第17話 覚悟と決断のなし崩し


いまだ雲一つ無い晴れ渡った初夏の中、いつの間にか遠くから蝉の鳴き声が聞こえくる。

そんな午後の太郎宅では…


「とにかく冴子さんには私の方からキチンと説明しておくから安心して良いですよ♪」

とりあえず平常心だけでも無理矢理呼び起こしたい太郎は、華恋に一旦掃除の手を止めてもらい《ちょっとソファーに座って紅茶でも飲んで休憩したら》と、とっておきの茶葉を使った紅茶を入れてテーブルに置いた。

そのあと先ずは華恋の共犯者である鬼無里本部長に連絡&クレームを入れたのだが、電話のやり取りからして敢え無く玉砕したらしい(笑)

「いえ、そうじゃなくてですね…」

それでも無駄だろうと思いつつ、食い下がる太郎…

「まぁ〜君の事ですから、欲望に負けていきなり無責任な行動なんて取らないでしょうし♪それよりも君自身が逆に襲われない様に気を付けて下さいね(笑)」

「本部長〜(涙)」

だがやはり返り討ちの様だ。

それに何もかも電話先の相手にはお見通しらしい(汗)


すると…

「…山田課長…実は彼女、コンテストに出展する作品を最初からやり直すらしいんですよ…」

急に鬼無里がシリアスな口調で話を変えてきた。

「え?」

唐突過ぎるそんな話の切り替えとその内容に、驚きを隠せず思わず言葉に詰まる太郎…

「理由は敢えて聞いていませんが、何か決意と言うか覚悟と言うか…そんな気概が本人から感じられます」

「………」

「ですから課長…側に居て上げるだけでも構いませんので彼女を支えてやってくれませんか?お願いします」

それは鬼無里の声色からして真実を口にし、そして真剣に太郎に頼んでいるという事が切に理解できる…


太郎はその言葉を聞き思った。

コンテストまで後一ヶ月ちょっと…

今から総てをやり直すのは素人の自分から見てもかなり無謀だと思う…

でもヤケクソでも安易な気持ちからでもなく、彼女はそれを承知の上でやろうと覚悟を決めているらしい…

しかもそんな大変な事になっているにも関わらずそれを自分には微塵も感じさせないでいる…


「本部長…シングルサイズの寝具一式、本部長名義で領収書を切りますから、後で請求書ヨロシクお願いします」

太郎自身二人には、まだまだ色々思う事も言いたい事もあるのだが、今それは棚置きする事に決めた。

それは冴子に華恋を応援すると約束したのもあるが、彼女のその並々ならぬ決心と覚悟を尊重したいと思ったからだ。

「(笑)了解♪薫の許可も取っておくよ、それじゃ彼女の事よろしく頼むね」

「善処します」

「それで良いよ」

総てを了承した様な、そんな太郎の回答に内心ホッとしたのだろう。

鬼無里は小さく安堵の溜息を一つ付くと、彼に感謝の言葉を口にして電話を切ったのであった。


そんな二人のやり取りの中身が気掛かりだったのか、それともグイグイ行き過ぎて太郎に嫌われたのかもしれないと段々不安になったのか…

負のオーラを隠す事も忘れ、華恋はそっと彼に近づいてきた。


実際…

華恋はこんな感じの距離感で自分の方から男性と接した事が無かったし、ましてや異性に対してアプローチをかける事なんて今まで一度も無かった。


何故なら今まで全部が男性の方からのアプローチから始まっていたからだ。

そして気にいったら相手ならそのまま付き合ったり、その後もその場の雰囲気やノリで身体の関係を持っていた。

そんな行為や関係も、男と女の間には大切な確認事項だと、母を見て学んでいる。


…だから…


要は解らないのだ…

色んな意味で…

色んな事と…

色んな物が…


…そして…


次に…どんなリアクションを取るのがベストなのか…

どういう段階や段取りを踏まなければならないのか…

こんなにも自分に対する相手の一挙一動が怖いのか…


おそらく世間で言う所の《恋愛ヲタク》…

もしくは《チェリー》…

その言葉が今の華恋の当てはまるのかもしれない。


「タッくん…話ついた?」

本人は気づいていないが、華恋は今泣きそうな表情で太郎に話しかけていた。

「つ…つけましたから…ゴホン!それよりも華恋さん、本部長に聞きましたけど出展作品最初からやり直すらしいですね」

その表情に一瞬怯んだ太郎。

彼自身も自分が原因で女性にこんな不安な顔をさせる事が初めてだった。

だからこそ彼女に対する接し方を改めた。

改めなければ失礼だと思ったからだ。


「え!あ…ウン…」

予想外の問いかけに驚きを隠せない華恋はうつむきながら、太郎とは逆にシドロモドロになってそう答えた。

そんな彼女の答を確認した太郎は、少し表情を緩めてゆっくりと言葉を続けた。

「自分も敢えて理由は聞きませんが、いつかその理由を話せる時がきたら聞かせて下さい…それがここで一緒に暮らす条件にします、いいてすか?」

「…怒ってない…の?」

太郎のそのセリフに驚いて顔を上げた華恋は、彼の表情を見て改めて質問した。


「本気で怒ってたらとっくに追い出してますよ(笑)」

「♪♪♪」

破顔一笑♡

満面の笑顔でそう答える太郎を見て、華恋も釣られて笑顔になっていた。

その目には薄っすらと涙が浮かんている。

「華恋さん、自分に出来る事はたかが知れていますが出来る限り応援しますしサポートもします、食事も貴女の口に合うんでしたら自分が用意します…というか料理は好きですからむしろさせて下さい…とりあえずそれで良いですか?」

「ウン♡♡♡勿論良いし〜♪♪」

嬉しそうにそう答える華恋を見て、これで良かったと染み染み実感する太郎。


しかしここから先がヤバかった!

「所でタッくん…」

「何でしょう?」

「キョドってないじゃん♡」

さながら獲物をロック・オンした雌豹の様な誰かさんがゆっくりと、わざと目線をそらすもう一人の誰かさんに近づいてきた(笑)

「それは自分も貴女自身に真剣に向き合おうって決めたからかもしれません」

と言いつつ、滝の様な冷や汗を流す誰かさん(汗)

いまだ目線はそらしたままである。


「キャー♡じゃ〜早速寝室に…」

「行く訳無いでしょ!」

やはり想像していた答えが彼女から返ってきたのか、速攻で拒否る太郎(笑)

「え〜〜〜ケチ〜!タッくんってば身体の相性も大事な事じゃん♡」

「それはそれ!これはこれです!」

確かに大事だと思うが…

流されまいと無駄な抵抗をしている獲物さん(笑)

「ブーー!そんなの意味不明イミフだし〜」

「ほら、それよりもお腹空きませんか?何か作りますよ」

「え、マジで♡勿論食べるし〜♪♪」

「じゃ〜出来たら呼びますから、それまで自分がやれる事をして下さい」

「ウン♡」

逆に彼女の胃袋を掴んだと実感し、心の中で逆転のガッツポーズをとる太郎。


その後…

食事をしながら幾つかの約束を交わした二人は、掃除もそこそこに最低限必要な物を買いに商店街へ向かった。

勿論♪

太郎はその商店街で、顔なじみの男店主達に妬みや嫉妬の目で睨まれるのであった(笑)



…続く…


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