第6話


 三


 

 頭上からの陽光が地面にいくつもの歪な形の絵を描いている。長く屹立した木々の枝葉が作るものだ。それらは先月までは不快感を催させるものだっただろうが、酷暑の去った今では、涼風も相まって癒しの効果が期待できそうである。


「あ、やばい、あそこ」


 そんな癒しを全身で享受していそうな城戸が突然走り出す。

 すると、幻想的な木漏れ日の下に立ちこちらを見向く。その木漏れ日を浴びるかのようなポーズをする彼女が一言。


「妖精の森のエルフ」


 これだから頭の悪いギャルは。


 誰か相手するだろうと俺は城戸を放っておくと、となりの高柳に話しかけた。


「駐車場からけっこう歩くんだな。キャンプ場まで」

「そうみたいだね。営業停止になった原因は案外その辺にあるのかもしれない」


 確かにキャンプ道具一式を持って、荒れた道を歩くのはキャンパーにとっては減点だろう。例え木漏れ日の恩恵があったとしてもだ。


「ここ広いし、車入れるよな。お行儀よく駐車場なんかに止めないで、そのままキャンプ場まで行っちゃえば良かったんじゃないのか。どうせ廃キャンプ場なんだし」

「俺もそう思うけど、今更言っても詮無きことだよ。さあ、がんばって歩こう」


 両手に、撮影用道具の入ったバッグを持つ高柳が足を速める。一つは城戸が持っていたものだが、いつの間にか高柳が持っていた。

 後ろを見れば綾野しかいない。こいつと話をしたってな、と思ったが、ふと綾野の挙動が気になって声を掛けていた。


「おい、綾野。どうした。上に何かいるのか」


 斜め上方に視線を向けている綾野は反応しない。


「綾野。何やってんだよ!」


 もう一度声を掛けると、ビクっと顔を震わせてこちらを見た。


「……え? く、串田さん。すいません」

「別に謝んなくていいけど、どうかしたのか。上をずっと見てたけど」

「……あの……あ、いえ、別に、な、なんでもないです」


 綾野はそう口にすると歩き出し、俺の横を通り過ぎていく。怪訝に思う俺は綾野から視線を剥がすと、ぽっちゃりスプリクターが見ていた場所に目を向ける。

 古臭いポールライトが一本立っているだけで、ここからはほかに何も見えなかった。



 

「遅いわね。ほら、ここが撮影場所の血原キャンプ場よ」


 虹色のワイシャツを着た樽井会長が、キャンプ場の入口で俺達を出迎える。遅いという指摘だが、斜め掛けのウエストポーチ以外に何も持たず意気揚々と先陣をきれば、誰よりも早く着くというものだろう。会長ということで、ほかのメンバーも気を使って荷物を持たせることはしなかったが、一切の疲労を感じさせない爽やかな顔が癇に障る。


 その出っ歯、ペンチで引っこ抜いてやろうか。


「あ、正に廃キャンプ場って感じっすね。いい雰囲気出てます。この不気味な静寂さがたまらないっすね」

「でしょー、天王寺君。写真じゃ伝わらないこの現地の空気感、最高でしょ。ホラーの撮影に最適なのは当然として、頼んでないのにリアル殺人鬼が出てきそうじゃない」


 深呼吸を繰り返す樽井会長。それは森特有の澄んだ空気でなのか、はたまた殺人鬼から放たれる死臭でなのか。


「でも、本当に入ってもいいんですか。これ、ちょっと抵抗あるなぁ」


 そんな高柳の視線を追うと、雑草の中に黄色い単管バリケードが散乱しているのが見えた。その近くには工事用看板のようなものもあり、大きく〝私有地につき、無断立ち入り禁止!〟と書かれている。ご丁寧に、エクスクラメーションマーク付きだ。その下にも何か書かれているが、汚れと掠れで読めなかった。


「だから大丈夫よ。そもそもどけてあるじゃない。ご自由にどうぞっていう所有者の粋な計らいよ。さ、中に入りましょ」


 あまりにも都合のいい解釈をする樽井会長。一〇〇パーセント、不法侵入者がそこに投げ捨てたのだろう。それが、先日ここに来たらしい樽井会長じゃないことを祈るのみだ。

 ここまで来て引き下がるという、ある種の英断を実行に移せるものはいないのか、皆がバリケードがあったはずの場所を超えていく。


「きゃっ」


 そのときだった。

 盛り上がった土にでもつまづいたのか、鳴河が転んだ。持っていたボストンバッグが地面へと当たり、ゴンと鈍い音がした。


「ばっか、鳴河お前、何転んでんだよっ。今すげー嫌な音したぞ。カメラ壊れたどうすんだよ!」


 俺は鳴河を押しのけて、バッグの中身を確認する。幸い、持ってきた二台のカメラには異常はなかった。


「すいません。なんか転んじゃって」

「なんかじゃねーよっ。大切な機材持ってるって自覚がねーから転ぶんだよ。気を付けろよな」

「はい、すいません」


 抑揚に乏しく感情が入っていないような反省の弁に、怒りが込み上げる。


「お前、絶対、反省してないだろ。もし壊れてたらお前、弁償できんのかよ?」

「できません。貧乏学生にそんなお金ありませんから」

「あっけらかんと述べてんじゃねーよっ。お前の懐事情なんかどうでもいいんだよ。撮影中に不具合が見つかったらマジで弁償もんだから。そこは覚悟しておけよ」

「覚悟はします。でも弁償はできません」

「おまえなぁ……」

「まあまあ、裕司。カメラなら大丈夫だろ。そんなに柔じゃないから。ほら、とにかく会長に付いていくぞ」


 高柳が樽井会長のあとを追う。反省の意味なのかこちらに会釈をした鳴河と天王寺が、その後ろについていった。


「串田さんってー」


 そばにやってくる城戸。日差しに反射する金髪がまぶしくて俺は眉根を寄せる。


「なんだよ?」

「結衣に対して凄い強く当たりますよね。嫌いなんですか? 結衣のこと」

「いや、嫌いっつーか、あいつの態度に腹が立つんだよ。淡々とした物言いと態度にさ。こっちが感情を露わにしてんのに、舐められてる感じがしてよ」

「そういうわけじゃないと思いますけどねー。そこは無感情なダウナー系ってことで許してあげくださいよ。じゃないと……」


 城戸が更に近づく。

 俺は離れるように身じろぎする。


「じ、じゃないと、なんだよ」

「いつか刺されますよ? サクっと」


 城戸の握ったエアナイフが俺の腹に刺さる。

 一瞬、痛みが走ったような気がしてぞっとする。


 笑いながら去っていく城戸が鳴河の横に立つ。すると鳴河がゆっくりとこちらを見向いた。冷たい笑みが浮かんだように見えたのはおそらく勘違いのはずだ。

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