暗殺者は心を殺せ!

天野静流

プロローグ

プロローグ

「皆さんには今から殺し合いをしてもらいます」

 教壇に立つ長身の男は五人の少女を見下ろしながら爽やかな笑みを浮かべ、そう言った。通常の学校ならば異常な発言であるが、ここは殺しを生業とする暗殺協会の養成所。特段、珍しいことはない。

「セリル先生。それはどのような意味でしょうか?」

 教室の最前列から凛とした声が響く。その正体は麦の穂のような黄金の髪を揺らし、小首を傾げた少女だった。彼女の名はマーセル。この優れた人間しかいない候補生の中でも格別に優秀な子だ。

「言葉の通りだよ、マーセル。優秀な君たちは暗殺協会の中でも特別な機関である『空』の候補生だ。知っての通り『空』は暗殺者を殺すことを目的とする特殊部隊。つまり……」

「……仲間であっても殺せる必要があるということですか」

「その通り! 流石に察しがいいね」

 きざったらしくセリルは指を鳴らす。そんな男をマーセルは半眼で見つめている。

「最後の試験は仲間狩り。明日から数え、一週間後までに自らの仲間の首を一人一つ持ってくることが合格の条件だ。言っとくけどこれは特別なことじゃない。できて当然の試験だ。異論は認めないが……今この場が話し合える最後の機会になるかもしれないから自由に意見を言ってくれたまえ」

 一瞬、教室が静寂に包まれるが「質問よろしいでしょうか」とマーセルが声を上げる。セリルは肯定を示すようにゆっくりと頷く。

「試験の内容は理解しました。しかし、些か説明不足ではありませんか?」

「どういうことだい?」

 マーセルは挑発的な笑みを浮かべ、長い髪を右手で払う。

「この場には身内の殺し屋は私たちだけでなく、先生——あなたもいるってことですよ」

 彼女の発言に一部の少女たちが目を丸くしている。それもそうだ。マーセルの発想は常識の埒外にある。つまり、少女はこういっているのだ。教官であるセリルも殺しの対象に入ると。セリルは口角を上げ、金髪の少女を見下ろす。

「なるほど。確かにそうだ。よろしい——本来ならば一人一殺の課題にするところだけどボクを殺せれば全員合格にしてあげよう。加えてボクは君たちを殺さないから安心して仕掛けてきなよ」

 仲間内で殺し合うよりも破格の条件が提示されたことでほんの少しだけ教室内の空気が揺れる。

「ありがとうございます、先生。これで私たちが殺し合うことはなくなります。そうよね?」

 彼女が呼びかけると二人が同意を見せ、一人は反応せず、残りの一人は机に突っ伏している。

「まあ、全会一致とはいきませんが私たちの目標は決まりました。覚悟してくださいね。セリル先生」

 ほんの僅かに甘えるような声音が混じったらしくない宣言がマーセルからなされた。セリルはそれに答えるように不敵な笑みを浮かべる。

「ヤれるものならヤって見なさい。すぐにそれは茨の道だと気づくと思うけどね」

「そんな茨なんて根元ごと伐採して差し上げますよ」

 目には目を。そんな強気な態度にセリルは思わず頬を緩める。

「明日からを楽しみにしているよ。今は平穏な今日を満喫するといい。邪魔者は退散するからね」

 セリルは教壇から降りると木製の扉をスライドさせ、教室を後にした。彼女らは極めて優秀な生徒たちだ。今まで幾人の殺し屋と対峙してきたがプロと比べても遜色ない実力があるだろう。一年間の思い出を噛み締め、思いを馳せていると長い廊下はいつの間にか終わり二階の端にある自室へとたどり着いていた。

「まあ、そんな子たちはボクを殺しに来るんだけどね」

 しかし、それも殺し屋としての宿命だ。ボクもそうやって生きてきたのだから。セリルは簡素なベッドに体を投げ出し、床についた。

——日が昇った。

 試合開始のゴングが頭の中で鳴り響くのを感じる。セリルはいつも通り、格好を整え、教室に向かう。姿見には皺ひとつない黒のスーツに赤いネクタイが映える精悍な姿が映っている。

さて、奇襲を仕掛けてくるか……それとも罠に掛けようと画策しているか。そんなことを考えながらも警戒して歩みを進める。風景、空気の流れ、床の軋む音、何も変わらない日常がそこにはあった。しかし、ほんの少し鼻孔をくすぐる不快な匂いを感じ取った。

セリルは歩調を早め、匂いのもとである教室へと向かう。神経を研ぎ澄ましながらゆっくりドアを開けた。むせ返る醜悪な香りが鼻孔をくすぐる。

「……やっぱりか」

 ——匂いの正体は血だ。そして、目の前にあったのは首なしの死体。座っているそれからはまだ赤黒い液体が流れており、着ている服は制服だ。つまり、候補生誰かの死体が朝一で用意されているということだ。昨日の宣言からは考えられない結果にセリルは頭を抱える。

「最悪な朝だ」

 そんな嘆きは誰にも届かず、消えていった。

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