Mr.Tの奇妙な教室

黒鬼

第1話

 12月25日は子供の頃から大好きだった。


 美味しいケーキやチキンが食べられて、サンタさんは頼んだプレゼントを用意して枕元に置いてくれる。楽しい事だらけだ。


 それは大学生になった今も変わらない。


『今日は大好きなリスナーの皆に重大なお知らせがある、驚かないで聞いて欲しいんじゃが……』


「えーっ、何かな? 新作衣装発表とか?」


 ゲーミングパソコンのモニターに映る、私の推し鬼系美少女Vtuberの白鬼の表情が暗くなる。


『本日の配信で余は引退する』


「えっ……えぇ⁉︎」


 両手に持っていたチキンが、テーブルにぽとりと落ちて転がった。


 そこから先は記憶があいまいだけど、要は白鬼の中の人が海外での就職が決まり、仕事に専念したいのでVtuberを引退するそうだ。


 その日の夜はパソコンを起動したまま、テーブルに転がるチキンを放置してベットの中の白鬼水着衣装のぬいぐるみを抱きしめて、ずっと泣いた。


「ひぐっ……もう……生きていけ……」


 ピロピロピー!


 スマホの呼び出し音(白鬼の初オリジナル曲)が鳴り、相手も見ずに動画通話モードにした。


『おーい! 超絶美人現役グラドルのレンお姉ちゃんだぞー。どうせ、あんた一人でVtuberのクリスマス配信とか観てんでしょ? 今、他雑誌のグラビア仲間と家で飲んでんの、焼きカニとか焼肉もやるから、あんたも来なさいよ』


 チラリとスマホをみると、格闘ゲームの女キャラのような顔立ちの整った黒ロングの美人顔の姉と水着だか下着だか分からない露出の高い格好で抜群のスタイルの美女達が顔を覗かせた。


