壱機関
km黒
第1話
教卓に設置されている画面を操作しながら前方の洋服、和服、甲冑に身を包んだ学生を見ながら
「スクリーンの図のように生物の脳は電気と物質の伝達により行動を決定しており」
いつも通り用意してきた資料をスクリーンに映して講義を進める。
我ながら難しい仕事を引き受けてしまったと思っている。
私の勤めるイリュア王立大学はこの国初の王立大学であり、急速に進む魔術文明と科学文明を含む四つの各文明圏国の戦争の終結による協力共生を謳った都市の共同統治による発展。その流れに追い付き国家生存をかけ、設立されたのがこの大学だ。そのため生半可な研究と講義内容は許されないのだ。
だとしても、確かに講義と研究だけなら私の目の下に隈はできないだろう。
「宇治教授、今日も研究室に行っても大丈夫ですか?」
「ああ四時には研究室に居るからノックしてくれたらでるぞ」
今回の講義も素人ながら上手くいったようで後部の座席でふんぞり返っていた紳士服を着た四十程度のオッサン達が帰っていった。
「教授、聞こえてます?」
「うん?ああ聞こえているよエミリー嬢さん」
「それじゃ早く答えて下さいよ」
「すまない聞いていなかった」
「やっぱり聞いてませんでしたね」
窓の外を見ると夕日がでているのか、空がオレンジ色に染まっているようだ。時計は四時前を回っており、エミリー嬢さんが来る時間帯だ。さっさと本国への暗号電報を済ませて、この散らかった研究室兼私の家を少し片付けるとするか。
玄関のドアを開けて外側にある''宇治功音,,と書かれた標識を取って"科学技術生物学研究室,,の標識をドアに付ける。
「あー!待って下さい!」
「おお時間ピッタリだな」
私がドアを閉めようした時に来るのだから驚いた。これだと暗号電報を送ることができないな。
「この部屋で待っててくれ書類を片付けてくる」
「客間には初めて入りましたけど綺麗ですね」
「ありがとう。玄関から一つ目の部屋なのにエミリー嬢さんを入れてなかったのは不思議だな」
「そうですね……客間の部屋が無駄に綺麗なのも不思議ですが」
「ふふふ、それじゃ書類仕事が終ったら一緒に部屋を掃除して貰おうかな」
「ええ私の魔術で綺麗さっぱりにしてあげますよ」
優しい笑みを浮かべて掌に火の玉を出されては物騒な想像をしてしまう。
「ああ頼むよ私は魔術が扱えなくてね。部屋が汚くなる一方なんだ」
「魔術が無くても掃除はできますよ」
「ああ、そうだったな」
私は客間から逃げるように退出して寝室に向かう。
本国の機関司令室に昨日の日記を暗号電報で送りつける作業を終えて、エミリー嬢さんを待たせている客間に戻る。
ソファーで眠っているエミリー嬢さんを通りすぎ、壁棚に置いてある蓄音機型の共鳴機を止める。
エミリー嬢さんの隣に座って、頭をソファーに預けて上を向いて寝ている彼女の頭を私に引寄せて膝枕をさせる。
白い肌に腰辺りまで伸びた白い髪、まんまるな白い眼に……ここまで私の好みの容姿で、財閥の娘で、神精文明と魔術文明の流れを汲んだ人間なのにもかかわらず生物学を熱心に学んでくれる。
大体この国と似た文明圏の人間は生物学や心理学を嫌煙するのだが、エミリー嬢さんはそういうものが無いらしい。
本当に私には天使のような存在だ。
私がその白い髪を撫でていると、玄関からガチャンとドアに備え付けられたポストに手紙が入る音がした。
その音が大きかったのかエミリー嬢さんはゆっくりと瞼を開けて私の顔を見るなり勢い良く起き上がった。
「すいません!お膝元をお借りして……」
「大丈夫大丈夫。それより郵便物取ってきて良い?」
「はい」
頬を紅潮させながら焦った顔を拝みながら私は玄関に向かってポストを確認しに行った。
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