34話 魔王の血統

 崖上でエンギーユを捕えていた炎球が弾け飛ぶ。

 ローランたちの近くへ降り立ったエンギーユの体は焦げ付いており、自慢の光沢も失せていた。


 追い込まれているエンギーユの元へ、真紅の死神が飛来する。

 周囲に広がっている火の粉と相まって、赤茶の髪は爛々と赤く輝いて見える。普段のどこか緩い表情は無く、顔は引き締められ、正に《紅炎》という姿をしていた。

 その姿を見て、ローランはポツリと呟く。


「美しい」


 ハッと気づき、自身の口を押さえたが、時はすでに遅い。

 アリーヌはグルリと顔を回し、普段通りの表情でローランに言った。


「今、かわいいって言った!?」

「言っていない。戦闘に集中しろ」


 しょんぼりとして見せたが、その顔はすぐに引き締められる。呼応するように、2本の魔剣は唸り声を上げていた。


 エンギーユを挟み、逆側に降り立ったクルトの顔は渋い。

 勝算はあった。だが、あくまで自分が主体で動く必要があるだろうと考えていた。

 しかし、実際は違う。クルトは援護に徹している。状況を整えただけで、アリーヌは圧倒的な力を発揮しており、それにはクルトも舌を巻くほどであった。

 若干16歳で、すでに一等級冒険者の称号を得た者。

 末恐ろしいなと、クルトは鼻を鳴らした。


 エンギーユが動き出そうとした瞬間、2人は同時に攻撃を再開する。

 使用したのは派手な技や魔法ではない。

 相手の防御を貫ける威力があり、最速で放て、連射が効く魔法だ。

 追い込んでなお、一撃で仕留めようなどとはしない。確実に削り落として勝つ。魔族エンギーユは格上であると、その方法を選んでいた。


 アリーヌとクルトが行っている戦闘を見て、マーシーは目を見開く。


「す、すごいね。あんなことされたら、どうしようもないでしょ」

「格上を仕留める上での、持ちうる手札の最善手。あの効率的な戦い方は参考にすべきだ」


 口ではこう言っているが、ローランは歯がゆい思いをしていた。

 眼前で広げられている戦いに、今の自分では割り込むことすらできない。目指す先はいまだ遠い。それが、ローランには悔しかった。



 エンギーユは考えていた。なぜ、自分が追い込まれているのかを。


 クルト・エドゥーラの死を見届けなかったからだろうか。

 アリーヌ・アルヌールを見くびったからだろうか。

 ミゼリコルド・ヴェールを仕留めなかったからだろうか。

 ローラン・ル・クローゼーを利用したからだろうか。


 その全てであり、他にもルウと手を組んだことや、自身が功を焦ったこと、驕っていたことなども要因なのだが、それに気づけない。

 理由が分からぬまま、エンギーユは両手を上げた。


「待て! オレの負けだ!」


 2人が攻撃を止めてしまったのは、甘さゆえだ。両手を上げ、投降を訴えられれば、分かり合えるかもしれないと考えてしまう。善なる心が、2人の手を止めていた。

 死にたくない。その一心で、エンギーユは思っていることをただ口にする。


「お、お前は魔王の血に連なる者だ!」


 指さした先に居るのはアリーヌ。

 周囲は騒然としたが、彼女はキョトンとしていた。


「どうしてそんなに強いのか不思議に思わなかったのか? その魔剣もだ! 魔王と同じ力を使えるってことは、てめぇには魔王の血が流れてるってことなんだよ! つまり、オレたちゃ仲間だ!」


 場の空気が変わったことに気づき、エンギーユは続ける。


「オレが口を利いてやる! どうだ!?」

「……もしそれが事実だとしても、どうでもいい。わたしが辛いときに、助けに来てくれなかった。そんな人を親だとは思えない」

「た、確かにその通りだ! だがな! 立場は変わる! 魔王にだってなれるかもしれないんだぜ!?」

「どうでもいい」


 アリーヌは一歩前に出る。


「金か? そうか、金だな? いくらでも用意してやる!」

「どうでもいい」


 さらに一歩前に出る。


「なら、なにが欲しい! なんでも手に入れてみせる! 配下にだってなってやるぜ!」


 アリーヌは横目に、一瞬だけローランを見る。

 そして、笑みを浮かべながら言った。


「欲しいものは自分で手に入れる。そういうものでしょ?」


 相手の心を動かせるものが、差し出せるものがなにもない。

 絶望した表情を浮かべるエンギーユへ、2本の魔剣が突き刺さる。

 体の内に炎が奔り、それが外へと溢れ出す。施している回復魔法はもう一本の魔剣に阻害され、焼ける速度に抗うことができない。


「――――――て」


 僅か四文字の言葉も言い残すことができず、魔族エンギーユはその身を灰に変えた。


 クルトがその灰から復活することがないかを慎重に調べる中。

 アリーヌは顔に疲労の色を濃く残しながらも、ローランの元へ近寄った。

 彼女はグッと顎を上げ、ローランに言う。


「わたし、強いでしょ」


 なぜそんなことをアリーヌが言ったのか。

 ローランは理解できず、困惑しながら答える。


「君はずっと強い。そんなことは知っている。疑ったことなど無い。だから任せた」


 自身の不甲斐なさを嘆いていたのは、アリーヌだけだ。ローランはなぜそんなことを聞いてきたのかも分かっていない。


 しかし、それで良かったのだろう。

 アリーヌはとびきりの笑顔を見せていた。

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