第3話 花霞

千春は、美雪をさくらに紹介してみようと思った。

僕の秘密。僕たちの秘密ーーーーーーーーーーーーーー



…「さくら、紹介するよ。僕の大切な人」 美雪を抱き寄せながら、千春は言った。

「千春、なに…いってるの?」

さくらは千春の言っていることが理解できてないようだった。

「千春、よくわからないけど、千春は別に好きな人がいるの?」 さくらは泣き出した。

さくらは走り出して、去っていった。 千春はバツの悪い顔になった。 心が、罪悪感でいっぱいになった。 自分で美雪を紹介したのに。 そして、とても悲しかった。


千春は、心細くなってきた。 悲しいという感情は久しぶりだった。

最後に感じたのはー そう…ーーーが―ーーーの時だった。


目の前の美雪がにっこりと笑った。 千尋は喘ぐように、 「姉さん…姉さんはどこにも行かない?」と 子供のようにつぶやいた。


学校が終わり、日向のベンツの前に行くと、父がいた。

「理事会の集まりで学校に来ていたんだが、帰りは一緒に車に乗らせてもらおう」

いつもの乗り心地の良い車の中に緊張が走る。

「帰りに鰻でも食べていかんか」

父は上機嫌だった。

「旦那様、学校の帰りの寄り道は禁止されています」

陽向が窘めると、

「何、大丈夫だ。先生方も多めに見てくれるさ。いくらあの学校に寄付したとおもっている」と、千春の父は高らかに大笑いした。

千春の父は有名な製薬会社の社長だった。千春は所謂ボンボンだった。

「松丞亭がいいだろう。春の鰻だが、あそこは旨い。なにせ老舗だ」

美雪は居眠りをしていた。千春は思わず、「姉さん」といった。

その一言が、父を怒らせた。上機嫌だった顔は、ぴくぴくと震え、怒りで息遣いが荒くなった。 陽向は天を仰いで目をつぶった。 俺は失態をおかしたのだーーーー



俺の母親は、明るくてかわいらしい人だった。 オシャレが好きで、宝石をいくつも並べては、にこにこしていた。よく友達と出かける母親を、父は良く思っていなかったが、

「私が楽しい気分でいると、千春にも伝染するでしょ?だから私は楽しい気分でいるの」と笑った。

でも俺と美雪の関係では、どうしていいかわからず、泣いていた。俺は親不孝者だと思う。 泣き出しては、「千春は病院に連れて行く!」と言うのが口癖だった。

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