第8話 朝唐将宙登場!
「死んでやるっ!」
「コブちゃん!早まっちゃダメだよ!」
処変わって、ここはとあるデパートの屋上である。
超イケメン青年に「自衛隊に入りませんか」などと誘われ、ショックを受けた子豚は、半ベソをかきながら道向かいのデパートの中へと走って行った。そんな子豚を心配して他の三人が慌てて後を追いかけた結果が、この今の状況である。
「コブちゃん、死ぬとか言わないで!とにかく、その手すりから離れましょう!
ねっ!ねっ!」
「だって、自衛隊よ!自衛隊に誘われるなんて!私、死んだ方がいいのよ!」
てぃーだの慰めも叶わず、手すりにしがみつく子豚をひろきが引き離そうとするが、ひろきの力では子豚はびくとも動かない。
「ちょっと!シチローもなんとか言ってよ!コブちゃん飛び降りちゃうよ~!」
「何言ってんだコブちゃん!自衛隊は公務員だから、給料だって安定してるし年金だって沢山貰えるんだぞっ!」
「シチロー!それ、全然フォローになって無いからっ!」
「コブちゃん!こんな所から落ちたらスゲエ痛いんだぞ!それでもいいのかっ!」
「シチロー!アンタもっとマシな引き止め方知らないのっ!」
ピントの外れたシチローの言動のおかげで、この緊迫した状況にも関わらずその緊迫感は、周りの買い物客達に全く伝わっていなかった。
きっと、コントか何かの練習でもしていると思ったのだろう……この四人に関わろうとする者は誰もいない。
手すりを乗り越えようともがく子豚と、その子豚にしがみつくひろき。そして、必死に子豚を説得しようとするが、イマイチ言っている事が支離滅裂なシチロー……
このままでは埒があかないと感じたてぃーだは、デパートの警備員に助けを求めようと考えた。
「シチロー!ひろき!アタシ、下に行って警備員呼んで来るから、それまで持ちこたえていて!」
そう叫んで、てぃーだが走り出そうと足を踏み出したその瞬間。突然、四人の背後から声が聞こえた。
「自ら命を絶とうなんて、愚の骨頂というものだよ!お嬢さん!」
見ると、いつの間にか子豚達の後ろには一人の男が腕を組んで仁王立ちしていた。
「そこのお嬢さん。悩みがあるのなら、私が訊いてあげようじゃないか。そんな事をしても、何の得にもならない!」
シチローよりも、言う事はかなりまともである。
だが、腕組みをして四人の後ろに立っていたその男は、何とも異様な雰囲気を醸し出していた。服装は、真っ黒なスーツに黒いYシャツ。おまけにサングラスといった黒ずくめの格好……唯一、ネクタイだけが赤色であった。肩まで伸びた髪に長い顎髭は、堅気の職業の人間とは趣を異にしていた。
「ちょっとコブちゃん……変なオジサンが、あんな事言ってるけど……」
「えっ?……誰よあの人?」
自殺する気満々だった子豚も、異様な姿の男の言動に、思わず自殺を中断してしまった。
「あの……アナタは一体誰なんですか?」
シチローが男に近付いてそんな質問をすると、男はおもむろにスーツの内ポケットから名刺を取り出し、それをシチローに渡した。
「私ですか……私は、こういう者です。どうか、お見知り置きを」
名刺を受け取ったシチローは、それに書かれている文字に目を落とした。
「こ、これは……」
そして、驚いた表情をしながら男の方に向き直り、尋ねるのだった。
「アナタ、本当に……鴉信教の教祖『朝唐将宙』なんですか?」
「いかにも!私が朝唐将宙である!」
サングラスのせいで今まで気付かなかったが、言われてみればあの髪型と顎髭は、森永探偵事務所の作戦会議の時にPCで見たあの顔に間違い無い。
まさか、朝唐教祖本人に出会えるとは、思いもよらない成果である。シチローの立てた作戦は散々なものであったが、これも結果オーライと言うべきだろう。
「それじゃ教祖さん。早速、私の悩み相談に乗って下さいますか?」
もはや自殺の事なんて、すっかりどうでもよくなった子豚が、朝唐を悩み相談に誘った。
「よろしい、これも何かの縁でしょう。では、下の喫茶店で話を聞きましょうか」
デパートの中にある喫茶店へと向かう途中、子豚は得意そうな顔をして、シチローの耳元でこんな言葉を囁いた。
「私のおかげで、何もかも上手くいったわね。シチロー」
さっきまで「死んでやる」とか言って大騒ぎしていたのが、嘘のような変わり身の早さである。
「チェッ!まったく調子がいいんだからな……」
自分の計画が全く役に立たなかったシチローは、口を尖らせてぶつぶつと文句を言う以外、他に無かった。
♢♢♢
喫茶店に入った朝唐とチャリパイの四人は、奥の六人掛けのテーブルに着いた。
朝唐は奥側の三つ並んだ椅子の真ん中に座り、その隣にシチロー、そしてテーブルを挟んだ反対側の三つの椅子には、真ん中が子豚、右にてぃーだ左にひろきという配置だ。
暫くして、注文していたアイスコーヒーが全員に行き渡ると、朝唐はストローを咥えて大きな音をたててコーヒーを吸い込んだ。
ズズ―――――ッ!
