の爪牙でもない。


「がんばるうううううううううううう!!」

「『これ、やば』(「888の星空」より)」


 振るわれた腕の一撃が、久遠寺を打ち据え、ぶっ飛ばす。辛うじて爪は避けたものの、圧倒的な運動エネルギーがまるごとその体に乗せられ、極めて高いダメージとなる。

 この四層で、久遠寺は三度、この攻撃を受けている。


「じねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 瓦礫を撒き散らしながら、腕が迫る。

 全力での回避を選択。


 その上で、結は言葉を放つ。


「『 』(「A086M77滅5527VV」より)」


 けれど、その言葉は累々に何の影響も及ぼさない。


 ───狂乱。

 今の累々は、人の話を聞いていない。


「『ここまで相性最悪とはね!!』(「輪廻転生大乱闘」より)


『まったく、つまらなくなってきやがった……!』(「最果て紀行」より)」


 久遠寺としてはこの攻撃を受け続けたくない。

 肉体面は超人じゃない以上、耐えきれる数には限りがある。

 とはいえだ。

 狂乱する累々を無視しては次層への道は探せない。


 そして。

 もうひとつ厄介なのは。


 飛来する、矢。


 ビュンビュンと空気を裂きながら迫るそれらを避ける。


 レアの放った攻撃である。


 屍竜を纏う累々の邪魔にならない位置からの遠距離攻撃。

 だが回避は余裕だ。

 それ自体は大したことはない。けれど、累々の火力への集中を乱してくる。


「『いいコンビだ』(「ピンポン&スマッシュ」より)」


 久遠寺はそう言って。


「『でも……どれが君の死なのかはもうわかってるんだよな』(「凄絶螺鈿」より)」


 ダッと駆け出す。

 レアの方へと。


「そっちに行くなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「『大振り』(「仕留め人」より)」


 集中していれば、回避できる。

 けれど、そこに矢が放たれて、左肩を穿つ。

 無視した。

 不死身でもないのに。


「『やあやあ! こんにちは!』(「厭な挨拶」より)」

「……!」


 接近。

 それこそが、累々への解法。

 狂乱する屍竜は、けれどレアだけは攻撃できない。攻撃範囲にレアが入るなら、そこは不可侵領域と化す。


「『君とは一度話してみたかったんだ』(「薔薇の残酷」より)」

「私から話すことはありません」

「『いいや。あるとも』(「竜の歌」より)

『レア』(「せどり鳥」より)

『久遠寺零愛』(「由緒正しき久遠寺家」より)

『私の妹の───』(「濃硫酸アルカリメロンソーダ」)


『代替』(「オルタナティブ」より)」


 その言葉に、レアは揺らがない。

 だが否定もしなかった。


「『代替として』(「オルタナティブ」より)

『君は作られた』(「マキナ」より)

『だが───』(「虐殺原理」より)

『私の妹の』(「濃硫酸アルカリメロンソーダ」より)

『代替であるには』(「ラウンドエンドの絶叫」より)

『その身は些か、脆すぎた』(「贄器」より)

『壊れ、死に』(「薔薇天使十三柱」より)

『そこで彼女に異化された』(「侵食列島」より)

『屍として、操られ」(「モザンビークパンデミック」より)

『まったく、いい迷惑だったんじゃないか?』(「海王星から来たメッセージプレート」より)」


「何……?」


「『いや何』(「光の帝王学」より)

『地獄の苦痛に耐えてきた君は』(「ノモンハン3G」より)

『死んだその瞬間に』(「やつまの墓」より)

『思ったはずだよ』(「ゲロ王」より)

『ああ、ようやく死ねる』(「魔天の楼」より)

『楽になれた、と』(「正餐館の救済」より)

『それを踏み荒らし、墓荒らし』(「即身仏殺人事件」より)

『操り人形にした女がいる』(「黒明泳」より)

『苦痛の次は別の苦痛』(「ゲロ王」より)

『かわいそうにねえ』(「竜の歌」より)」


「そんなことは、ない。私は」


「『心からそう言えるかな』(「雷同」より)

