第24話


 俺の背中に冷たいものが走った。

 何故だろう、いつもの鳴河のトーンであるのに、まるで起こり得る未来を予知しているかのように思えてしまったのだ。


「別――」

「次はないですね。見えてきました。高柳さんです」


 別のストーリーはないのかと問い掛けようとした矢先、スマートフォンの映像の中央に数人の人間が移りこんだ。


 駐車場と血原キャンプ場とをつなぐ荒れた道を、高柳達が歩いてくる。

 果たして鮫島さんはいたのだろうか。いたとして彼は城戸殺害の犯人であることを認めたのだろうか。


 鳴河が先頭を歩く高柳と向き合う。

 すると高柳が、自分に向けられるスマホに怪訝そうな視線を送った。


「鳴河か。なんだそれ? 動画撮ってるのか?」

「はい。串田さんが外の風景が見たいというので」

「そうか。輪に入るという意味でもいいかもしれないな」

「それで鮫島さんはいましたか?」

「いや、いなかった。車もなかったからもう帰ったんだろう」

「そうですか」


 口惜しそうに顔を歪める高柳。その表情から読み取れるのは、鮫島さんがいなかったことに対しての悔しさと無念さのみだ。


 もしも俺を騙すドッキリが継続しているのであれば、鳴河が動画を撮っていることはかなりイレギュラーな行為だ。しかし高柳は全く狼狽えることがなく、むしろ俺の参加に肯定の意を示した。


「電話もしたのよ。そういえば電話していなかったことに気づいて。でも呼び出し音は鳴るのだけど出てくれないの。だからとりあえず警察に電話してきてもらうことにしたわ。キャンプ場が辺鄙な場所にあるから少し時間が掛かるらしいけど」

「そうですか。では一旦、戻りますか? 管理小屋に」

「そうね。片付けもまだだからすぐに戻ったほうがいいわね。ここ、夜になったら真っ暗になっちゃうから」

「警察が来たら不法侵入で怒られますね」

「そんなこといいのよ。城戸さんの死の真相が分かればそれで。――今から戻るわね、串田君」

「あ、はい」


 結果論だが、城戸が殺されたと分かったときに警察に電話すべきだったと思う。綾野や鮫島さんを疑うのは成り行き上、仕方がないとして、城戸の引き上げは確実に早くなっただろうから。


 拘束具の鍵を持っているのが城戸だから、ではない。あんな汚水の中に浸からせたままでいるのが、彼女の尊厳を踏みにじっているように思えたからだ。例え死者であっても。


 それにしても警察か――。


 警察が本当に来るならば、俺へのドッキリの線は排除されるだろう。警察が鮫島さんみたいなOBの可能性もなくはないが、その可能性を追及すればキリがない。城戸の死を受け入れた以上、もはや疑念は捨て去るべきだ。


「やっぱり繋がらないわね」


 映像の外で樽井会長の声が聞こえる。もう一度、鮫島にでも電話したのだろう。


「あれ? あ、ちょっと皆、静かにして下さい。……何か、音楽聞こえませんか?」


 天王寺の静粛の要請。どうやら音楽が聞こえてるらしい。


「本当だ。どこだ?」

「……あ、あっちのほうっすね」


 高柳達を追うように、カメラの映像が鬱蒼としげった雑草のほうへ向かっていく。すると木々の間から、外壁も屋根もトタン波板で構成された小屋が現れた。


 到底、人が住んでいるとは思えない朽ちた破屋はおく。野良ネコあたりなら、いい住まいかもしれない。その横に無骨な黒いSUVが停まっているが確認できた。

 トランクが空いている。おそらく人がいるはずだ。


「あれだ。あの車から音楽が聞こえているような気がする」


 高柳の潜めた声。

 皆には聞こえているようだが、俺にはその車から発生しているらしい音楽は届かない。スマホでは収音しきれない小さな音量のようだ。


「もしかして――」


 スマホの画面に映る樽井会長がスマホのタッチスクリーンで指を動かす。すると何かに合点がいったのか、はっとしたような表情を浮かべた。その瞬間、向こう側の緊張感がスマホの画面越しに伝わってきた。


