こちら区役所妖課

ねこ沢ふたよ

第1話 人形の怪

 誕生会。

 ケーキとご馳走を囲んで楽しくお祝い。

 そのはずだったのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


 誕生日の主役であるはずの少年は、庭のゴミ箱の中で追っ手に震えあがって縮こまっていた。

 この間、パパが庭掃除した時にかき集めた落ち葉が、ママにせっかく買ってもらったばかりのシャツにまとわりついて汚す。


「ドーコー? ネエ、ドーコー?」


 妙に明るい声。

 ケラケラと笑いながら探す追っ手の高い声。


 あれは、なんなんだろう。

 誰からか分からないプレゼントの包み。

 それを開けた中に入っていた人形。


 それが、全てをぶち壊した。

 パパやママがどうなったか分からない。

 動き出した人形が、ママの首を絞めて……パパが慌てて人形を取り押さえようとして、「逃げろ!」パパの言葉を聞いて、少年は目の前にあった物を無我夢中でつかんで逃げてきた。


 あれが、あんな風に自由に家の中を歩き回っているっていうことは、パパとママは? そんなこと、考えるのも嫌だ。


 どうしたら良いんだろう。

 どうしたら、あれをやっつけられるのだろう。


 少年の手には、ケーキを切るためのナイフ。

 そして、ロウソクに火を付けるためのライターがあった。


 そうだ。枯葉。

 ナイフで攻撃して、このゴミ箱に中にあの人形を入れて、火を付ければ、人形は燃えてしまうのではないだろうか?


「ミーツケタ!!」


 ゴミ箱の蓋があいた瞬間に、少年はナイフを人形に突き立てた。



◇◇◇◇


 狭い。狭いぞ。

 互いの肩がぶつかるような狭いスペースで、私は、人形の怪異の資料を読む。

 隣では、課長の遠野が、何やらパソコンの画面を睨んでいる。


 区役所のお荷物。何やっているんだか分からない連中。

 そういう印象の強い我ら妖課は、役所の中で迫害されている。

 

 そりゃそうだ。普通の人に妖は見えない。

 だが、怪異は確かに存在して、常識では「ありえない」としか言えないトラブルが、区役所には苦情として舞い込んでくる。

 それを、我々妖課のメンバーが解決しているのだが、他の職員の目には、「何やっているんだか分からない連中」としか映らない。


 何度も何度も、我々の部署を解体して、町おこし推進課や、公園清掃課の立ち上げを検討された。

 そのたびに、区長が大きく首を横に振ったのは、区長自身が、怪異の脅威にさらされたことがあったかららしいが、それはもう何年も前の話。

 どんなことがあったのかは、課長の遠野圭吾とおのけいごしかしらない。


 もちろん、私、南方文香みなかたふみかも、その詳細は知らない。

 

 チラリと私は、課長の東野の横顔を盗み見る。

 イケオジだ……。

 まじ良き……。


 どんなに他の課の職員に白い目て見られても、この妖課を抜けられないのは、遠野の部下でいられるから。狭いのだって、遠野の傍にいられるなら、それはそれで良い。

 

「南方、資料は読んだか?」

「ひゃい! え、ええっと。一通りは。少年は果敢に怪異に立ち向かったのですが、どうやらうまくいかなかったようで、大やけどをして入院中。人形は、現在逃走中で行方不明となっております」


 遠野のイケボで話し掛けられて、私の声は裏返る。


「南方にこの件を任せたいのだが……」

「え、遠野課長は、一緒に行かないのですか?」


 いつもは、私と遠野課長がペアになって事件現場の調査に行っていた。


「うん。南方には新人君と今度からは組んでもらおうと思うんだ」


 妖課に入って三年。

 そろそろ、独り立ちして新人を教育する立場になってしまったってことか……。

 くっそう。イケオジ遠野課長との二人きりの楽しい時間が無くなってしまった。


 露骨に嫌そうな顔をする私に、遠野課長が苦笑いを見せる。

 苦笑いもかっこよい。


「そう、嫌そうな顔するな。ほら、後ろ。新人が見ているぞ」


 え、後ろ? 

 この私が、後ろを取られてしまうとは。

 数々の怪異と戦い、遠野課長と共に解決してきた私背後を新人に取られるとは!!


 慌てて振り返れば、高校生くらいの男の子がニカッと人懐っこそうな笑顔を浮かべて立っている。


「え、若!! て、学生? 何で?」

「んっだよ。何? 学歴必要系? お姉さん、そう言うの気にする系?」

「あ、いや、全然。私もそんなの無いし」


 学歴なんて、遠野課長が怪異と戦っているのを目撃して、高校を卒業してすぐに区役所入りしたから、私もない。


 ただの枯れ専女の私が、学歴なぞ気にするわけがない。


「俺、柳田亮やなぎだりょう。そこの遠野っていうおっさんにスカウトされて来た。ヘッドハンティングっていうの? そういうの」


 よろしくと手を出す柳田。私は、素直に握手を交わした。


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