『魂からそう言えるかな』(「雷同」より)

『ねえ。教えてくれよ』(「魔術師の子」より)

『君は実は』(「ヤバめのデブ」より)

『送川累々』(「神の生徒指導要録」より)

『のことが、嫌いなんじゃないか?』(「サイクロジカル」より)


 返答はない。

 ただ、レアは静かに弓を構え、矢を引いた。

 その照準は、目の前の悪意の喉へ。

 姿勢。殺意。それが雄弁なる解答だった。


「『……それもまた、彼女の意思か』(「AI:イブ」より)」

「違う。私の選択だ」

「『なら、何故まだ撃たない?』(「西部開拓時代の首無し死体」より)」


 答えは簡単だ。

 外せば、久遠寺が間合いを詰めてくる。

 この一射は確実に当てる必要がある。

 だが久遠寺は隙を見せていない。

 即座にかわせる用意がある。

 だからこそ、確実なる隙を晒す瞬間を見抜くために、レアは狙いを定めているのだ。

 いるのだが。

 それを、ブラす。

 久遠寺結の言葉は、彼女の心を揺さぶる。


「『無意識で気付いているはずだ』(「セフィラ」より)

『だが意識してはいけないと思っている』(「禁忌危機浮禁」より)

『何故なら、その悪感情が伝われば』(「IQ:84」より)

『どんな目に逢うかわからない』(「犬真似猿滑り」より)

『支配権はあちらにある』(「催眠術師の弟子」より)


「戯れるな」


「『真実を述べている』(「セフィラ」より)

『君がまだ、気付けていない、ね』(「贄器」より)

『まあ、選ぶのは君自身だよ』(「死体予想図」より)

『このままで、君に未来があると思う?』(「転機予報」より)

『よりよい未来を、選ぶのは、私でも、彼女でもない』(「教団のシャワー室」より)

『君自身だよ』(「無限の可能性」より)」


「戯れるなと、言っている」


「『もう一度言おう』(「ビートリピートヒートハート」より)」


「やめろ!!」


「『君は実は』(「ヤバめのデブ」より)

『送川累々』(「神の生徒指導要録」より)

『のことが、嫌いなんじゃないか?』(「サイクロジカル」より)」


 その時、久遠寺は眼を瞑った。

 罠だ。

 けれど、限界を迎えつつあったレアは、撃ってしまう。

 一射。

 誘った側である結にとって、その回避は余裕だった。


 矢は後方へと飛び。

 見えなくなる。


「『これが答えだね』(「アンサーアンサー」より)」


 違う。

 そんなことはない。

 ただ外しただけだ。

 だが結の言葉は毒のようにレアの心に沈殿する。蝕む。ありもしない、悪意が、生み出されていく。


「『じゃあ』(「閑話窮題」より)

『縁者として』(「詰指」より)

『苦しめてくる相手は懲らしめてあげよう』(「無敵の愛が世界を救う」より)


「なっ、やめ───」


「……誰かのためなら、私は格好つけずに戦うよ。拘りよりも、大事なのは繋がりだ」


「やめろォッ!!」


「送川累々、消えろ」



 消えた。


 コロンと音を立てて落ちる、『雑過ぎた埋葬ネクロマンス・ダンスマカブル』。

 それを身に付けていた少女は、跡形もなく消えている。


「『ねえ、今』(「ナウ・エヴァ・ネヴァー」より)

『少しだけ、喜んだんじゃない?』(「クールな君とベースマン」より)


 それを、否定できない。

 植え付けられた感情が、心のどこかで、その反応をしたこと。


 否定できないことが、何よりも、レアの全てを否定した。


 心が、折れた。

 彼女は崩れ落ちる。


 送川累々も、久遠寺零愛も。

 これで、脱落だ。


 久遠寺結は満足して。

 次層へ向かい出す。


「『力はやっぱり』(「ブックマンズ」より)

『誰かのために使うべきだよね』(「道標のある夜道」)」


「じゃあさ。あたしを満足させるために使ってくれよ」


 その足が止まる。


「なあ、大魔王の姉」


 勇者が、追い付いていた。

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