第13話 リボルト予選⑤「フリーマッチ」

「最強神さん、予選突破おめでとうございます!」


 春雪を出待ちしていたのか、会場から出た彼にりっちゃんが駆け寄る。彼女はまるで自分のことのように、春雪の勝利を喜んでいた。 


「最強神さんが命まで賭け出した時はハラハラしましたよ……。結果的には勝ちましたが、あんな危ない勝負は二度としないでください!」


 りっちゃんは春雪を説教する。


「……心配させて悪かった」


「反省しているようですし、許します」


「あの最悪な空気で、りっちゃんが俺のことを応援してくれたのは嬉しかった。礼を言うよ」


「私の応援が少しでも力になれたのならよかったです。私達、本戦で戦えるかもしませんね」


「……予選を眺めていたけど、りっちゃんがこの雑魚にやたらと入れ込んでいるのはそういうことか」


 聞き覚えのある声に振り返ると、視線の先には紗音がいた。


「アルフィス! 最強神さんに失礼なこと言わないでください!」


「最強神と戦いたがっているみたいだけどさ、本戦で最初に当たらない限り、こいつとは戦えないだろうね」


「俺が一回戦で消えるって言いたいのか?」


「よく分かってるじゃん。予選はまぐれで勝てても、二日目の本選からはそうはいかないぞ」

 

 リボルトの日程は三日間だ。

 一日目に予選、二日目に本選一回戦~準々決勝、三日目に準決勝~決勝を行う。


「本戦一回戦でお前と当たりたいところだな。そうしたら、過去最低の成績でお前を敗退させられる」 


「言ってろ雑魚が」


 紗音は吐き捨てるように言う。春雪は去って行く彼の背中を睨んでいた。


「彼の口が悪いのは今に始まったことではありませんが、あれは流石に度を越していますよ……」


「紗――アルフィスとは面識があるのか?」


「アルフィスとは何度も大会で当たってますし、オフでも対戦したりしてます。本名も知ってますよ」


 同世代のトッププレイヤー同士ということもあり、紗音とりっちゃんは交流があるようだ。


「予選もほとんど終了して、試合会場のモニターが空いているので、よければ少しフリーで対戦しませんか?」


 りっちゃんは春雪にフリー対戦を提案する。

 休憩時間や試合の合間などに、他の選手や観客とフリーで対戦するのはよくあることだ。


(フリー対戦か……。どうしようか)


 春雪も過去に色々な選手にフリー対戦を申し込んだことがあるが、選手によってその反応は異なっていた。、

 本番の試合のように全力を出す者、相手に手の内を晒したくないため手を抜く者、そもそも対戦を受けない者など様々だ。


(りっちゃんが全力を出すとは限らないが、国内四位のプレイヤーの実力を間近で見られるチャンスと考えるか)


「最強神さんは予選を勝ち抜いた直後なので、無理にとは言いませんけど」


「構わない。やろうぜ」


 りっちゃんの試合は動画で何度か見たことはあるが、直接対決するのは初めてであった。


(マスター、眼鏡女をぶちのめすのに私の力が必要だよね?)


(……彁の力は必要だが今じゃない。彁の力を借りるのは、試合で対決する時だ)


 当たり前のことだが、フリー対戦の勝敗は大会の結果に全く影響しない。

 ここで寿命を消費するのは割に合わないので、春雪は彁に協力してもらうつもりはなかった。




 予選も終わりが近づいているためか、りっちゃんの言うように空いているモニターが試合会場にはいくつかあった。

 二人はモニターの前まで移動すると、コントローラーを握る。 


(うおっ……。コントローラーを握った瞬間にオーラが出てきたな)


 春雪の隣にいるりっちゃんは普段の穏やかそうな表情からは、想像できない鋭い目つきになっていた。


「……あの、あんまり見ないで欲しいです。私、ゲームに集中し始めると目つきが悪くなっちゃうんです」


 りっちゃんは俯いて照れていた。


(……この子、いちいち可愛いな)


(マスター! 自分より一回りくらい年下の女に欲情しちゃダメだからね!)


(誰が欲情なんてするか。俺は年上派なんだ)

 

 りっちゃんが選んだキャラは、双剣を持った少女剣士だ。スレンダーな少女は黒色のショートへアーで、髪と同色のセーラー服に身を包んでいる。


(アザレアか。スピード特化のキャラだな)


 アザレアは体力が全キャラでも最低だが、攻撃速度や移動速度が速いスピード型のキャラだ。


(……アザレアを出してきたのは予想外だな)


 春雪が動画で見た試合でも、りっちゃんはアザレア以外を使用していなかった。アザレアが彼女のメインキャラでほぼ間違いないだろう。


「フリーでメインキャラを出してもいいのか?」


「私は色々なキャラを使えるほど器用なプレイヤーじゃないんです」


 プロプレイヤーの中でも複数のキャラを使いこなす『多キャラ使い』と特定のキャラしか使えない『単キャラ使い』がいる。

 前者の代表例はアルフィスだ。彼は圧倒的なプレイヤースキルで、全キャラが大規模大会で優勝を狙えるレベルだ。


「最強神さんも私と似たタイプですよね?」


「違うと言いたいところだが……そうだな」


 春雪はギルスしか使えない単キャラ使いだ。

 一時期迷走して別キャラで大会に出場していたが、ギルス以外のキャラに全く適性がなく、今の春雪は大会ではギルスしか使っていない。


(フリーとはいえ真剣勝負だ。そろそろ試合に集中するか)


