第5話 鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?

 へっ? 

 ええっ?


 お喜びに、な、る?


「ど、どど、どういうことだ⁉ 説明を――」

『あ、王妃様がお戻りになったようですよ。真っ直ぐ私めの本体に向かってきておりますね』

「おい、説明し――え? ちょっ、王妃が戻ってきた⁉」


 展開が速すぎて、俺の思考が現状に追いつけてない‼

 取り残されてる‼


 俺、お前に成り代わって会話する心の準備がまだ出来てないんだが⁉

 初めてのリモート面接の直前に発生したPCトラブルみたいに、滅茶苦茶パニックになってるんだが‼


 オロオロする俺の耳に、ドシッと構えたポチの声が届く。


『落ち着いてください、ご主人様。とりあえず始めは、私めが王妃様とお話しいたしますので、ご安心ください』

「ア、ハイ……お願いします」


 なんて自信に満ちた声なんだ……

 これは頼れる。


 ポチもポチで、俺に全てを一任された自信で漲っているのか、手鏡の表面が先ほどよりも輝いているように見えた。


 手鏡に視線を向けると、何も映っていなかったはずの鏡面に紫の布が映っていた。どうやらすでに、向こうの映像がこちらに送られてきているようだ。


 紫の布がめくられ現れたのは、深海のような静けさを湛えた青い瞳――『氷結の王妃』アリシア・エデル・エクペリオンの姿だった。


 画面を隔てていると分かっていても、その美しさに視線を反らせなくなる。

 言葉にならない感情が鳩尾辺りに溜まって、溜息となって吐き出される。

 いずれ破裂してしまうんじゃないかと思うほど、心臓が早鐘を打つ。


 思い知らされる。

 どれだけ自分が、彼女に惹かれて止まないかを――


 彼女の唇が、例の言葉を紡ぎ出す。


「……鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

『この世で一番美しいのは白雪姫です』


(……ああ、やはりそうなのか)


 話しには聞いていたが、実際にこのやりとりを見て、俺の心は絶望に叩き落とされた。奥歯を噛みしめ、手鏡から視線を落として俯く。


 やはり物語通り、アリシアは破滅ルートを突き進んでいる。

 このままビアンカに危害を加え……最終的には断罪される。


 きっと今も、ポチの返答を聞き、さぞかし嫉妬を込めた冷たい表情をし――


「その通りです! キャー! ビアンカ姫ー‼」


 ……はっ?


 歓喜に満ちあふれた声色とともに手鏡に映るのは、表情筋が崩壊したアリシアのニヤケ顔。両手で頬を押さえながら、身もだえしている。


 え? これ、一体どういう状況?


 激しく目を瞬かせていると突然、アリシアの顔がグイッと大きくなった。きっと鏡に顔を近づけたのだろう。


 顔を近づけてまでして何を見ているのかと不思議に思っていると、手鏡の左下に、小さな画面が一つ追加されていることに気付いた。


 その画面には、机で本を読むビアンカの姿が映し出されている。

 もしかしてこの小窓は、アリシアが今見ている映像が映し出されているのか?


 俺の考えが正しいことを証明するように、アリシアはドロドロに表情筋を緩めながら、


「あぁ……今日も頑張ってお勉強されているのですね。真剣な表情が可愛すぎます! それに、もうそんな難しい本を読んでいるなんて。可愛いだけでなく天才だなんて、女神は二物を与えないとは言いますが、ビアンカ姫には何物与えたら気が済むんですか……」


 などとブツブツ呟いている。


 いやぁー分かる。

 滅茶苦茶分かるぞ、アリシア。


 俺の予想としては、あと十物は与えられるはず――って、今は同感だと頷いている場合じゃない‼


 これは一体どういうことなんだ⁉

 アリシアはビアンカの美しさに嫉妬していたんじゃないのか⁉


 これ、完全に推しへの反応じゃん!

 壁になって愛でてる状態じゃんっ‼

 

 唇から涎を垂らしそうなほど、だらしなく緩みきった顔でビアンカの映像を見つめ続けるアリシア。つい先ほどまで存在した氷結の王妃は、どこにもいない。


 むしろビアンカの可愛さに興奮してか、ホッカホカだ。


 しばらく俺とともにビアンカを愛でていたアリシアだったが、 


「鏡、もういいわ。次は例のものを映し出して」


 と命令した。


 次の瞬間、ビアンカが映し出されていた小窓に、俺の顔が映し出されたのだ。


 大きく心臓が跳ね一瞬息が止まったが、よくよく見ると映し出されているのは、執務室で書類に向かっている俺の姿。

 おそらく、ポチを破壊しに行く前の映像だろう。


『ご主人様、ご安心ください。これは過去の映像でございます。こんなこともあろうかと、記録しておいたのです』


 こんなこともあろうかとって……どんなことを想定して録画してたんだ、こいつは、という疑問を飲み込みつつ、俺はホッと全身から力を抜いた。


 でも、アリシアは何故俺の映像を?

 もしかして、ちゃんと仕事をしているか監視している……とか?


 怪訝に思いながら手鏡の中のアリシアを観察していると、まるで恋恥じらう少女のように彼女の頬が赤く染まり、青い瞳がトロンと潤んだ。


 艶やかで柔らかそうな唇から、ほわっと息が漏れる。


「あぁ……陛下……今日も素敵過ぎます……」


 そんな言葉と共に――

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