(ずいぶんと行儀の悪い飲み方だな……)
そう、シチロー達は思ったが、朝唐に気を遣って敢えて何も言わなかった。
「それで、悩み事というのはどんな事ですかな?」
顎髭を撫でながら質問する朝唐に、相談者役の子豚は神妙な表情で自分の悩みを熱く語り始めた。
「聞いて下さい!教祖!私ったら、最近全然ツイてなくて、本当に不幸のズンドコなんです!」
「ズンドコ?……」
朝唐の髭をさする手が止まった。
「コブちゃん……それを言うなら『不幸のどん底』でしょ……」
てぃーだが、さりげなく訂正する。
「そう!そのどん底なのよ!……宝くじは買っても当たらないし、イケメンとの出会いも無い。体重だって3キロも増えるし……この間なんて、ラーメン屋さんでトンコツラーメン頼んだのに、味噌ラーメンが出てきたのよっ!」
(どんな悩みだよ……)
シチローも、てぃーだとひろきも、あまりにもくだらない子豚の悩みに、呆れ返っていた。
こんな悩みを、果たして朝唐はまともに取り合ってくれるだろうか?
だが、心配になって朝唐の方に目を向けると、朝唐は子豚の言う事にいちいち相槌をうちながら、真剣に聞いている様子であった。
「なるほど、そうですか……」
子豚の相談を一通り聞いた朝唐は、目を瞑って落ち着いた様子で暫く思案に暮れていた。
チャリパイの四人は、朝唐が子豚に対してどんな事を言うのだろうと、朝唐の方に視線を集中させる。
と、次の瞬間
今度は一転して興奮した様子でテーブルに乗り出し、アイスコーヒー片手に子豚に食いかかるような勢いで目を剥き出しながら、大声でまくし立てたのだ!
「今のアナタの不幸な出来事の数々!それは全てアナタに取り憑いている悪魔の仕業に違いありません!!」
「悪魔?……」
意表をつくその言葉に、子豚をはじめとするチャリパイの四人は、キョトンとした顔で朝唐の方を見ていた。
「そうです!アナタは悪魔に取り憑かれているのです!……アナタが幸せになる為には、これはもう『鴉信教』に入信し、修行を積んでアナタに取り憑いているその悪魔を取り除くしかありません!さもなければ、アナタは今よりもっと不幸な運命を辿る事になりますよっ!」
ズズ―――――ッ!
(……顔…近いんだけど………)
思いっきり体を乗り出し、おでこがぶつかりそうなほど顔を近付けて熱弁を奮う朝唐に、子豚もさすがにドン引きしていた。
実は、この朝唐の台詞は鴉信教の『信者勧誘バイブル』に従った内容であった。
悪魔の仕業にすれば、どんな悩み事にも対応出来る。大抵の人間は、こんな事を信じようともしないが、百人に一人位はこの言葉を信じ、鴉信教に入信を希望する者がいるのだそうだ。
状況は願ってもない方向に転がった。
なんと言っても鴉信教の教祖、朝唐直々の入信勧誘である。
正直、あの教祖の胡散臭さには参ったが、子豚は勿論この朝唐の申し出を受け入れた。
「わかりました!私、鴉信教に入信します!」
そして、朝唐の隣にいたシチローも
「朝唐教祖!オイラ、今の教祖のお話に大変共感しました!是非ともオイラも鴉信教に入れて下さい!」
続いて、てぃーだとひろきも
「アタシも是非、お願いします!」
「あたしも~」
次々と入信表明をするチャリパイの面々に、ご満悦の朝唐 将宙。
「皆さんは非常に賢明な人達です。きっと幸せになれますよ」
(ふはは…今日は大収穫だな。カモがネギしょって四羽もやって来たわい)
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