第37話 決勝戦③「活路」

(彁の力を借りて全盛期に戻ったのに……俺と本気の紗音にここまで差があるのか……)


 ギルスのミラーマッチでも敗北し、紗音のメインキャラで完全試合をされた。

 紗音に力の差を見せつけられ、春雪の心は折れかけていた。


(紗音は全てにおいて俺の上を行っている……)


 キャラの知識や反射神経、読み合いの上手さ――あらゆる要素で紗音は春雪の上をいっている。紗音は春雪の上位互換のプレイヤーであった。


(そもそも何か一つでも俺が紗音に勝てるところはあるのか……)


 紗音がこれまで対戦してきた相手は、紗音の完璧なプレイに心をへし折られていた。春雪も彼らのように「何をやっても紗音には通用しない」という弱気な思考に支配されていた。


(……アルフィスは強いです。だけど、気持ちで負けてしまえば勝てる勝負も勝てなくなります。諦めないでください)


 葵の助言が春雪の脳内で反響する。


(マスター、まだ勝負はついてないでしょ! このまま何もできずにボコボコにされて終わるつもりなの!)


 彁が弱気な表情を浮かべる春雪に怒鳴る。


(世界最強のプレイヤーになるんだろ! 負けっぱなしで悔しくないのかよ!)


 彁の言葉が春雪の萎んでいた闘志に火をつける。


(……そうだった。忘れるところだった。世界最強のプレイヤーになるのが俺の夢だ)

 

 紗音の強さに一度は折れそうになっていた心を春雪は奮い立たせる。


(……情けないところを見せたな)


(マスターが情けないのはいつものことでしょ。さあ、アルフィスをぶっ飛ばしちゃいなよ)


 紗音は戦意を取り戻した春雪に、冷めた視線を向ける。


「力の差は見せつけたはずだけど、まだ諦めていないんだ。その諦めの悪さには呆れるよ」


「まだ試合は終わってない」


「まだ希望を抱いているみたいだけど、次で終わりだよ」


 紗音が三戦目に出したのはギルスであった。


「最後はギルスで終わらせてあげるよ」


(同キャラ対決で二度も負けるわけにはいかない)


 二連敗で崖っぷちに追い詰められたが、春雪は勝負をまだ諦めていなかった。


『最強神選手はアルフィス選手に一矢報いることができるのか。アルフィス選手が宣言通り全勝優勝か。運命の第三セットが始まります』


 試合が始まるが両者全く動かない。


『えっと……試合はもう始まっていますがお互い慎重ですね』


 試合は動いていないが、春雪と紗音はいくつもの攻防を瞬間的にシミュレートしていた。

 目に見えない読み合いを繰り返した後、ようやく試合が動く。二人のギルスがじりじりと間合いを詰めて、同時に刺突を放つ。続けて、横薙ぎの槍がぶつかり合う。

 ここまでは互角の試合展開であった。


(互角なだけでは駄目だ。紗音のペースを崩す)

 

 ――アルフィスの倒し方ですか。あまり参考にならないかもしれませんが、私がアルフィスに勝った試合では、彼に対応される前に攻めまくって押し切りましたね。


 春雪は試合前に律から聞いた助言を思い出す。使っているキャラもプレイスタイルも違うため、春雪には律のような戦い方はできない。

 だが、律のアドバイスは紗音打倒のヒントになっていた。


(紗音の戦い方に隙がなく、想定している戦術は完璧に対応してくる。どうにかして、あいつの想定を越えることができれば……)


 一セット目よりも積極的に春雪のギルスが前に出る。紗音は強気な攻めを冷静に対処していく。


「自棄になったの? そんな付け焼き刃の攻めで僕は倒せないよ」


 紗音のギルスが淡々と春雪のギルスの攻めを捌く。


「やってみないと分からないだろ」


 春雪は紗音の想定を越えるため、これまでの戦いで見せていない攻撃や立ち回りで戦う。

 

「なるほどね。そういうパターンもあるんだ」


(一度も見せてない動きですらすぐに見切ってくる……)


 紗音は未知の動きにも狼狽えることなく、防御や回避で無傷で凌いでいた。新しいパターンの攻めも紗音に初見で対処されることが多く、通用したとしても一回だけだ。二回目はまず通用しなかった。


(マスターの攻めが全部見切られてる……) 


(ギルスの練度は春雪さんに劣っているはずなのに、ここまで戦えるなんて……)


 春雪がどれだけ多彩な攻めをしても、紗音の堅守は崩せない。

 キャラの練度では春雪に分があるが、技術や知識、読み合いの上手さで紗音は彼の上を行っていた。


「無駄だってのが分からないのかな。何をしても僕の想定を越えることはできないよ」


「……悔しいが読み合いでは勝てそうにないな。だが、この試合は勝たせてもらう」


「無駄な攻めばかり、本当に諦めの悪い――」


 紗音のギルスが迫る刺突をガードする。その瞬間、紗音は春雪の狙いを遅れて察するが、既に手遅れであった。

 紗音のギルスのガードの耐久値が限界を迎え、ギルスは立ったままふらついていた。ギルスは数秒間操作できない怯み状態になったのだ。


『これは珍しい展開です。アルフィス選手は相手の攻めに付き合い過ぎましたね』


「くっ……」


 普段の紗音なら攻撃を防ぎ過ぎて、ガードが壊れるような不覚は取らない。いつもの紗音ならば、こうなる前に決着がついていただろう。

 春雪に力の差を見せつけて完全勝利することに紗音が拘り過ぎた結果であった。

 

「俺の動きが読めていたとしても、動きを封じれば何もできないだろ」


 春雪のギルスが紗音のギルスを槍の突き上げで浮かせる。宙に浮いた相手に怒濤の追撃を叩き込む。


(最後まで油断のできない奴だ)


 紗音は攻撃を受けながらも、ずらしで春雪に揺さぶりをかけていた。紗音のずらしに合わせてコンボルートを変えることで、春雪はコンボを途切れさせない。


「……まだ終わってないよ」


(ここまで追い詰めて逃がすかよ)


 紗音のブラストに合わせ、春雪はカウンターブラストを発動する。カウンターブラストの成功で、コンボが継続し、紗音のギルスの体力を削り切った。


(最後のブラストよく読み切ったね)


(俺の有利状況だったからな)


 攻めている側に比べて、攻められている側はできることが少ない。相手側の選択肢が少ない状況だからこそ、読み合いに長けている紗音に春雪は読み勝てたのだ。

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