「おい、鳴河。どうかしたのか? 何かあったのか?」

「音楽がスマホの着信音みたいなんです。鮫島さんがあの車にいるみたいですね」

「鮫島さんが? それでどうすんだよ。行くのか?」

「それは会長が決めるこ……」


 鳴河の言葉が途切れ、画面が大きくぶれる。


「鮫島ぁ!」


 再び、焦点が合ったとき、そこには車に向かって走る高柳の姿があった。その高柳を制止する声があったが、誰も彼を追いかけることはしない。鮫島さんが城戸を殺した犯人との認識が支配している中、その躊躇は致し方ないだろう。

 大柄で粗暴な鮫島の狂気がもしも自分に向いたらと考えたら、俺だって同じ行動を取るかもしれない。


 単身乗り込んでいった高柳が車にたどり着く。


「どこにいるっ、鮫島ぁ」


 叫ぶ高柳は周囲に視線を向けたのち運転席を覗く。いないと確認すると彼はそのまま開け放たれたトランクのほうへと、足早に向かった。


 高柳の姿が完全に消える。果たして鮫島さんはいたのかいないのか。いたなら何をしているのだろうか。罵り合い、殴り合い、取っ組み合い、あるいは――。


「高柳っ、おい、高柳っ!」 


 俺は思わず、スマホに向かって高柳の名を呼んだ。最悪の事態を脳裏に浮かべてしまい、とてつもない不安感に襲われたからだ。

 そのとき、SUVの影から高柳が姿を再び見せた。後ずさるような高柳の姿に妙な違和感を覚えたところで、彼がこちらを見向いて声を張り上げた。


「こっちにきてくれ、みんなっ。


 ――鮫島さんが死んでる。


 この展開はさすがに予想できなかった。できなさすぎて、一瞬、言葉の意味を正確に捉えることができなかったほどだ。それは樽井会長達も同じなのだろう、いくつかの言葉の語尾にクエスチョンマークを付けながら呆然としている姿が映し出された。


 そんな中、真っ先に動いたのが鳴河だ。

 ずんずんと高柳の元へ歩を進める鳴河。同時に俺の見ている映像の中でも、彼との距離が詰められていく。

 鳴河がSUVにたどり着くと顔面蒼白の高柳がいた。


「鮫島さんが死んでいるって本当ですか?」

「ああ。そこだ」


 高柳がトランクに指先を向ける。

 カメラもそちらに向いた。


 全開になっているトランク。そのトランクに頭を突っ込むように前かがみになっている鮫島さんがいた。前かがみと言っても、トランクの上に胸から先が乗っているだけであり、両手はだらりと外へと投げ出され、体を支えるはずの足は膝を地面に付けてかろうじて体勢を保っているだけのように見えた。


 まるで糸の切れたマリオネットのような鮫島さん。しかしこちらに向けるその、驚愕、恐怖、混乱、絶望を綯い交ぜにしたような表情は、人形では絶対に表現できないリアルな死そのものだ。ゆえに俺は、鮫島さんの背中から生えている〝それ〟を見る前に、彼は何者かに殺されたのだと結論づけていた。


「……マジかよ。鳴河、その背中の包丁か?」

「柄を見る限り和包丁のようですね。おそらくこれで背中を刺されて即死のようですね」

「状況からしてそうとしか考えられない。でも一体誰がやったっていうんだ」


 鳴河の会話の相手が、俺から高柳にバトンタッチされる。


「それは分かりません。ただ、可能性の一つとしてならば言える人物がいます」

「その人物は?」

「城戸さんを殺した人です。城戸さんを殺した人が鮫島さんも殺した。今のところ、その可能性しか出てきません」

「彩花を殺した奴が鮫島も殺しただと……。なんなんだそいつは」


「廃キャンプ場の殺人鬼」

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