24話 黒鎧の正体

 炎の球体は全長30mほどで、それなりの広さがある空間に3人は閉じ込められていた。

 相手はレンカを人質に取るつもりだろう。3人はそう考えていたのだが、黒鎧はレンカを拘束すらせず、炎の球体へと足を踏み入れて来た。

 球体の中へと入り込んだ黒鎧は、その身を焼けさせることすらなく、火の粉をただ振り払う。自分で発生させた魔法とはいえ、完璧に制御されているようだ。

 アリーヌが渋い声を上げた。


「ごめん、先に謝っておくね。わたしは援護しかできない」


 今、アリーヌは球体の中央で炎の球体が閉じないように抗っている。もし彼女がいなければ、当の昔に3人は灰と化していただろう。

 それはつまり、一等級冒険者で《紅炎》の2つ名まで与えられているアリーヌに勝るとも劣らぬ炎の魔法の腕前ということに他ならない。

 目の前にいる黒鎧の実力を理解し、ローランは頷いた。


「問題無い。ちょうど試し斬りがしたいと思っていたところだ」


 勝算無く引き受けたわけではない。アリーヌが援護しかできぬ状態ということは、黒鎧もそれに近い状態となる。

 五分の状態で戦えば絶対に勝てぬが、今なら勝ち筋はあるとローランは読んでいた。


「マーシー。君の回復が頼りだ」

「任せてよ。ボクがおにいさんを守るからさ」

「わたしも頑張ってるんだけど!?」

「あぁ、助かっている。君がいなければ、勝負にすらならなかった」


 僅かに感謝を告げた後、ローランは前にいつもの泡を展開した。数は多くないが、質は今までで一番高い。新たに手にした偽の聖剣が力を増していた。


 黒い鎧。真紅のマント。挿絵に描かれているような魔王と同じ姿。

 いまだ動かず、泡も気にした素振りを見せない黒鎧へ、ローランは問う。


「その分かりやすい格好は魔族だと誤認させるためか?」


 黒鎧は答えず、ただ腕を振るう。複数の小さな炎の玉が放たれ、泡に当たって弾けた。

 炎の玉と泡の強さは五分。ここまで追い込まれてなお五分だ。厳しい戦いになるだろう。


 ふと、黒鎧は球体を見回す。球体の下部には地面との間に隙間が空いており、周囲から空気が流れ込んでいる。窒息死を避けようとアリーヌが対策をとっていた。

 だがその場しのぎの対策が長く保つはずもない。


 ローランは最初から短期決戦と決めており、泡の中を駆けた。


 黒鎧が腕を振り、炎の玉が放たれる。だが破裂した泡は消えず、さらに小さな泡となって広がった。

 この偽の聖剣には、まだ未熟なローランの助けとなるどころか、そのイメージをほぼ再現できるほどに高い性能が秘められている。


 小さくなった泡は不自然に歪み、先を尖らせて黒鎧へと襲い掛かる。

 身に付けている鎧には阻まれてしまう弱さだが、隙間を通すほどの細さがある。無視することはできない。


 黒鎧は炎の壁を屹立させ、その全てを遮る。

 それを隙と判断したのか、ローランは炎の壁に躊躇わず飛び込んだ。


 当然、無傷とはいかない。髪が、肌が、喉が、眼球が焼け付く。

 しかし、それはすぐに治療される。マーシーの回復魔法が、本来ローランが受けていたはずのダメージを全て帳消しにしていた。


 ローランは剣を振り下ろす。後退あとずさった黒鎧の胸元は抉れていた。

 この偽の聖剣には一級の素材が集められ、一流の鍛冶師が鍛造している。魔法などの補助だけでなく、切れ味だって普通の剣のは段違いだ。


 しかし、それでもこの結果には違和感があった。

 あまりにも手ごたえが良すぎたのだ。まるであの鎧が張りぼてだと思わせるほどに。


「目的が分からない、か。だが――」


 疑問を振り払い、ローランは剣を振り、魔法を放つ。

 マーシーの回復と、アリーヌの力があってこその状況。どちらが欠けても天秤は傾く。

 なにも話さない相手に答えを求めるより、勝負を決することを優先しなければならなかった。


 泡で威力を削がれた炎の槍を、アリーヌが魔法で迎撃する。それでも押し負けたときは、マーシーが守護魔法で防ぐ。ローランは守りを2人に任せ、ただ攻撃に集中した。


 もう少しで届く。何事もなく勝利する。

 その予感は正しかったのだろう。周囲を囲んでいた炎の球体が消え、黒鎧は空中へと飛び上がった。

 熱気から開放され、吹き出した汗を拭いながら、ローランは剣先を向ける。


「アリーヌが自由になった以上、勝負は決した。大人しく負けを認めろ」

「……」


 黒鎧は何も答えない。アリーヌは剣を抜き、一歩前に踏み込む。

 同時に黒鎧は片手を上げ、3人の吹き出した汗が蒸発した。


 ――空中に、森全体へ届きそうな赤い魔法陣が現われる。


 魔法陣は光を放ち、黒鎧の上に巨大な炎の剣が浮かび上がった。


「嘘でしょ!? ずっと仕掛けてあったの!?」


 魔法陣は事前の準備を必要とするが、代わりに大きな効果を生み出す。

 それが、空中に仕掛けられていただけでなく、アリーヌでも気づけぬほどの隠蔽まで施されていたのだ。技量の差は大きい。


 自身でもいまだ信じられない不覚に動揺しながらも、アリーヌは魔剣の解放を決断した。

 解放しても、エルフの森の大半は焼き払われるだろう。

 だが、このままでは全員が助からない。まだ一縷の望みに賭けたほうがマシだと、アリーヌは判断していた。


 しかし、魔剣の解放よりも速く。

 巨大な炎の剣が降り注がれるよりも速く。


 ――炎と風を複合させた炎嵐の槍が、螺旋を描きながら黒鎧へと突き刺さった。


 放ったのは意識を取り戻し、離れたところで状況を窺っていたレンカだ。彼女は必殺の一撃を用意し、ずっと備えていた。

 しかし、目からは涙が溢れ出し、顔はグシャグシャに歪んでいる。この一撃を放ちたくなかったと、その顔は訴えていた。


 空中から巨大な魔法陣が消える。まるで最初から無かったかのように。

 体を貫かれた黒鎧は、泉へとゆっくり落下を始めた。

 それを見て、ローランはなにかへ突き動かされるように走りだす。


「マーシー! 行くぞ!」

「え? どこに?」

「アリーヌ! レンカを頼む!」

「わ、分かった!」


 アリーヌに泣き崩れているレンカを任せ、ローランはマーシーを抱え上げて泉へと飛び込む。剣の力を使い、水流を生み出して黒鎧の落下地点へ向かった。

 すぐに沈んでいく黒鎧を見つけたローランは、水上で大きな泡を発生させ、自分たちのいる水中まで沈ませた。空気を取り込んだ泡が、3人の体を囲う。


「回復魔法を!」

「――必要無い」


 今まで一言も喋らなかった黒鎧は、唯一壊れていなかった兜を外し、ゴボリと血を吐く。

 その顔を見て、ローランは歯ぎしりした。


「やはりあなただったのか、クルト・エドゥーラ」


 銀にも見える金色の美しい髪をしたエルフの長は、青い顔で薄く笑った。

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