 試合開始と同時に、切りかかってきたアザレアの斬撃をギルスはガードする。

 続けて剣による刺突が繰り出されると、相手の攻撃が途中で止まった。

 

(……モーションキャンセルか)

 

 アザレアは技の出始めから2フレーム《約0.06秒》以内に、下、斜め右下、右のコマンドを入力すれば技を途中で中断することができる。

 アザレア固有の仕様モーションキャンセルを使いこなせば、相手のガードを誘ったり、本来ならば繋がらない技で強引なコンボも可能だ。


(それくらいなら想定済みだ)


 元プロプレイヤーらしく春雪も当然、アザレアの性能はある程度把握している。

 だが、りっちゃんの強さは春雪の想像を超えていた。


(何っ……!?)


 モーションキャンセルを想定し、ガードを長めに張っていたが、アザレアは二刀を振り下ろす。アザレアの技の中では出が遅いが、ガード削りに特化した強攻撃だ。

 一撃でガードが崩されると、ギルスが数秒動けない怯み状態になる。 

 行動不能のギルスに右手の剣を横に振るう弱攻撃が直撃し、アザレアのコンボが始動する。 

 春雪はスティックを右や左に倒してキャラの位置をずらすことで、コンボを抜け出そうとする。

 ずらしはコンボから抜け出す有効な方法だが、りっちゃんは相手のずらしに合わせてキャラを動かしていた。


(ここまで完璧に対応してくるとは……) 


 操作精度の高さから、相手のコンボミスはほぼ期待できないと春雪は判断する。

 試合序盤でまだ使いたくなかったが、ブラストを使用してアザレアを吹き飛ばし、状況を強引にリセットする。


(今度は俺の方から仕掛けてみるか)


 ギルスが槍を構えて突進すると、アザレアの双剣がぶつかる。


(相打ちか。これはどうだ)


 ギルスが槍を振り上げる。CPU戦で見せた浮かせ技だ。

 だが、この技はアザレアにバックステップで回避されてしまう。


(上段、いや下段か……違う……!)


 二度のモーションキャンセルとフェイントを合わせた反撃に、春雪の反応が遅れる。


(一体何をしたの……!? 速過ぎてわけが分からないんだけどっ!)


 ギルスが中段の斬り上げで浮かされると、再びアザレアのコンボが始まった。


(暴れて抜け出す!)


 ずらしではなく、発生の速い空中攻撃でコンボに割り込もうとすると、狙い澄ましたかのようにアザレアの動きが止まる。

 攻撃のタイミングをずらされたことで、暴れは不発に終わり、アザレアのコンボが継続する。

 アザレアはスピードが非常に速く、慣れていないプレイヤーでは普通に操作するだけでも難しい。りっちゃんが当たり前のようにやっている連続モーションキャンセルは、見た目以上に高度な操作だ。


(……あんなに速く動いてるのに、操作ミスが全くないとはな)


 春雪はアザレアとの対戦経験が何度もある。だが、りっちゃんのアザレアは別格であった。

 りっちゃんが操作するアザレアは、他のプレイヤーの二倍は速い。

 りっちゃんのアザレアの動きが異常なほど速い理由は、移動や攻撃、モーションキャンセルを最速で入力しているからだ。

 しかも、ただ速いだけではなく、相手の動きに合わせて臨機応変に動きを変えている。

 結局、この試合では浮かされたままコンボから抜け出せず、ギルスは呆気なくKOした。

 この後、りっちゃんとは四回試合したが、春雪は全敗であった。


(……ここまでインファイトの上手いプレイヤーと戦ったのは初めてだ。近距離戦に限れば紗音以上の強さだった)


(惨敗だねマスター。やっぱり、私がいないとマスターはダメダメなんだねぇ)


(黙ってろメスガキ)


(メスガキだとぉっ!? 言ったな! このクソニートが!)


(全盛期の俺でもあの動きについてこれるかどうか……。今のままでは確実に勝てない)


 五回試合したが、春雪はどの試合もりっちゃんの動きに反応しきれなかった。攻撃にしろ防御にしろ、彼女のスピードに適応しなければ、読み合いにすらならず勝ち目がないのだ。

 大会優勝のために、春雪はりっちゃん対策をしなければいけないと考えていた。


「強かった。完敗だ」


「私なんてまだまだですよ。最強神さんが本調子ならここまで一方的にはならなかったはずです」


(紗音と違って謙虚だな)


「最強神さんは予選を終えたばかりで疲れているでしょうし、次はお互い万全の状態で戦いましょう」


「次は負けないからな」 


(本当に勝てるの? めちゃくちゃ実力差があるけど)


(負けっぱなしで終わるつもりはない)

 

 力の差を見せつけられ連敗した後だが、春雪の心は折れていなかった。

 こうして、春雪のリボルト予選が終わったのだった。

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