「うるさい牛共。せいぜい若い内に男共に胸部の脂肪の塊を振り回していればいい。歳を重ねたら地球の重力で垂れ乳確定なんだから」


 姉の友達は、豪快な胸部を豪快に揺らしながら『ギャハハ‼︎』と豪快に笑った。


『牛⁉︎ あ、あんたね……なんか嫌な事あったなら後で連絡してね。何にも解決出来ないけど話しくらい聞いたげるから、今夜冷えるから暖かくして寝なさい。じゃあね』


「……うん」


 優しい姉達に酷い事を言ってしまい、自分が余計に大嫌いになった。


「うぅ……ごめん。お姉ちゃんとその他友達の牛のモブ」


 待った。今年の夏に海に行ったメンバーだったような。


 みんなでビーチに水着で入った瞬間にナンパがヤバイくらいに集まってきて、どっかの国の聖地巡礼の聖遺物のごとき人混みで大変だった。


 私には誰一人声掛けは無くて全員がお姉ちゃん達しか見ていなかった気がして、離れたところで砂の城を二つ建設していた。


 その日、お姉ちゃん以外のメンバーは、何故か別の宿に泊まったようで、翌朝お肌ツヤツヤで戻ってきていた。


 私は姉と同じ遺伝子のはずなのに、胸はほとんど平だし、全体的に発育が悪いのは異常だ。


「前言撤回。牛共には死を、私には胸部の脂肪を」


 冷蔵庫を開けて、牛乳パックを出して腰に手を当てて一気飲みした。


               ※


 四時五十九分。


 スマホが鳴る一分前に身体を起こしてタイマーをオフにした。


 スマホには姉からの動画と私の通う大学の田中教授からスタンプが届いていた。


 姉からのは、どうせ水着か下着姿でふざけている動画だろう。


 教授の方の通知画面を開くと、鹿の骨を被った死神が背中から看板を見せてくる動くスタンプだった。


 看板には『メリークルシミマス』と書いてあった。


 田中教授の連絡先をタップした。


『やあ』


「嫌がらせですか? 死ね」


『ちょ、まっ』


 電話をぶち切り、ベットに放り投げてテーブルに転がったチキンなどを片付けた。


 その間、スマホがしつこく鳴りまくるが無視して掃除を続けた。


 お昼前に掃除やジムでの筋トレを終わらせて、シャワーを浴びた後にスマホを観ると百件を超える通知が来ていた。


「ちっ」


 田中教授の連絡先に電話を掛けた。


『リン君、本当にすまない。持っていたスタンプのクリスマス用のスタンプを送っただけなんだ、悪気はないよ』


「クリスマス前後は人によっては、最悪な日でもあります。海外で兵器研究していた優秀なあなたが分からないんですね」


 嫌味たっぷりに言ってやると教授は笑った。


『ははっ、昔から他人に合わせた行動が苦手でね。クリスマスは過ぎてしまったが、きみにプレゼントを用意している、大学に来れるかい?』


 今は人に会いたい気分じゃないので、気晴らしに溜まったアニメの視聴やゲームをしていたい。


「今日はお姉ちゃんと買い物の予定があるからダメです」


『そうか……頼まれていた物が完成したんだが』


「指定部位を肥大化させる全世界の女子待望のボンキュボンアッパーが⁉︎ 行きます!」


『いや、お姉さんとの予定があるんだろう?』


「行きます!」


 着ていたジャージを脱ぎ、洗面所の鏡で簡単にメイクした。


 鏡越しに、泣き腫らした少し赤い目にショートボブのデフォルト顔で口の端の口角が上がった、あまり好きじゃない自分のニヤケ面が映る。


 お姉ちゃん達は猫みたいで可愛いと褒めて、デッカい胸で挟んでくれるけど。


 外着のショートパンツと冬用の分厚いパーカーを選んで、家を出て電車やバスを乗り継いで約一時間で大学に到着した。


 最近、新設されたピカピカの校内を走り抜けて、別棟の戦前からあるのでは? というくらいにボロい木造校舎に入った。


 歩くとギシギシ鳴る床は今にも抜けそうだ。


「おっ、荒神だ。おまえも補習?」


 ジャージ姿のクラスメイトの男子とすれ違った。


「私は補習する程に落ちぶれてないよ」


「だよなー、おまえ頭だけは良いもんな」


「顔も身体も超絶良いから! さっさと、どっか行けっ、佐々木!」


「あの、俺は佐藤……」


 いちいちクラスメイトの名前なんざ覚えていない。


 田中教授の担任するオカルト研究部は、旧校舎地下一階にある。


 地下のオカルト研究部の扉には、赤いペンキで『この先、法律は存在せず』と落書きがされていて、一見さんお断りの雰囲気がぷんぷんしている。


 そもそもオカルト研究部という怪しさ満点の部活自体は、本来は実在しないらしいのでオカルト同好会が正しい名前だそうだ。


 教授は一応、目上の四十代の男性なので扉を軽くノックした。


『入りたまえ』


 機械音声の田中教授の声がスピーカーから流れて、鍵がガチャっと自動で開いた。


 足元を白い煙が流れて漏れ出した。


「失礼します……教授?」


「ぐごご」


 私の身長くらいの大きなガラスの箱やら、薄汚い衣類の山、紙の書類の束などに埋もれて鹿の頭の骨を頭に装着したオールバックヘアに黒いスーツ姿の田中教授が、机の上で寝ていた。


 状況を考えると鹿の頭で私を驚かせる予定だったようだ。


「教授ー? ほらっ、私が来ましたよ!」


「ぐごご、あと五分……」


「そんなセリフはフィクションでしか聞いた事ないですって!」


 教授の頭をバシバシ叩いても全然起きない。


「バカ教授め、仕方ない。やるか」


 教授の耳元に口を近づけて、ふーっと吐息をかけてあげると教授の身体がガクガクと震え出した。


 色気たっぷりの姉になったつもりで、教授の耳元で優しくささやいた。


「センセ、そろそろ起きてください……」


「はーい‼︎」


 教授は飛び起きて辺りをキョロキョロ見渡した。


「おかしい。素晴らしい色気の美女が部屋に居たはずだ」


 私はさりげなく教授の仮面のバンドを外して、左手に力を込めた。


「田中教授ー? 左、右どっちですか?」


「ああ、なんだ君か。利き手の話かな、左利きだよ」


              ※


 田中教授は左頬に赤くハッキリ残った私の平手打ちの紅葉マークをさすった。


「リン君のフルスイングビンタは腰が入っていて威力が凄まじいな。ドラゴンでも一発で目覚めるぞ」


「そんな事より教授! 早く例のアレ‼︎」


「ああ、あれは嘘だ」


「……教授は私のビンタが大好きですね」


 私は右手に全身のオーラ? を集中させた。


「待ちなさい。嘘を言わないと、きみは絶対に来なかったはず。代わりに面白い物が手に入ったので一緒にみて欲しいんだ」


「つまらなかったら、右頬にも紅葉マーク付けますからね」


「リン君は、なんて暴力的なんだ……入部当初は借りてきた猫のようにおとなしかったのに」


「優秀な米軍兵器研究の研究者が、私の学校のオカルト研究部の担任になったから入部したんです。でも、実際の活動は非科学的とすらいえないくらいに変な研究ばっかりじゃないですか。そのせいで部員は私一人、来年までに人数を増やさないと同好会になっちゃいます」


「別にそれでもいいさ。部活だろうが同好会だろうが研究が出来れば、どうでもいい」


 教授が置いてあったガラスケースに手を置いた。


「リン君、きみにはこの中に何が見えるかな?」


 教授の怪しい授業が始まった。


 ガラスケースの中には、白いモヤモヤが詰まっていて中身は見えない。


「……グリコールと水。ライブ会場で照明を見やすくする為、消防訓練だと煙の代わりに使用します」


「ははっ、エクセレント! 模範的でつまらないが良い回答だ。だけどハズレ、中身はだよ」

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